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リーディング・ハイ

お前なんか一生手綱を握られてろ、ばーか!《リーディング・ハイ》


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記事:おが あやな(リーディング&ライティング講座)

 

発表します!

「男友達に言われても絶対信用してはならない台詞」ランキング、ベスト3!

第3位! 「お前と一緒におると楽だわ」

いやぁ、これ、勘違いしちゃいますよね。マジで。二人で居酒屋のカウンターに並んで飲んでいるとき、ひとしきり笑った後にふとこんな言葉をかけられたら、どきっとしちゃいますよね。しますよね?

続いて、第2位! 「お前みたいな彼女やったらよかったのになぁ」

あいつが私と比べているのは、嫉妬深くて束縛するタイプの彼女だから! 付き合って1ヶ月でクリスマスに12万のディオールのバッグをねだってくるような少々アレな子に比べたら、そりゃあコンビニのクリスマスケーキで大喜びする私の方がまし、ってだけだから! こんな台詞で喜んじゃだめだから!

はい、来ました。堂々の第1位は~!?

「よし、わかった。30までお互い独身やったら、結婚しよう」

でした~!!

正直言っていいっすか。私、勘違いしてました。

この男、絶対私のこと好きだなって思ってました~!! イエーイ!!

……あぁ、なんだか死にたくなってきました。

恥ずかしさと、後ろめたさと、ちょっとの後悔をカプセルに詰め込んで、毒薬を作りたい。

一気に飲み干して致死量の勘違いで死にたい。

3年前二人でしょっちゅう飲んでいたあの頃は、私はあいつの恋人よりもあいつを理解しているつもりだったし、タイムリミットまであと5年もあるのだと思い込んでいました。

「……今、なんて言ったん?」

あいつは、男友達の圭一はお猪口をぐいっと傾けて、

「だーかーら、俺、結婚したとって!」

とのたまったのでした。

え、なんで?

なんで? あんた、私のこと好きなんじゃなかったの?

喉の奥まで出かかった言葉は、お猪口の中の日本酒と一緒に飲み干します。辛口の熱燗は喉を焼き焦がし、食道から胃に至るまで爪痕を残してから、熱い胃液に溶けてゆくのがわかりました。

 

圭一は自由を愛する男でした。

大学時代はあちこちを旅し、長期休暇のたびに青春18きっぷで日本をめぐり、交友関係も幅広く人望のある男でした。ひとところにとどまるということを知らない彼はしょっちゅうどこかしらの飲み会に出かけ、それ以外は旅している、という男だったので、彼女を作ってはすぐ別れ、を繰り返していました。そりゃあそうです。一緒にいたい盛りの時期に、やれ飲み会だーやれ旅行だーと動き回られたら、彼女は寂しがりもするでしょう。その上、女関係にもだらしなく、どこそこで浮気もしていたようです。

そんな圭一と、妙に馬が合ったのは、私も自由を愛する女だったからかもしれません。

世間でいうところの「おひとり様女子」といいますか。喫茶店にもファミレスにも居酒屋にも一人で入れるし、映画やカラオケは一人で楽しむものだし、ぼっちディズニーもお手の物。彼氏とは基本的に会わなくても平気です。メールも電話も用事があるときにしかしません。

「えぇ~、有り得ん。あやなちゃん、冷たすぎやない?」

「ぼっち映画とかマジ無理~。彼氏と行けばいいやん」

「お互い観たい映画がかぶってるときは一緒に行くけど。でも、映画の趣味まで相手に合わせんで良くない?」

私がそう返すと、女の子たちは口をそろえて、「えー!」と言うのです。

「そういうことじゃなくて、同じ時間を共有したいとかぁ、いろいろあんじゃん!」

「そもそも映画館に一人でいて、『あ、あの人ぼっちなんだ』って思われるのが嫌~」

ほらほら、周りの女子はみんなそう言うんだよ。人目を気にして一人で行動できない甘えっこなんだよ。自意識過剰じゃん、そんなにみんなお前に注目してないっつーの。

「え、いいやん、ぼっち映画」

女子の輪の中に、突然ぐいっと入ってきた言葉。あいつは私の目をじっと見て、にっと笑いました。サークルの友人が開いた飲み会に飛び込みでやってきたのが、圭一でした。

「自分の世界持ってるーって感じで、かっこいいと思うけど?」

その日、飲み会の後に私たちは互いの連絡先を交換し合い、二人で飲みに行くようになりました。大学を卒業し、お互い就職してからも交流は続きました。その間、圭一にも彼女ができては別れ、私も長年付き合っていた彼氏と別れ、私たちは25才になりました。

フリーの男女が二人、居酒屋のカウンターに並んで腰かけ、色気のかけらもない馬鹿な話に興じるなんて、傍目から見るとおかしなことだったのかもしれません。

しかし私たちは友達でした。自由を愛する男と女の同盟だったのです。戦友だったのです。

それゆえに、私は真意を尋ねることができませんでした。

だって、怖くて。

「お前と一緒におると楽やわ」

「お前みたいな彼女やったらよかったのになぁ」

「よし、わかった。30までお互い独身やったら、結婚しよう」

聞き返すべきでした。

彼の真意を。

けれど、聞き返してしまったら友達で居られなくなるとわかっていました。

私は、期待している自分に気づきたくありませんでした。

圭一が本当に私を好きであろうがなかろうが、彼が私を好きであればいいと期待を寄せた瞬間から、圭一がかっこいいと言ってくれた女の像から私は離れていくのだろうと思いました。それが怖かった。かっこいい女でいなければ、私は圭一の友達にはなれなかったのですから。

「いいね。……30になったら、ね!」

そのとき私が選んだ答えは「保留」でした。

当時25才。彼のいう30才まで5年の猶予がある。

そのときまでに少しずつ歩み寄っていけたらいい、違うと思ったら他の男と付き合えばいい。私は悠長にそんなことを考えていたのです。

 

まさか、あいつが先に結婚してしまうとは、想像もしていなかったのです!

