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リーディング・ハイ

どうせ報われないのなら、あなたのおもちゃになりたかった。《リーディング・ハイ》


tenjin

 

記事:おが あやな(リーディング&ライティング講座)

 

どうせ報われないのなら、せめて、あなたのおもちゃになりたかった。

遊ばれてぼろぼろになって、誰のものにもなれなくなってから、捨てられたかった。

他のひとには見向きもされない惨めなごみになってしまえば、そうしたら一生に一人だけ、あなただけのものでいられたのでしょう。

雪の降るクリスマスのことでした。悪い子の願いは聞き届けてもらえません。私は一人で夜の街を歩きながら、泣くこともできず、とぼとぼと下を向いて帰りました。黒いロングコートについた綿雪は、体温に触れてすぐに溶け、涙のかわりに私のからだを濡らします。

オレンジ色のイルミネーションがきれいだなぁ。叶うなら、あなたと一緒に見たかった。

夜景なんてただの電飾でしょ、なにがそんなにロマンチックなんだか。昔は生意気にもそう思っていたのに、どうしてでしょう。今、隣にあなたがいればいい、と思いました。

あなたと一緒にいたかった。あなたの横でこの光を見上げたかった。

叶わない願いですが。

 

ねぇ、無粋なこと、聞いてもいいですか。

私のこと、ちょっとは抱きたかった?

 

絶対に手に入らないひとを好きになって、最初のうちはただ想っていられるだけで十分でした。

「好きです」

と言うたびに、困ったように眉を下げるのがかわいくて。うんと年上なのに、髪には白いものが混じっているのに、年の離れた弟のようにかわいくて。

困らせたくて、傷つけたくて、私は自分の「好き」を武器のように使い、あなたのそばを離れませんでした。「好き」ってそういう使い方をするものじゃない、もっと優しくてあたたかいものだと思っていたのに、私は自分の感情すら駆け引きの道具にしていました。

「好き」

「好きです」

「好きなんです」

一緒にいられるなら遊びでも二番でもいいよ。そう口にしたときは、

「そういうことを言うもんじゃない」

ぴしゃりと叩きつけられました。

あぁ、なんてこと。そのときのあなたの表情と言ったら。

安い台詞であなたを誘った私を、心の底から軽蔑するような冷めた瞳でした。

今思うと、その日から私の願いはねじ曲がっていったような気がします。

「弄んでほしい」

「好きなだけ使われて、捨てられたいの」

「お願い。一瞬だけ優しいふりをして。私に期待を持たせて、最後に手ひどく裏切って」

ねじれた恋を語るたび、あなたは冷たい目で私を見るようになりました。

あの瞳に見つめられたい。もっと蔑んで、傷つけてほしい。

私を拒絶してほしい。

あなたが「好き」に疲れ、根負けし、いつか私を受け入れたとしたら、その瞬間私は幻滅するのだろうと思いました。好きになってほしいと願うことはなくなり、ただただあなたが私を嫌うことに喜びを感じていました。

まったく、はた迷惑な恋心です。本当にあなたを好きなのか、それともただの妄執なのか、その頃の私には判別できなくなっていました。

 

あなたが福岡を離れることになって、最後に会いたいとねだったのは私です。

「君は若くてかわいいのに、どうしてこんな愛し方しかできないんだ?」

新天町のコーヒーショップで、真剣にあなたは言いました。湯気の向こう側に、下がった眉が見えました。私の好きな、かわいいあなたの眉。

わかりません、と私は答えました。本当にわかりませんでした。

あなたをどうしたいのか、あなたとどうなりたかったのか。

「もっと自分を大切にしなさい」

「大切にするって、どうすればいいんですか?」

「自分を大切にしてくれるひとを好きになることだ。僕のような、情けない男じゃなくて」

「……わかりません、わかりません」

私は泣きながら、テーブルに置かれた彼の手を握りました。温かい手でした。大きな手でした。見た目よりふわふわと柔らかくて、余計につらくなりました。離したくなくなる手だ、そう思いました。

「わかりません。そんなことを言わずに、あなたが私を好きになってくれたらよかったじゃないですか」

「僕には家族がある。それに、それを望まなかったのは、君だ」

「ひどいひと。私がどれだけあなたを好きでいたか、知っているくせに」

ようやく、私はあなたを本当に好きだったのだと気づきました。

下がった眉をかわいいと思っていた。白いものが混じる髪に指を差し込んでみたかった。ふわふわの手に涙をぬぐわれたかった。

優しくされたかった。でも、初めから叶わない恋を想い続けるには、優しくされない方が都合はよかった。

傷つけられることに慣れていれば、別れの瞬間も怖くないのですから。

私の手はふわふわの手から離れ、テーブルの上にだらしなく落ちました。もう涙も出ません。

力の入らない私の手を、あなたは一瞬だけ自分から握ってくれましたね。

ぎゅっと握りしめ、体温を焼きつけて、あなたはこう言いました。

「かわいそうな子だ、君は」

そして、

「ごめん」

知っていますか。かわいそう、って、「可愛そう」と書くんですよ。

あなたは私を少しでも、「愛す可し」と思ってくれていましたか?

ちょっとくらいは、抱きたかった?

あなたが立ち去ったコーヒーショップを出ると、白い雪が舞っていました。

「おー、雪だ。ホワイトクリスマスじゃん」

「ほんとだ。ロマンチックだね」

そうか、今日はクリスマスだったのか……。

あなたと過ごした最後の日。最初で最後のクリスマス。

恋人たちを尻目に、もう二度と会えないあなたのことを想いました。

 

この本を読むと、あなたを思い出します。初めてあなたが教えてくれた本だから。

気づけば10年以上会っていませんね。

あれから随分長い月日が経ち、傷はいつか癒えることを知りました。

他の誰かを好きになれることも知りました。あの頃はあなたを忘れてしまうことが何より怖かったのですが、ひとたび忘れてしまえばどうってこともないのです。

たった一人のひとと呼びたくて、結局呼べなかったけれど、心のどこかに引っかかった、あなたの痕跡がきっと今も私の行く先を照らしてくれているのだと思います。

「自分を大切にしなさい」

「どうやって?」

「自分を大切にしてくれるひとを好きになることだ」

恋をするたび、ふいにあのやり取りを思い出し、胸があたたかくなります。

私をおもちゃにしてくれなかった、優しいあなた。

会いたくなればこの本を開き、優しい恋をしようと思うのです。

傷つけるのではなく、互いを労わる恋を。

傷つけられるのではなく、大事にしあえる愛を。

 

O・ヘンリ「賢者の贈り物」(新潮文庫)

 

 

  
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2017-01-04 | Posted in リーディング・ハイ, 記事

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