チーム天狼院

「言葉にすること」とは、裸になるようなものだ。《海鈴のアイデアクリップ》


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だめだ、書けない・・・。

私はキーボードを叩く手を止め、とうとう頭を抱え込んだ。
文章を書く手が、まったく進まなくなったのである。

 

「就職活動が本格化する前の最後の冬休み、たくさん記事を書こう。」
そう思い立ったのは、つい先日のことだった。私の働いている天狼院書店では、スタッフやお客様がホームページ上に記事を投稿しており、コンテンツの一部として成り立っている。いまや3日で15万PVを記録する記事も出るなど、良質な記事が数多くアップされている。

 

上達するコツはただ一つ、「人の目に晒されること」。
たとえば、田舎から上京した平凡な女の子がたまたまオーディションに合格し、芸能界を駆け上がり多くの周りの人の目を意識していくうちにどんどん綺麗になり、どんどん垢抜けていく。それと同じような原理が、ライティングスキルにもあると言われている。

ふつう、一般人がブログを始めたとしても読者はなかなか得にくいもの。それを考えれば、私はライティングスキルを上げる絶好の機会を目の前にしていることになる。その気になりさえすれば、リングに上がる権利を手にすることができるのだ。

 

しかし、私は、権利を手にしたものの、リングへの上がり方がどうしても分からなかった。分からなくなってしまった、と言った方が正しいかもしれない。

どうして、と思った。

「読まれる文章が書けるようになるたった一つの方法」を、この前教えてもらったばかりだったのだ。それなのに、だ。むしろ、方法を教えてもらってからの方が書けなくなっていたかもしれない。
いざパソコンを目の前にし、「さあ、構想を練っていた記事を書くぞ」と意気込みキーボードを打ち始めても、考えがまったくまとまらないのだった。いくら時間が経てど、まっしろな画面が文字の海になっていくことはなかった。

 

書き出しの後、どう言葉を続ければいいのか。

そもそも私は何が言いたいのだろうか?

これは本当に、今私が言いたいことなのだろうか?

考えれば考えるほど、私は底のない泥沼に落ちていくようだった。ひとつ言いたいことの結論が出たとしても、その先にまだ答えがあるような気がして、それを突き止めていくとキリがなかった。結局、構想はふりだしに戻ってしまう。考えを言葉にすることって、こんなに難しかっただろうか。

 

もともと、文章を書くことは好きだった。学校の課題として出される読書感想文は嬉々として書いていたし、ぐちゃぐちゃだった考えを原稿用紙にぶちまけながら、綺麗にまとめていく作業によって、自分の頭の中でばらばらだったピースがあるべき位置に収まっていくことが心地よかった。

時には、本のテーマで描かれている世の中の理不尽に、胸を切り裂かれそうな憤りを覚えながら、頭から湯気が出そうになるほど考えに考え抜いて作文を完成されることもあった。「自分」という鉱山を必死に必死に切り出し、私が感じている想いにぴったりの言葉の鉱石を掘り当てた時には、なんとも言えない達成感を覚えることができたし、抱えているもやもやをすっきりと払拭できた。そして私は、その鉱山は決して枯れることはなく、掘り出そうと思えばいつでもお目当てのものを引き当てることができると思っていた。

 

もしかしたら、記事を書くためだけにこんなにも時間を費やすことができるのは今だけかもしれない。私が得たい力を強められるかもしれない。私が「記事をたくさん書こう」と思ったのは、そういう理由からだった。

 

私のルーツはいつも、「言葉の力」にさかのぼる。

人生で初めてなりたいと思った職業は、漫画家だった。幼稚園の時、おたよりに載せるために書いた「しょうらいのゆめ」という欄に書いた文字を、今でもはっきり覚えている。体を動かすことと絵を描くことが大好きな子どもで、当時大流行していたポケモンのごっこあそびが、友達との休み時間の主な過ごし方だった。放課後、友達と遊ぶ約束のない日は、近所に住む母方の祖父母の家で、共働きの親が迎えに来るまでせっせと絵を描いていた。

