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プロフェッショナル・ゼミ

泣かないで、泣かないで、泣かないで、王様。《プロフェッショナル・ゼミ》


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記事:安達美和(プロフェッショナル・ゼミ)

あ。と思った時には、わたしのこころがパックリと口を開けていた。
やめろ、閉じろ、何も言うなと思うのに、叫び出してもう止められない。

これはわたしの人生なのに! 謝ってよ、わたしに謝ってよ!

わたし、今後、命があるだろうか。
そう思った。

***

わたしの育った安達家は父を絶対君主とする小さな国家だった。我が家の王様は冗談が好きで熱いハートを持ち、オシャレが好きだった。背はあまり高くないし、顔だちも客観的に見ればそこまで美男ではないが、非常に格好の良い男だった。わたしは王様の歓心を買うためにいつも必死だった。

下に生まれた人間の常なのか、常に周りをよく見る癖がわたしにもあって、姉に比べてほとんど叱られなかった。何をやれば誉められ、何をやれば叱られるのか姉を見ていれば分かるのだから、立ち回りがうまくなるのは当然だ。そんなわたしは王様である父に、非常に可愛がられた。

父が奔放にくり出すボケにはすべてツッコミを入れたし、駅へ行けばホームでタバコが吸える場所をすかさず確認した。

父が喜ぶにはどうしたら良いだろうかとそればかり考えた。
彼の人生の完璧な歯車になるにはどうしたら良いだろうかと、よく思った。
王様である父の機嫌が常に良ければ、この小さな国は安泰だ。できた家臣だったわたしはそれをよく心得ていた。

そんなわたしにとって、国の平和を脅かす存在がいた。それが姉である。姉は、王様が確実に嫌うとわかっていることをやることがあった。

王様は、当時大流行していたある音楽プロデューサー及び周辺の歌手が大嫌いだった。
世間でいくら流行していても、王様が嫌いだと言ったものについて口にするのはタブーなのだ。
なのに姉は、家族で行ったカラオケで王様が大嫌いな歌手の歌を選んだ。
わたしは手に冷や汗をかきながら姉を呪った。その日のカラオケの雰囲気は最悪だった。

また、こんなこともあった。

リビングのゴミ箱を開けると、不思議なものがあった。ゴムでできていることだけは分かったが、見たこともない形をしていた。そういえば、今朝、洗面所で会った姉の元気がなかった。つい数日前は、流行の靴を買ったのだと言って喜んでいたのに。

そこまで考えてようやく分かった。これは多分、元は姉の厚底ブーツだったであろうものだ。こんなおかしな言い方しかできないのは、それがはさみか何かバラバラに切られていたからで、まさか猫が爪かなんかでニャーッとそんなイタズラをするわけもないから、まぁ、要は王様がやったのだった。王様は、自分のセンスに見合うものでなければ許さないのだ。わたしは戦慄し、ますます王様への忠誠を誓った。

姉は大学を卒業してすぐに東京へ出た。わたしはホッとすると同時に、妙なしこりがこころにあることを感じた。

姉の卒業と入れ替わりで大学に入学したわたしは、かねてから憧れていたヘアスタイルに挑戦することにした。
行きつけの美容室でいつもお世話になっている美容師さんに、メンズのヘアカタログのあるページを開いて、「これでお願いします」と伝えた。彼は絶句していた。

「美和ちゃん、マジでこれやるの?」
「え! はい」
「なんで?」
「なんでって、カッコいいから」
「……マジでいいの? え、後悔しない?」
「カッコよく切ってください」

わたしの目が期待にキラキラしているのを見て取ると、美容師さんは「こいつ本気だ」とやっと分かったらしく、肩まである黒い髪に静かにはさみを入れてくれた。

一時間後、わたしは高校時代から憧れていた坊主になっていた。光に透かすとうっすらグリーンに見えるオリーブブラウンに染めた二センチの髪がイカしていた。わたしはあまり頭の形が良くないので、このスタイルが似合うかどうか不安だったが、いざやってみると思った以上にカッコよくてとても満足だった。それに、父も似合うと言ってくれた。できればわたしの身長があと二十センチ高ければさらにカッコよかったが、それは美容師さんに言っても仕方ない。美容師さんにお礼を言った。彼は、「美和ちゃん、極端なんだよ」と言った。

イカした坊主になったわたしは、モンゴルの民族衣装のような凝ったデザインのセーターを着こみ、ブルーのアイシャドウにごついブーツという出で立ちで通学するようになった。ゼミなどではよく意見を求められた。見た目が完全に「何か独自の主張を持つ人間」だったからだと思う。その実、中身は父の機嫌を取ることしか脳にない十八歳だったわたしは眉間にシワを寄せてため息をつき、「論外です」をくり返すばかりだった。一体なにが論外なのだろう。我がことながら理解に苦しむ。

