リーディング・ハイ

何者かになろうともがき苦しんでいる人がいたら、バケツの水はいつか溜まるよと言ってあげたい《リーディング・ハイ》


記事:菊地功祐(リーディング・ライティング講座)

 

 

「普通の名前だね」

大学生だった頃、とある女の子に言われた言葉だ。

 

「君に似た顔の人、アルバイト先で見かけた」

「普通の顔だね」

と私は昔からよく言われていた。

 

自分って普通なんだな……

 

思いかえせば「普通」であることが私のコンプレックスだった。

両親は一般的なサラリーマンで、私はいわば「普通」の家で生まれ育っていた。

小学校から中学まで公立に通い、「普通」の教育を受けて育った。

 

人と同じように「普通」に生きていることを常に感じていた。

決められたレールの上を浮足立って歩いているような感じがしていたのだ。

 

「普通」の生き方をしていた私は、常に「普通」でない人に憧れを抱いていた。

ビートたけしや明石家さんまのような、明らかに才能があって、

「普通」でない人は何かくらい過去を背負っているようなものだ。

 

 

ビートたけしだって「世界のキタノ」と呼ばれる前はバイク事故を起こしたり、いろいろ問題を起こしていた。

 

何かくらい過去を背負っているからそれがエネルギーとなって爆発しているように感じていたのだ。

 

何者かになれる人は、何かくらい過去を背負っている。

そう思っていた。

 

常に平均台の上を歩いていた自分は「普通」に生きていることに対し、後ろめたい気持ちがあった。

 

自分は何かを持っているはず。

もっと自分を認めてくれる場所があるはずだ。

そう感じていたのだ。

 

人と同じように「普通」であることが耐えられなかった。

 

大学に入った頃には

「学生時代に頭角を出す」と意気込み自主映画作りにのめり込んだ。

 

多くの人と関わりながら映画を作るのは楽しかった。

しかし、私の行動力の根幹にあったのは常に「普通」へのコンプレックスだった。

ただ、何者かになりたかっただけなのだ。

人と違う何かクリエイティブな部分があると思い込みたかっただけなのだと思う。

 

「普通だね」と言われることが何よりも嫌いだった。

 

私は70分くらいの映画を4ヶ月以上かけて作ったりした。

編集にも1ヶ月はかかったと思う。

映画祭にもDVDを送ってみた。

 

全て予選で落ちた。

 

なぜだ。

あんなに苦労して作り上げた映画なのに、何で誰も評価してくれないんだ!

そう思い、自暴自棄になったりもした。

 

映画を作ろうと思い、大学の授業をサボっては図書館にこもって映画を見続けていた。

 

年間350本は映画を見ていたと思う。

誰よりも映画を見て、映画のことを研究していたつもりだった。

 

そして、毎月のように映画の撮影をして、自分を表現しようと試みていた。

だけど、誰も自分の映画を見てくれなかった。

 

ただの独りよがりだったのだ。

 

映画が完成したのち、改めて自分の映画を見直してみた。

すると思ったことがあった。

 

それは……自分って空っぽな人間なんだな

と言うことだった。

 

 

空っぽで何も持っているものがないから、人の心に突き刺さるような映画が作れないんだと思ったのだ。

 

 

世界で活躍しているクリエイティブな人たちは、何かどっしりとした個性を持っているように感じていた。

 

私の個性は空っぽで、何者でもなかったのだ。

スカスカのスポンジのような人間が作る映画など、魂がこもってなくて誰も見る気がしないのだ。

 

 

 

映画的な構造は、脚本の本や映画を分析していたらだいぶうまくなるだろう。

しかし、その人にしか作れない世界観や作家性はもはや才能の領域なのかもしれない。

 

私のような空っぽな人間には、ものを書く資格も無ければ、ものを作ることができない。

そう思っていた。

 

何かクリエイティブな人間でありたいと思っていた私は、

気付いたら就活の時期にさしかかっていた。

 

就活に時も常に「何者かになりたい」と言う欲望が働いて、ブランドがある大手企業やテレビ局ばかり受けていた。

 

ほとんど全て落っこちた。

 

