リーディング・ハイ

【芥川賞「コンビニ人間」感想】コンビニは、迫り来るAI社会に対する最後の牙城である《リーディング・ハイ》


conbini

 

記事:稲生雅裕(リーディング&ライティング講座)

 

少し前に、IBMの開発した人工知能が作った映画の予告と人間が作った映画の予告についての記事を読んだ。

 

web上で視聴ができたので実際に見比べてみると、二つともとても良かった。ホラー映画のPVなのだが、どちらも恐怖を仰ぐような表現で、両方とも人間が作りました、と言われても見分けがつかない。

 

人工知能やロボット技術は近年どんどん発展している。5年後にはこれらの技術にとって代わられて無くなってしまう職業リストの多さたるや。キーワードを打ち込むだけで、目的に合わせたそれっぽい記事を編集して作ってくれるシステムの開発も進んでいるらしく、プロのライターを目指す僕にとっては商売上がったりである。「A.I.」や「ブレードランナー」の世界がリアルになるのも遠くない未来かもしれない。

 

ロボットが人間と共存する社会に最も近い国はどこだろうと聞かれたら、僕は日本こそがその未来に一番近い国だと答えるだろう。いや、もう既に何年も前からロボットと共存していると言っても過言ではない。

 

それはなぜか。

 

日本がAI技術において現在世界の中でトップクラスだと報じられていることが理由ではない。

そんなこと関係なく、僕たちの身のまわりにはロボットの世界が広がっている。

 

例えば、ファーストフード店に入ると必ず「いらっしゃいませ」と言われる。

「こんにちは」でも「ようこそ」でもなく。

 

「こちらにお並びください」

「ご注文は何になさいますか?」

「ポテトのサイズはいかがなさいますか?」

「お飲み物はいかがいたしましょうか」

「少し横にずれてお待ち下さい」

「ありがとうございました!」

 

普通の会話よりもワントーン高い声で、まるでプログラムされたかのように接客を行うスタッフ。その手の大手チェーンでバイトした経験がなくても、「レジ任せたよ」と言われたら働ける自信がある。スタッフ達は質問や不平・不満に対しての受け答えもしっかりとインプットされている。嫌な顔ひとつ見せず、質問に対する最適解を淡々と述べる。「おもてなし」の精神と捉えることができなくもないけれど、感情のなさに時々ぞっとする。

 

程度の違いはあれど、スーパーや大型の服屋さん、外食チェーンレストランなど、多くのお店のスタッフは「いかにお客様を不快にさせないか」が徹底的に叩き込まれている。もし、誰か一人がいなくなっても、また新しい人に同じプログラムを書き込めば事足りる。同じトーン、同じ言葉、同じ態度。音程さえあっていればちょっと変なことを言ってもバレないんじゃないだろうかとさえ思わされる。

 

ホスピタリティが最高レベルに振り切られた日本の接客に対して、外国は真逆だ。いい意味でも悪い意味でも人間臭さが滲み出ている。あくまで僕の予測だが、海外では、賃金の高さとカスタマーサービスの高さが比例している。スーパーや、コンビニのような場所だと、スタッフの皆さんは露骨に面倒くさそうな態度をとっている。隣のスタッフと談笑してるし、待っているお客さんを呼ぶ時は「Next」と一言だけ。日本語訳にすれば「つぎ〜」という感じか。ビニール袋は待ってるだけだともらえないし、お会計の後の「ありがとうございました」はもちろん無い。

 

彼らはもらっている賃金に値するだけのことしかしない。スーパーのレジ打ちは、お会計をするのことが仕事であり、お客さんのお世話をすること、愛想良くすること、機嫌をとることは仕事内容に含まれていない。ある国では、強盗に入った犯人を取り逃がした警備員がなぜ男を追いかけなかったのかと問われ、「強盗を捕まえることは、賃金をもらう内容に含まれていない」と答えたらしい。

 

愛想がある方がいいのか、そうでない方がいいのかと聞かれたら、愛想がある方がベターだとは思うが、半年も海外に住むと、ほとんど気にならなくなってくる。むしろ、自分の感情を押し殺して、ニコニコしてる方が怖い。