そうだ、それこそ論外なのはわたしの方だったのに。
当時、わたしが一番恐れていた言葉がある。それが、「あだっちゃんはどう思う?」だ。 

例えば友人と何人かで映画を見て、口々に意見を言い合う。わたしも何か言おうと口を開く。でも、いつも何も出てこなかった。頭の中にあるのは、いつも同じ言葉だった。

父は、どう感じるだろうか。

自分の耳と目と頭を持ったみんなが矢継ぎ早に意見を交換する間、わたしは開けた口を閉じることもできず、ただアホのように黙っていた。

でも、こころが何かを言おうとしていたことだけは、感じていた。

大学を卒業して父の会社に入社したわたしは、営業として仕事をすることになった。仕事自体は楽しかったが、たまに社内で自分の意見を言うと、父にこてんぱんに正論で叩きのめされることがしんどく感じるようになった。そんな時、自分のこころが何か言いたげにうずうずするのが分かった。

二十代も半ばを過ぎた時、ふと思いついて再びヘアスタイルを変えることにした。
行きつけの美容室でいつもお世話になっている美容師さんに、ヘアカタログのあるページを開いて、「これでお願いします」と伝えた。彼はちょっとためらっていたが、坊主の時ほどではなかった。それでも一応、

「大丈夫なの? 美和ちゃん、営業だよね」
「はい、営業です」
「叱られない? これ」
「カッコいいから大丈夫です」
「そういう問題じゃないと思うよ」
「ダメな場合は黒髪のカツラでもかぶりますから」

美容師さんは「まぁ、前の坊主の時よりはね」と言いながら、カラーリング剤に手を伸ばした。

三時間後、わたしは金髪のボブスタイルになっていた。ものすごく似合っているかと聞かれたら疑問だが、いくらか気持ちが軽くなっていた。それに、父も良いと言ってくれた。細い金髪が光に透ける様子がきれいだと思った。できれば、わたしの顔の彫りがもっと深ければさらに良かったが、それは美容師さんに言っても仕方ない。美容師さんにお礼を言った。彼は、「美和ちゃん、極端なんだよ」と言った。

心配していた営業の方も、大丈夫だった。お客様の中にはわたしのことを「あの金髪の子」と言って覚えてくれて、話が弾むこともあった。しかし、わたしのこころは何となくいつも沈んでいた。軽やかな金髪とは裏腹に、こころにはいつもじっとり苔が生えたような感覚があった。

高校時代からの友人に久々に会ったのはその頃だった。彼は作家志望で、相手が隠しておきたいことをピタリと当てる鋭い洞察力と、それを遠慮のない物言いでズバズバ言い放つデリカシーのなさを併せ持った人だった。
わたしのヘアスタイルをひと目見るなり、彼は爆笑した。

「アダチ・ゴールデンマッシュルーム・ミワ!」
「ミドルネームみたいに言うんじゃないよ」

スペイン料理のお店へ入ってワインで乾杯した後、彼はニヤニヤしながらわたしの頭を指した。

「なに、それ」
「見れば分かるだろ、染めたんだよ」
「高校生かよ。社会人がやることじゃないぞ」
「そっちこそ社会不適合者のくせに」
「なんで染めたの」
「気分を変えたかったんだよ」

へー、と言いながら、彼は運ばれてきた殻付きの海老にむしゃぶりついた。

「変えたかったのは気分じゃなくて、自分だろう?」

本当に、毎度ながら平然と人のこころに土足で入ってくるような物言いだ。
うるせえ、当ててんじゃねえよと思って、腹が立った。彼と一緒にいる時なら、わたしのこころはこんなにおしゃべりなのに、とも思った。

それから数ヶ月後、わたしは謀反を起こした。企てたわけじゃない。ただ、もう我慢ができなかった。

きっかけはくだらないことだったが、そんなことはどうでもいい。
問題は、こころがついに叫び出したことだ。

父に、わたしの気配りの足りなさを正論で責め立てられていた時、不意に声が聞こえたのだ。

謝ってください、と言う声が。

あれ、今の声、誰だと思う間もなく、父がひたとわたしを見つめた。

「いま、なんて言ったんだ」
「わたしに謝ってください。今朝のお弁当のこと、謝ってください」

声の主はわたしだった。何を言ってるんだ、止まれ、口を閉じろ、バカ! そう思うのに、こころと口の持ち主がバラバラになったように、この口は勝手に話を続けた。声は震えていたが、止まらなかった。

夕べ、お弁当を用意してくれって言うからそうしたのに、あなたは今朝になっていらないと言った。なのに、お昼の時間に自分のお弁当がないと、わたしが用意しなかったと言った。おかしいじゃないか。謝ってよ。わたしに謝ってよ。ちゃんとわたしにごめんて言ってよ!

叫びながら涙が溢れた。目が熱い、痛い、何より、怖い。父に初めてたてついてしまった。こころが壊れそうだと思った。わたしはこの先、命があるだろうか。

父にももちろん言い分はあった。行き違いがあったことも分かった。でも、わたしはもう聞かなかった。頭の中では、わたし達家族を、そして会社を、守ってくれた大好きなお父さんにこんなひどいことを言ってしまったと思うのに、その一方で口はそんなことおかまいなく、わたしに謝れわたしに謝れと叫んでいた。

これはわたしの人生なのに! わたしのこころに謝ってよ!