愚かなことに!

2年の猶予を残し、先にゴールしてしまうとは。

30になったら「やっぱりお前しかおらん。結婚しよう」って圭一が迎えに来てくれると、どこかで期待していたのです! 勘違いしていたのです! 自意識過剰は紛れもない私自身だったのです!

「圭一、30まで遊んでいたいって言っとらんかった?」

「いや、それがさぁ、結構外堀固められちゃって……」

圭一は曖昧なプロポーズの後、すぐに転勤になりました。金融関係の初任地は地元に近いところ、次はめちゃくちゃ遠いところって聞いてたけど、ほんとなんですね。次の配属は東北支社で、彼は仙台に赴任しました。そこで出会ったのが今の奥さん、だそうです。東北支社で事務をしていた5才年下のユミコさん。青森出身。写真を見せてもらったら、宮崎あおいと多部未華子を足して二で割った感じの、素朴で可憐な色白の女の子でした。

「付き合って1年で一人暮らしの部屋にゼクシィおいてあるわ、突然デートに親連れてくるわ、指輪買わされるわ。あれよあれよという間に結婚する雰囲気になってて、逃げられんよあれは」

「圭一だったら、逃げそうやけど」

「やっぱ、あやなは鋭いな」

へへ、と笑って圭一は言いました。

「なんかさぁ、ユミコの場合は外堀の固め方が可愛かったんだよ。ゼクシィ見て『なんだこれ!』って言っても『ん? ゼクシィだよ。読む? 結構面白いよー』って無邪気に笑って勧めてくるし、『ごめん、嫌だった?』とか言われるともう無理。あのシュンとした顔見とるとさぁ、嫌じゃないけど、って言っちゃうよ」

それに、とあいつは付け加えます。

「俺みたいな奴には、ちゃんと手綱を握ってくれる女の方がいいのかな」

やめて。もうやめて。

すうっと頭が冷えていくのがわかります。

喉も食道も胃も、お酒でこんなに熱くひりひりしているのに。

会ったこともないユミコの高笑いが聞こえるようです。

手綱を握ってくれる女がいい。決してお前みたいな女じゃなく。

圭一の真意を突きつけられたような気がしました。

 

ばかかー!!

お前は、ばかかー!!

自由を愛する暴れ馬、圭一は既に私の戦友ではなかった!!

とっくの昔に同盟は解消されていた!!

何が、「手綱を握ってくれる女がいい」だ!! 暴れん坊将軍・ユミコにまんまと御されてるくせに、手綱を握らせてやってんのは俺だ、みたいな顔してんじゃねえー!!  お前なんか一生手綱を握られてろ!!

ばかかー!! こんなダサい男に振られた気になってる私、ばかかー!!

……はぁ。少し落ち着きました。

女の恨みは女に向かうといいます。冷静さを取り戻しつつある今、私は目の前にいるダサ男圭一よりも、ユミコに怒りがわいてきました。

もしこの場にいるのが圭一でなく、ユミコだったら。

私はユミコとどんな話をするのでしょうか。

心に阿修羅を隠し持ち、笑顔で可愛く会話するのでしょうか。

それとも、仮面の下から阿修羅の顔を出し、醜い本音をぶつけ合えるのでしょうか。

ユミコの阿修羅が見てみたい。

可愛く外堀を固めてしまえる彼女の、本音の部分を暴いてしまいたい。

圭一をどんな気持ちで落としたのか。彼はどんな計算に引っかかり罠に落ちていったのか。引っかかったのがくだらない計算であればあるほど、あなたは醜く、しかし爽快な気持ちで笑ったのでしょうね。

わかりますよ、私だって女ですもの。

欲しいものを手に入れるために手段を選ばない生き物ですよねぇ、女って。

だから私もね、最後にちょっとだけいじわるしてもいいかなぁ、って思うんです。

 

あいつのカバンにこっそり、あの本を忍ばせておきたい。

私の痕跡を残しておきたい。

女には裏の顔があるのだと、あいつに思い知らせたい。

その上で手綱でも何でも握らせて、ユミコと幸せな家庭を築くがいいさ。

 

「圭一」

「ん、どした?」

空になった彼のお猪口に酒を流し込みながら、

「30になってもお互い独身やったら結婚しよう、って圭一が言ってた、あれ」

アルコールの力で赤くなった耳元に唇を近づけて、私は囁きます。

ふう、と吐息を吹きかけるように。

「私、結構、本気で待っとったよ?」

ぶるり。

圭一が震えたのは、耳の産毛を私の吐息がさらったからなのか。

それとも、私の中の阿修羅が少しだけ顔を出してみせたのか。

 

さて、どちらでしょうか。

 

向田邦子「阿修羅のごとく」(文春文庫)

 

 

  
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2017-01-12 | Posted in リーディング・ハイ, 記事

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