 

日本の中で、最もロボット化された場所はコンビニだと、僕は思っている。コンビニはもはや近未来なんじゃないかとすら思う。多くのコンビニは多国籍で、日本人以外にも、外国人の方がアルバイトスタッフとしてはたらいている。日本人含め、コンビニのアルバイトスタッフは、接客で使う最低限の言葉のみがインプットされたロボットのように見える。彼らはコンビニの制服を着ると、たちまちコンビニロボットに早変わりし、毎日の業務を淡々とこなす。棚卸し、陳列、掃除、接客、揚げ物の調理などなど。コンビニという空間を常に完璧な状態に保つために働く。ずらっと一直線に綺麗にならんだおにぎりなど、もはや精密コンピューターの技ではないかとさえ思えてくる。

 

お客さんが入り、陳列が乱れ、雑音が鳴り、床が靴の後や雨の雫で濡れ始めると、人間味でコンビニが少し満たされ始める。その人間味でコンビニが完璧な空間を保てなくなるのを防ぐかのように、決まりきった接客を行い、コンビニの秩序は保たれる。秩序を保つのは、同じスタッフである必要はない。制服を着て、コンビニロボットとしてのデータをプログラミングされたら誰でもいい。

 

僕の家の近くのコンビニでもそう。2年ほど前建てられたローソンには、オープン当初から通っているが、その時のスタッフは誰一人としていない。それでも、何の支障もなくローソンは回り続けている。商品をレジに持っていくと「Pontaカードお持ちですか」と聞かれ、お弁当を持ってけば「温めますか」と問われ、カップラーメンを持っていければ無条件でお手拭きと割り箸が一緒に袋に収められる。コンビニは、なんてシステマチックで近未来的で、人間の臭いがない場所なんだろうと思い続けてきた。

 

ところが、先日ある小説を読んで、この考え方が180度変わった。

むしろコンビニのスタッフこそがロボットと人間を隔てる究極の存在なのではないかと。

 

小説の舞台はコンビニ。コンビニのスタッフとして働く主人公とその周りを取り巻く人間関係が描かれている。僕が度肝を抜かれたのは、筆者の描くコンビニスタッフの人間味だ。一人一人に個性があり、ロボットではなく人間として彼らがちゃんと生きているんだという現実を目の前に突きつけられる。バックヤードの会話や、ドロドロした空気感。制服の袖に手を通す瞬間まで、彼らはあまりにも人間すぎる。

 

コンビニで18年間アルバイトとして働く主人公には、時折心ない言葉がかけられる。その言葉の数々が、僕たちはロボットの社会ではなく、階級、権威、プライド、妬み、嫉みのはびこる人間の社会に生きているんだということをまじまじと感じさせてくる。

 

それ以来、コンビニに入ると、スタッフそれぞれの人生に少しだけ思いを馳せるようになった。彼らはコンビニスタッフのスイッチを切ったらどういう生活を送っているのだろうかと。それで何かが大きく変わったのかと聞かれたら答えるのは難しい。けれど、こっちもちゃんと「ありがとうございます」を言おうとか、イヤホンは外して接客を受けようとか、本当にロボットと向き合っていたら考えもしないちょっとした気遣いを前よりも、もっと気にかけるようになった。

 

コンビニのスタッフが人間だからこそ、僕らお客さんも人間味を保てている。彼らの笑顔や接客が、たとえプログラミングされているかのように同じであっても。僕らが向き合ってるのは超有能なAIやロボットではなく、人間なのだ。人間の尊厳に上も下もない。そんな当たり前のことを、ふっと思いおこさせてくれた。

 

小説の名は「コンビニ人間」

 

もしこのタイトルが「コンビニロボット」だったら手にすら取らなかっただろう。

コンビニは人間味で作られている。そんなことを感じさせてくれる小説だ。

 

 

  
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2016-09-25 | Posted in リーディング・ハイ, 記事

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