何がきっかけで絵を描き始めたのかは、まったく覚えていない。気がつけば、息をするように絵を描いたり、マンガのようなものを描くことに夢中になっていた。親がよく、絵本の読み聞かせをしてくれたからかもしれない。

 

小学生になってからはよく図書館に行き、たくさん本を読むようになった。放課後、友達と走り回って遊び、祖父母の家に親が迎えに来るまでの間は、絵とともに物語を描いていた。そのころにはいつの間にか、なりたい職業は「学校の先生」に変わっていたけれど。それでも、物語はいつでも私の常識を覆してくれたし、心の底から震えるような言葉に出会ったときには、いつまでも覚えていようとメモを取っていた気がする。そういう素晴らしい言葉たちを見つけると、生きることへの活力がどんどん膨らんでいった。自分に翼が生えるような気がした。空が晴れ、追い風が吹き、世の中すべてが輝いて見えるのだった。

 

中学になると、表向きに「なりたいものは、学校の先生」と言っていた。けれど、本当は心の奥底では、言葉の力を武器とする職業に携わりたかった。脚本家でも、ジャーナリストでも、何でもよかった。当時はまだぼんやりとしていたけれど、ただひたすらに「言葉には、人を変える力がある。私が何度も力をもらったように、誰かに言葉をかけ力を与えたい。」そう信じてきた。私もいつか、そんな力を持つ人になりたい、と思って進んできた。

高校になっても、そのイメージは変わらなかった。早く、この街を出て都会に行きたいと焦っていた。生まれてから18年間ずっと地方の小さな港町で育った私は、一刻も早く大きな力が欲しくって、一心不乱に大学を目指した。

 

何かが手に入る、大きな力が得れると思って上京し、飛び込んだ世界の大きさに押しつぶされそうになりながらも何とか踏み止まってきて、やっと漕ぎ着けた島だった。今、私がいる天狼院は、そういう場所だった。

そうしてついに、珠玉のライティングスキルを教えてもらった。

多くの人に読んでもらえる機会を目の前にしている。

それなのに、私の手は進まない。書きたいことが見つからない。あんなに望んでいたことなのに。あんなに私が信じていた、「言葉の力」を武器に戦えるリングに立つ権利を手にしているのに。

 

そっか。私、いま調子悪いんだな。ほら、よくあるじゃん「スランプ」ってやつ。誰にでもスランプはあるっていうでしょう。そうであれば、仕方ない。構想をもう少し練ってみよう。そうすれば、機が熟して書けるようになるさ・・・。

私はそう自分に言い聞かせた。けれど、一向に調子はよくならなかった。「何を書こうかな」という考えが、だんだん「何か書かなくちゃ」という考え方に変わってきていた。移動中も、寝る前も、そのことで頭がいっぱいだった。

書かなくちゃ、カカナクチャ、カカナクチャ・・・

もはや文章の内容を構想するというより、義務感だけが心の比重を占めるようになってきた。

 

「義務感を感じる作業を、一生やっていくことはできない。」

 

どこかで耳にした言葉が浮かんできた。

・・・ああ、そうか。私は、この道に向いてないんだな。

不意にそう思ってしまった自分を後悔した。とたん、びゅうびゅうと強い横風に吹きつけられ、冷たい雨の下、身包みを剥がされたまま曝されているかのように、うら寂しくなった。ひとり、何の当てもなく辿り着いた無人島にいるかのような不安が襲ってきた。

 

だめだ!私はとっさに、その思考回路に繋がる扉を閉めた。

私は知っている。こんなこと、少しでも考えようものなら、その尾ひれはどこまでもついてきて、逃れることはできないのだ。どこまで行っても悪循環で、良いことなど何もない。危ないところだった。

 

だけど、

本当にそれでいいのだろうか。

今は暖かくて安全な部屋の中に、何よりも大切で繊細な自分自身をかくまっているだけで、薄い扉一枚を隔てた向こう側には、いつまでも荒れ狂う嵐の世界が口を開けて待っていることを私は感じていた。何もわざわざその部屋を出ていくことはない。その満ち足りた部屋の中にいる限りは、私は安全。私は決して傷つかないし、私はいつだってポジティブで明るい人間でいることができる。

 

本当に?