そして、その勢いで家を飛び出した。ひと駅先の祖父母の家へ駆けこみ、しばらくの間そこから出勤した。二週間ほど経った頃、父が「帰ってきてくれ」と頭を下げた。

ほどなくして、わたしは家を出ることに決めた。
自分の部屋でネットで物件を探していると、父が、ちょっといいかと顔を覗かせた。リビングで差し向いになると、これから言うことは忘れてくれ。そう前置きしてから、父は淡々と話を始めた。

姉が自立して家を出た時、とても寂しかったということ。わたしが家を出るかもしれないと聞いて、どんどん悲しくなってきたこと。それから、とても愛してる、ということ。

彼は泣いていた。行くなよ、と言って。寂しいからここにいてくれよ、と。

父の涙を見るのは初めてではなかったけれど、こんな風に自分の素直な想いをこぼしたのはこの時だけだった。
あのかっこいいお父さんが、わたし達娘の前では常にスーパーマンだったお父さんが、わたし達の王様が、泣いている。行かないでなんて、かっこ悪いことを口にして、ぽろぽろ涙をこぼしている。
わたしはつられて涙をこぼしながら、何も言えず、ただうなずくだけだった。ふたりで母の洗い物の音を聞きながら、ただ泣いていた。

それから一ヶ月後、わたしは家を出た。勤め先は実家だし、結婚をするわけでもないし、このまま両親と住めば家事やお金の面でも何も心配がないことは分かっていた。家を出る理由は、客観的に見れば何もない。でも、そういう問題じゃないことを一番よく知っているのはわたしだった。

父は見送ってはくれなかった。朝早くからゴルフへ出かけていた。そういえば、姉が家を出た日も、父はゴルフへ出かけていたことをふと思い出した。

勤め先が同じなのだから、家を出たってどのみち毎日会うのに。そんなに寂しがらなくたっていいのに。それでも、父がゴルフに出かけていてくれたことに、とてもホッとしている自分がいた。

実家のマンションに比べれば、はるかにみすぼらしくて狭くて、電車の走り抜ける音がすぐそばに聞こえるそのアパートでわたしはかつてないほどの開放感を味わった。こんなに深く呼吸ができたのは、生まれて初めてかもしれない。

薄手のパーカーを羽織って、近所のコンビニまで行くことにした。ブラブラ歩きだすと、秋風が前髪を揺らした。住宅街がうっすらと闇に包まれていた。ふと、鼻先を何かがかすめた。この香り、金木犀だ。実家のマンションの駐車場内にも植わっているが、今まで特別気に留めたこともなかった。なぜって、父は金木犀が嫌いなのだ。臭いからイヤだとよく言った。

わたしは、ふと足を止めた。秋の夜風に乗って、金木犀の香りはとぎれることなく鼻先へ押し寄せる。気が付くと、深呼吸していた。幾度も、幾度も。そして口に出していた。

この香り、大好き。

ハッと口をつぐんだ。いま、大好きと言ってしまった。忌むべきあの金木犀の香りを大好きと。……忌むべき? どうして? だって、それは。
自分のこころが鏡のように静かになっていくのが分かった。

お父さん。

そうつぶやいて目を閉じ、そのままゆっくり夜の住宅街へ踏み出した。金木犀の香りが自分の体の内に外にも充満しているのが分かった。まぶたの裏の闇には花が浮かんでいた。かつて、父に否定された花が、一面に咲いていた。

ねえ、お父さん。わたし、お父さんが怖くて嫌いだって言った曼珠沙華が好きなの。だって怖くてきれいじゃない。
ねえ、お父さん。わたし、お父さんが悲しくて嫌いだって言った沈丁花が好きなの。だって丸くて可愛いじゃない。
ねえ、お父さん。わたし、お父さんが臭くて嫌いだって言った金木犀を、本当はとても良い香りだと思ってたの。風に混じったあの香りをかぐと、ああ、秋だって心の底から思うじゃない。

お父さん、ごめんなさい。
わたしは、お父さんとは違う人間なの。

たどりついたコンビニの店内でふとガラスに映った自分の顔を見た。気に入っているかどうかは置いておいて、ちゃんとわたしの顔が映っていた。その夜、ひとり暮らしの新居で初めて口にしたスポーツドリンクは、目頭が熱くなるほど美味しかった。

彼は未だに、わたしが家を出たことを指して「家出した」と言う。家出じゃなくて自立だと何度言っても、冗談交じりに「家出だ、家出だ」と言う。彼は今でも寂しいだろうか。そうかもしれない。でも、帰って来いとは一度も言わないでいてくれる。そして、ごくたまにだが、家を出たわたしをえらいと言って誉めてくれる。自分に面と向かって反抗してきたことも、誉めてくれる。信頼の置ける奴だと言って。

わたしは金木犀の香りが好きだし、タバコは吸わない。父と違う人間のわたしは、今日も自分の人生を生きている。

 

 

*この記事は、「ライティング・ゼミプロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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