私は当時、早く何者かにならなきゃと焦っていた。

 

何者かになって、人よりも上に立ち

「やっぱりあいつは違うよな」

「君は人と違う何かを持っている」

と言われたかったのだ。

 

実際、大学時代の知り合いの中で、映画祭で特別審査員賞をもらい、

プロの人からスカウトが来て、商業映画デビューを飾った映画監督もいた。

才能の塊みたいな人だった。

 

私のような人間が、何か光るものを持っている人にはかなわない。

努力しても意味がないように感じてしまった。

 

 

就活も30社以上にエントリーシートを提出して、ほとんど全て落っこちた。

私は半ばノイローゼ状態になっていた。

 

実際に就活をしてみるとわかるのだが、現代の就活は学生に尋常じゃない精神的な負担がかかってくる。

 

毎日のように膨大な数のエントリーシートを書き、何十社からもお祈りメール(不採用通知)が飛んでくるのだ。

 

 

就活しなくても他の道があるだろうと今となっては思うが、

大学4年生だった私には目の前にある就活しか見えてなかったのだ。

 

どこかの企業に入らなければ死んでしまうと思っていたのだ。

 

もがき苦しみながらなんとかテレビ制作会社に内定をもらえ、私は就活を終えることができた。

 

就活は終わったが、心の底でこのままでいいのかという漠然とした不安が常にあった。

 

本当にこのままでいいんだろうか?

もっと自分が行くべき場所があるのではないか?

そう思えて仕方がなかった。

 

 

自分のような空っぽな人間はどこに向かえばいいのか?

そう思っていたのだ。

 

そんな時に、フェイスブックのタイムラインを見ている時、ふとこの本のタイトルが目にはいった。

 

 

「傷口から人生。メンヘラが就活して失敗したら生きるのが面白くなった」

 

 

なんだこのタイトルは?

タイトルのインパクトに惹かれて、私は近所にある本屋でその本を買って、読んでみることにした。

 

最初の序文から読んで驚いた。

 

これって私じゃないか?

 

著者が語る就活のエピソードが自分と重なって見えたのだ。

 

数ページ読んだだけで、著者の文才と血肉を込めて書かれた文章に引き込まれていった。

 

凄いこの人……

と正直に思った。

 

本の最初の数ページからしてすごかった。

 

ものを書くということは心の中のバケツに水が溜まるようなものと考えていた著者は、偶然本屋で出会ったおじさんにこう言われたという。

 

「普通に生活しているだけでそのバケツの水は溜まっていく。焦らなくていい。

否が応でもその水は溜まっていくものだ。そして、それが一杯になった時に、君はその一滴が何であったのかを理解するんだ」

 

その著者は就活をドロップアウトし、内定ゼロのまま大学を卒業してしまったらしい。

世の中を数年、さまよい歩いていた。

いろんなアルバイトを経験しては落とされ、自分の理想と社会との間にもがき苦しんでいるうちに、ものを書くという仕事にたどり着いたという。

 

 

バケツの水が溜まって、こうして著者はものを書くという仕事にありつけたのだ。

 

私は空っぽな人間だと思う。

バケツの水もたまってなく、スカスカな人間だ。

 

しかし、焦らなくてもいいのかもしれない。

焦らず、普通に生きているだけでバケツの水は溜まっていくのだ。

 

そう思えたら気持ちがなんだか楽になった。

大学を卒業してもうすぐ一年が経とうとしているが、いまだに自分が心から何になりたいのかはよくわかっていない。

 

 

しかし、心のバケツは少しずつ溜まっていき、こうしてものを書くことの楽しさに気づけたのだ。

 

焦らず一歩ずつ踏み出していけば、いつかバケツの水は一杯になる。

その時になったらきっと、その一滴一滴が何だったかがわかるのだと思う。

 

その日を楽しみにしながら、今日も私は、ものを書くということに励んでいる。

 

 

 

 

「傷口から人生。メンヘラが就活して失敗したら生きるのが面白くなった」

 

幻冬舎 小野美由紀著

 

 

 

 

………
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2017-03-21 | Posted in リーディング・ハイ, 記事

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