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週刊READING LIFE vol.11

「個人」が際立つ時代だからこそ知ってほしい、村田沙耶香というクレイジーな小説家《週刊READING LIFE vol.11「今、この人が面白い!」》


記事:たけしま まりは(READING LIFE編集部 公認ライター)

 

 

あれは今から半年ほど前、夏のはじめの頃だった。
突然、頭をハンマーで殴られたような衝撃が襲い、身体が金縛りにあったかのように固まった。
そのときわたしはひとり家の中にいた。
梅雨時期で部屋はジメジメとしていた。身体はじっとり汗をかいていたが、手先は冷え、心臓の鼓動がドクドクと高鳴っていた。

 

わたしは座布団の上に座り、前かがみになった状態のまま動けなかった。
唯一動いていたのは、指先と目。
心臓の高鳴りは止む気配がなく、頭は衝撃によるショックでじんじんしびれていた。
脳内はただただ混乱し、わたしはひとつの言葉を浮かべることしかできなかった。

 

なんだこれは。
なんだこれは。

 

そのままじっとしていると、自分の存在がなくなってひとつの“念”みたいなものだけが取り残されたような何とも言えない不安に襲われた。
しかしこの不安から逃れるためにはこの衝撃を受け止め続けなければならず、わたしはこの場からどうにも逃げ出すことはできなかった。

 

わたしはその場でうずくまったまま指先と目に集中し、その先にある一冊の雑誌、雑誌の中の「物語」の世界に没入していたのだった……。

 

 

 

「村田さんは、こわい」
今年6月に行われた直木賞作家・西加奈子さんと芥川賞作家・村田沙耶香さんのトークイベントのなかで、西さんは村田さんの作品を「こわい」とおっしゃった。

 

この「こわい」は恐怖で震えあがるようなものではなく、奇妙な感じ、不気味な感じという意味で使われている。
例えるなら、福笑いで目と鼻と口がバラバラになった人間ができてしまったときみたいな、持っているものは一緒なのに「あるべきところ」におさまらない居心地の悪さだ。

 

西さんの指摘にわたしを含めたトークイベントの観客たちは無言で大きくうなずいた。わたしはうなずきながらも共犯者のような笑みを浮かべ、村田さんの「こわい」作品をいくつか思い出していた。

 

10人産んだら、1人殺してもいい。
コンビニ店員でいるときだけ、社会で正常に機能する「部品」でいられる。
恋愛・結婚・子づくりが当たり前だとされる「地球星人」への反抗。

 

これらはどれも村田さんが創り出した物語の設定だ。
それぞれ『殺人出産』、『コンビニ人間』、『地球星人』というタイトルの物語だが、どの作品も設定の強烈さが“磁力”になり、読む者を物語世界に引き込んで最後まで一気に読ませてしまう。いろんな意味で「こわい」作品だ。

 

これらの「こわい」作品はもちろんフィクションで、10人産んだら1人殺しても良いという設定の『殺人出産』は現実からまるでかけ離れたファンタジーだ。
それなのに、わたしは物語世界に引っぱられて自分の「常識」を疑い、既存の価値観を揺さぶられる。
なぜなら、そのありえない設定は逆説的に「普通」を受け入れる人間の薄気味悪さをあぶり出しているからだ。わたしは「普通」であることの「こわさ」にハッとさせられるのだ。

 

いまの世の中では、人間は異性と恋愛をして結婚をして子どもを作って健やかな家庭を築いていくことがいわゆる「普通」の生き方だとされている。
もちろん恋愛・結婚・出産に至るまでにさまざまな道があり、「普通」とは異なる関係性もたくさんある。

 

村田さんの作品では「普通」ということに馴染めなかった人々が登場したり、そもそも人間の性愛を否定した世界が創られたりする。
そして作中では「普通」とされる価値観を押し付ける人のデリカシーの無さや、マジョリティの価値観を持った人の傲慢さが淡々と描かれており、読みながら「わたしも日常でこういう振る舞いをしているんじゃないか?」「そもそも普通って何だ?」と試され、問われているような気持ちにさせられるのだ。

 

冒頭でわたしがあまりの衝撃で固まってしまったのは『地球星人』(新潮社 2018年8月)を読んだからだった。
第156回芥川賞を受賞した『コンビニ人間』から2年、受賞後第一作として文芸誌「新潮」5月号で大々的に発表された『地球星人』は、わたしの、いや人間の常識をぶち壊し、狂気的な世界へ引き込む衝撃作だった。

 

『地球星人』は幼少期から大人に抑圧されて育った主人公の奈月が「普通」であることに馴染めず、いまの世の中で「普通」とされる人間を「地球星人」と再定義し、彼らと対立し反抗する物語だ。
奈月は抑圧された経験から「普通」に生活することができなくなり、「地球星人」が暮らす社会の仕組みを「人間工場」だと思うようになる。「人間工場」の「部品」として機能できないまま奈月は大人になるのだが、大人になっても「地球星人」の抑圧からは逃れられない……というものだ。

