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リーディング・ハイ

それは、と言いかけ、妖艶な人妻は身をくねらせた……《リーディング・ハイ》


記事:西部直樹(リーディング・ライティング講座)

 

「だから、そこを何とかお願いします」いささか、切迫した雰囲気があった。

 

「急なのね」少し呆れた、という感じが漂う妖艶な人妻。

「はじめて会ったのに」面白がっている、華奢で可憐な彼女。

「でも、どうして」少し生真面目な様子の、清楚な装いの女性。

「まあ、ここなら、何かしらはできるじゃないかな」重々しさを醸し出そうとしている、いつもの友人。

「それにしても、なんだな、意外と難しいよね」と、

わたしは、少し上の空気味に言いながら、どて煮込みにガーリックトーストを浸す。

ガーリックトーストのカリッとした食感が、どて煮込みの汁に溶けてゆく。その狭間の歯触りと食味が、心地よい。

 

東京駅の八重洲地下街、その一角にある居酒屋である。今日もいつもの仲間が集まっていた。

妖艶な人妻はあらごしミカン酒ソーダ割りを傾けながら、ポテトサラダを突いている。

華奢で可憐な彼女は、黒ホッピーを手にして、にこにこ顔だ。なにが楽しいのだ?

清楚な装いの女性は、小首を傾げながら、勘兵衛本醸造をクイと呷っている。

いつもの友人は、いつものジョッキを手にして、頷いている。

 

少し遅れてきた青年は、左手にウーロン茶、右手にシシトウ焼きをもって、器用に頭を下げるのだった。

「まわりには、こんなことを言っても、聞いてくれる人もいなくて」

困惑と懇願である。

 

「でも、ちょっとまだわからないわ」

妖艶な人妻は、今日はなぜか胸元が四角にくり抜かれた、つまり胸元が見えるチャイナドレスである。スリットが無意味に深い。

その服装で、身を乗り出して言うのである。

「なんで、そんなのにこだわるの?」

少し遅れてきた青年は、妖艶な人妻の胸元を見つめながら言うのだった。

「やっぱり、その、理解したいんですよ。どんなものなのか」

「ふ~ん、それで?」

「それで、そうなんです」少し遅れてきた青年は、妖艶な人妻の胸元から目を逸らし、周りを見渡した。

 

串焼き盛り合わせが運ばれてきた。

妖艶な人妻が、肉やホルモンを串から外す。

他のみんなの視線は、串から次々と外される肉たちに注がれている。

店内の喧噪と懐かしい歌謡曲のBGMが聞こえてくる。

丸みを帯びた鼻音が印象的な声が、都会に出て行って変わったしまう恋人のことを歌っている。

 

「真っ黒で、がりがりで口の悪い娘が、恋することで変わっていく、そんな話は?」と、言って、妖艶な人妻は、串から外したレバーを口に放り込む。

「いいですね。すっかり変身してしまうんですね。それで、それはどうして、その変身した後はどうなるんですか?」少し遅れてきた青年は、妖艶な人妻の方に身を乗り出す。

「それは、読んでのお楽しみよ。『愛の妖精』ジョルジュ・サンドね」妖艶な人妻が微笑む。

 

「変わってしまうのなら、強くなるのはどう?」華奢で可憐な彼女が、黒ホッピーのお代わりを頼む。

「強いのは、いいですね」少し遅れてきた青年もどて煮込みに箸を付けている。

「高校生の少女が、父親が殺されるところを目撃してしまってね。なぜ、格闘技に秀でた父親が殺されたのか、そして、その事件の背後にあるものとは……、という感じなんだけど」

華奢で可憐な彼女は、ニッコリと微笑み、黒ホッピーを飲み干す。

「格闘技! その女子高生は格闘技をしているんですか? スゴイ謎があるんですね。で、彼女はどうなるのですか?」

「もちろん、後は読んでのお楽しみよ。今野敏さんの『秘拳水滸伝』よ」

「ありがとうございます。面白そうですね」少し遅れてきた青年はウーロン茶のお代わりした。

 

「そんな、ズンドコから這い上がる物語なら、ロバート・B・パーカー が書いた『愛と名誉のために』というのもある。恋人に振られ、アル中になり何者が自分でもわからなくなるほどの底辺まで落ちた男が、這い上がっていく話だ。彼が這い上がるためにしたのが、本を読むことだったんだな。それがまた、……。というのだけど、どうかな」

友人は枝豆を頬張りながら、少し遅れてきた青年に向かって本を薦める。

「どんな本を読んだんですか?」少し遅れてきた青年も、枝豆をつまみはじめる。

「それは、もちろん、読んでの楽しみだよ」友人は楽しそうだ。

 

「本と言えばさ、主人公がいろいろな文人と交わりつつ、日本一になっていく、という江戸時代のお話はどう?」

清楚な装いの女性、白いブラウスが眩しい。

「いいですね。なにの日本一になるのですか?」少し遅れてきた青年は、清楚な装いの女性を眩しそうに見る。

「精進料理屋の倅から、大水にあったり、日本中を襲う飢饉、商家を狙った打ち壊しなんかを乗り越えて、料理茶屋になるのよ。その間に交誼を交わす文人たちがすごくてね」清楚な装いの女性は楽しそうだ。

「ええ、どんな人たちと、ですか?」ウーロン茶からウーロンハイに変えた少し遅れてきた青年は、顔を赤くしている。「もちろん、読んでのお楽しみなんでしょうけど」

台詞を取られれた清楚な装いの女性は、面白くなさそうだ。

 

「どうだい、どん底から這い上がっていくシンデレラストーリー、いろいろとあるだろう」と、わたしは、妖艶な人妻の胸元から目を逸らすようにして、少し遅れてきた青年に言う。

「ええ、いろいろとありがとうございます。彼女は商売をやっているようなんですね。彼女って、最近知り合った女性なんですが、彼女もいろいろ苦労したみたいで、そんな彼女のことが少しでもわかったらなと思ったんですよ」

少し遅れてきた青年は、はにかみならながら話をした。

「それなら、女性が主人公で、貧しい少女時代からはじまって、一代を築くお話はどうだ」わたしは、ハイボールで喉をしめらせ、少し遅れてきた青年に聞いてみた。

「ああ、いいですね、そんなのが読みたいです」

少し遅れてきた青年は、嬉しそうだ。

「高田郁さんの『あきない世傳 金と銀』だ。まだ3巻目までで、まだまだ続きそうだけど」

「彼女は、なにをして一代を築くんですか?」

少し遅れてきた青年の目元が赤い。

もちろん、この問いの答えは決まっている。

 

皆が声が揃った。

「それは、読んでのお楽しみだ!」

 

 

 
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2017-03-21 | Posted in リーディング・ハイ, 記事

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