 

無意識に、ある言葉が浮かんできた。それは、私が相談を持ちかけているとき、友達がかけてきたものだった。

 

「いつも思うんだけど、海鈴って、あんまり本音言わないよね。特に、自分が相手より劣ってるって思う人に対して。違うかな。」

 

特に、あいてが、じぶんよりも・・・

言葉が、いつまでも頭で反芻していた。

そうか、そういうことか。

私だけの暖かい部屋が、ガラガラと崩れ去っていくような気がした。扉を閉めて、見ないふりをしていたはずの外の嵐が、びゅうびゅうと私に襲ってきた。

私が書けないのは、スランプだったわけでも、この道に向いてないわけでもなかった。

ただ私は、本当は自分が思っていることを文字にするのが怖かったのだ。自分が本当は弱い人間だって知られるのが怖かった。だから、調子が悪いとか別の理由に逃げていただけだったのだ。「できない自分」の烙印を押されることに、誰よりも心の底で震え、怯えている。それが、暖かい部屋で飼い慣らされ、外で吹き荒れている本音を見ないふりをしていた私の、真の姿だった。

 

私はいつも完璧でいなくちゃいけない。器用で、何でもできて、いつもすごいねって言われる私じゃなくちゃいけない。

いつのまにか、私はそんな風に生きてきていた。一つでも多くの分野で、人より秀でたスキルを手にしなきゃ。そうじゃなきゃ、こんな大きな人の流れの中では溺れてしまう。荒れた海の上で必死につかんでいた浮き輪は、本当は私をどんどん深みへ沈めていくだけの重石だった。

 

周りにすぐ悩みを打ち明けられる人を、本当は羨ましいと思っていた。完璧じゃなくて、うまくいかなくて、それでも必死にしがみついて上へ這い上がろうとする姿は、光り輝いていた。

 

私は、他人の姿にその素晴らしさを見ることができる。なのに、私は自分自身のことを同じ目で見てあげられなかったのだ。

「私は私でいいじゃん?できるところも、できないところも。」

完璧な人間なんていない、そんなこと分かりきっていることなのに、どうしてそこまで固執していたのだろうか。

 

私は、できない自分でいることに誰よりも怯え、震えている。それに確信を持って気づいた時、自分を守っていた暖かい部屋が取り払われ、一瞬にして嵐の中に投げ出された。はじめは荒れ狂う雨と風の中、息ができずに苦しくて、どうしたらいいのか分からなかった。はっきりしない視界の中、手探りで進むしかなかった。前に進んでいるのか、後ろに進んでいるのかも分からなかった。

けれど、私がこのタイミングでこんな大事なことに気付いたのも、何か意味があるのだ。そう思った時、嵐は私の行く手を阻む障害ではなくなっていた。雨は私の身体にうるおいを与える天からの恵みとなり、風は私の背中を後押しする追い風になっていた。

そうして、徐々に視界が晴れてきて、ようやくこのことを記事にしよう、と文字に起こすことができたのだ。

そんな風にこの出来事を昇華してしまう私という人間もシンプルでかわいいものだな、と思ってしまった自分がおかしかった。

 

本当の想いを言葉にすることは、恥を伴う。それはもしかしたら、まるで裸になって公衆の面前に立っているようなものかもしれない。

 

だけど、私は思う。

内臓をぜんぶさらけ出す様な思いをしながら、それでも、伝えてくれる人。言葉を届けてくれる人。私は、そういう人を信じたいと思うし、どこまでもついていきたいと思う。

「言葉の力」がすごいんじゃない。伝えようとするその心意気が、武器となるのだ。

私が本当になりたいのは、そういう人だ。

 

吹き荒れていたと思っていた嵐はどこへやら、いつのまにか穏やかな晴天が目の前に広がっていた。

 

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