 

読みながら抑圧のむごさに胸が痛むが、後半からラストにかけての奈月の「反撃」のような物語展開は圧巻だった。途中から先の見えないジェットコースターに無理やり乗せられたような気分になり、クライマックスではジェットコースターのスピードと回転がMAXになり全身を揺さぶられてわけがわからない状態のままあっという間に結末を迎えてしまった、という感じだった。

 

わたしはジェットコースターが苦手でうっかり乗ってしまったときはいつも足がガクガクに震えてしまうのだが、『地球星人』を読み終わったときはそれと似たような状態だった。
胸の高鳴りは止みそうになく、手は震え、頭はボーっとして「なんだこれは……」としか言えず、しばらく呆然としてしまった。
その後も衝撃の余韻がわたしを包み、「すごいものを見てしまった」興奮がいつまでたってもおさまらなかった。

 

それから半年以上経っても「地球星人ショック」はやまず、読書好きの人に会うたびに「『地球星人』はヤバい! とにかく読んで欲しい!!」と『地球星人』をゴリ押ししている。
『地球星人』の「こわさ」や「ヤバさ」を知ってほしいという思いはもちろんなのだが、『殺人出産』や『コンビニ人間』の強烈さも忘れられず、結局「村田沙耶香っていう、クレイジーな作品を書く作家さんがいてね……」と作者名でおすすめしてしまうことが多い。

 

物語設定の強烈さもさることながら、村田さんの作品では登場人物それぞれの価値観が明確にあらわれていて、その価値観がぶつかり合うことで物語が進んでいくところも大きな魅力のひとつだ。
芥川賞受賞作の『コンビニ人間』では、主人公の古倉恵子は18歳から18年間コンビニ店員のアルバイトをしているのだが、年を重ねるごとに「ちゃんと就職したら?」「結婚したら?」という周囲からの価値観の押し付けがどんどん強くなってくる。しかし恵子は周囲の目をかわしながらもその生き方を曲げようとはしない。
特徴的なのは、こうした価値観のぶつかり合いはどちらが勝ってどちらかが負ける、というような展開にはならないところだ。登場人物たちの価値観のぶつかり合いが延々と続き、それが淡々と描かれるだけなのだ。

 

わたしは村田さんの作品を読むたびに価値観を「押し付けない」ということを考えさせられる。村田さんが描く強烈なキャラクターを前にすると、自分の価値観に当てはめて人を裁くことの愚かさに思い至り、反省させられるのだ。

 

いまは「男」「女」「会社員」などのカテゴリーにこだわらない生き方をする人がどんどん増えてきている時代だ。
個人事業主やタレントに限らず、YouTuber、インフルエンサーなど個人でできる新たな仕事も増え、「個人」の生き方が尊重される社会になりつつあると感じている。
一方で、コンビニ店員でありつづける恵子に困惑する人たちのように、新たな生き方をする人を受け入れられずに戸惑う人も多い。価値観のズレやぶつかり合いは、人が人と関わる以上どうしても起こってしまうことなのだ。

 

けれど、「個人」が際立つ時代だからこそ、自分の価値観を「押し付けない」生き方がこれから大切になってくるのではないかと思う。そういう観点で村田さんの作品を捉え直すと、村田さんの作品はこれからの生き方に悩む人や新たな価値観に戸惑う人にとって有用な参考書となり、大きな支えになるのではないだろうか。

 

村田沙耶香さんは、読む者に衝撃を与えつつこれからの生きるヒントを示してくれる、クレイジーで稀有な小説家だ。
わたしはこれからもいろんな人に「村田沙耶香っていう、クレイジーな作品を書く作家さんがいてね……」とおすすめし続けていきたい。

 

 

❏ライタープロフィール
たけしま まりは
1990年北海道生まれ。國學院大學文学部日本文学科卒業。高校時代に山田詠美に心酔し「知らない世界を知る」ことの楽しさを学ぶ。近現代文学を専攻し卒業論文で2万字の手書き論文を提出。在学中に住み込みで新聞配達をしながら学費を稼いだ経験から「自立して生きる」を信条とする。卒業後は文芸編集者を目指すも挫折し大手マスコミの営業職を経て秘書業務に従事。
現在、仕事のかたわら文学作品を読み直す「コンプレックス読書会」を主催し、ドストエフスキー、夏目漱石などを読み込む日々を送る。趣味は芥川賞・直木賞予想とランニング。READING LIFE公認ライター。

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2018-12-17 | Posted in 週刊READING LIFE vol.11

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