人生相談の相談をしています――九十歳。なにがめでたい――《リーディング・ハイ》
記事:西部直樹(リーディング・ライティング講座)
「それは、困ったことですね」と応えるのか、
「それに、困っているのですね」と返すのか、
人生相談と、同じような相談事なのだが、似て非なるカウンセリング、相談者に対する応え方が違うのだ。
「わたしは、今好きな人がいます。でも、その人には奥さんと子どもがいるのです。しかし、わたしは彼のことを愛しています。彼を幸せにできるのは、いや、彼が幸せになるのは、わたしといることなのです。どうしたらいいでしょう」
と相談されたら、
ことについて、事柄について、一つの指針を示すのが、人生相談なのかな。
その人の感情について、もつれた気持ちを整理するのを手助けするのが、カウンセリングになるだろうか。
「困ったことですね」と事に焦点が当たっていたら、人生相談。
「困っているのですね」と感情に焦点が当たっていたら、カウンセリングに違いない。
とはいえ、カウンセリングを学んで四半世紀近くなるけれど、相談事に対して、どう答えていいのか、まだまだ迷う。
だから、新聞の人生相談の欄は、参考になる。
カウンセラーなら、どう対応するのか、と思いながら読む。
先ほどの不倫の相談は、応答者は親切に相談者に寄り添い、ことを整理し、蒙を啓くように順々に説いていく。最後は先に光が見えることをほのめかして、勇気づけるのである。
しかも、わずかの字数で。すばらしい。
「不倫なんて以ての外です」とか
「あなたはあばたもえくぼも状態になっているに過ぎません」とか
「早く目を覚ましなさい、○○な人ね」
とは、書かれていない。
人生相談に答える人たちは、それなりの業績なり、成績なり、実績なりを成した有名な人々である。
無礼な態度というか、文章は書かないのである。
このような相談を、齢九十余歳の母ならなんと応えるだろう。
「そんなの、なるようになる~」
かもしれない。
九十余歳の人が言うと、なんとも重みがあるような気がする。
そう、なるようにしかならないのだ。
昭和一桁生まれの母は、戦時中には敵機の機銃掃射を受けたことがあるという。
初恋の人は、特攻に散ったと、しみじみと語ってくれた。
北海道の片田舎の農家の嫁として戦後の激動期を生き、三人の子どもを育て、
数年前には夫の葬儀を執り行い、今は曽孫と時々過ごす日々である。
「なるようになる~」は、なるようになった人生が証としてある。
その人なりが、言葉に説得力を持たせるのだ。
古代ギリシャの哲人アリストテレスは、
説得の方法には三つある、と説いている。
ロゴス――論理と
パトス――感情と
そして
エトス――人柄。
論理的でも、気持ちが込められていても、その人に信頼が置けないなら、説得力はなくなってしまう。
その人柄に惹きつけられれば、説かれた言葉は、より心に届くことになるのだ。
母と同じく、齢九十余歳の佐藤愛子さんは、こんなことを書いている。
「愛と恋は違う。愛は積み重ねて昇華して行くものだけれど、恋は燃え上がってやがては灰になってしまうものだ」
この一文には、深く頷くしかない。
佐藤愛子さんは、人生相談を読みながら、自分は解答者には成れないなと述懐する。
そう書きながら、「愛は~」の一文がさらりと置かれているのだ。
わたしも、若い頃は
「生涯の伴侶を見つけた! もう彼女しかいない!」と恋に浮かれたりしたけれど、
気がつけば燃えつき灰だけが残っていた、そんなことの繰り返しだった。
あの時は、「生涯、彼女しかいないのだ」と誓っていた、そう思っていたのに……。
そこで、再び佐藤愛子さんは、こんなことも書いている。
「歳月は覚悟も勇気もなし崩しにしてしまう容赦ない力を持っている」
ああ、そうなのか、そうだな、あの時の誓いは、歳月の力の前に崩れ去っていたのだ。
人生相談はできないな、という佐藤愛子さんだけれど、その言葉は、若輩者には何よりの指針になります。
………
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