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チーム天狼院

【30歳差の親友】15年ぶりに絵本を買ってもらった《まみこ手帳》


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ジュンク堂の児童書コーナーでしゃがみこんで

真剣な面持ちで棚とにらめっこをする女がいました。

なんなら、眉間にしわを寄せていたかも。

 

まぁ、わたしなんですけどね。

 

あんまりたむろしていても怪しまれそうので、

結局わたしは早々に文明の力を借りることにしました。

検索機で『ルリユールおじさん』と打つと、[大人向け絵本コーナー]という表示が。

大人向け絵本というジャンルがあるのか!と感動しつつ先ほどの児童書コーナーに戻ると、

一角に確かにありました。わたし好みの棚が!

そして、お目当ての本も無事発見!

 

 

わたしは天狼院書店でいくつかのラボのマネージャーを担当しています。

そのうちのひとつが『ファナティック読書会』。

毎週日曜日の朝9時から天狼院書店に集まって

毎回違うテーマに沿った本をファナティック(熱狂的)に紹介し合うという会です。

この読書会、実際に足を運んでくださった皆様と語り合うと同時に、

ニコ生でその様子を中継しております。

そのため、例えば通勤中のビジネスマンや

天狼院書店に興味があるけどひとまず雰囲気を見てみたいなんて方も

中継を観てくださっているようで、なかなかやりがいがあります。

 

その週のテーマが「絵本」ということで、わたしは密かに燃えておりました。

どうしても持っていきたい絵本があったのです。

高校の美術室に置いてあったのをたまたまパラッと読んだのですが、

もう、どストライクですぐに気に入りました。

 

その本の詳しいエピソードはまたの機会にお話するとしましょう。

とにかくわたしは本屋でその絵本を見つけることができたのです。

 

あいにく財布に200円しか入っていなかった(おい、女子大生。)ので、

「よし、マークした。次来たとき買おう。」とその場を去ろうとしました。

すると隣にいた母が口を開きました。

「いいよ、買ってあげるよ。今日のお礼。」

 

実はその日わたしは母の所用に付き合いました。

それは、母にとって、気が重くなるような、勇気のいる、でも絶対に必要な用事でした。

わたしは本当に文字通り付き添っただけでした。

ただ隣にいただけでした。

それでも母はわたしにまっすぐ「ありがとう」と言いました。

娘に向かって、心からの感謝の言葉を口にしたのです。

 

絵本を買ってくれるというので、貧乏大学生のわたしは素直にお言葉に甘えました。

「こういうの、昔を思い出すねぇ。」

母が微笑みながらぼそっとこぼしました。

 

確かに。あったあった。

昔、一緒にどこかへ行った帰りによく絵本を買ってもらった記憶が。

ぐりとぐら、ティモシーとサラ、14ひきシリーズ……。

うん、あったなー。懐かしい。

 

あのころは決まって、わたしが嫌いな場所に行った帰りでした。

スイミングスクールやら病院やら。それはもう、大嫌いでした。

家を出る前に毎回ギャアギャアと泣きわめいて母を困らせました。

しかしどうにかがんばって行った日には、“ごほうび“として絵本を一冊買ってくれたのです。

わたしは密かにその儀式を楽しみにしていました。

スイミングも病院もあまり得意にはなれなかったけれど、代わりに絵本が好きになりました。

買ってもらった本はぜんぶ、何度も何度も読み返しました。まだ本棚に残っている本もあります。

 

しかし今回はちょっと意味合いが違いました。

母は「今日のお礼」と言ってわたしに絵本を買ってくれたのです。

“ごほうび”ではなく“感謝”の気持ちを表すために。

 

その違いに気づいて、なんだかわたしは感慨深くなりました。

考えてみると、不思議な関係だなぁと。

 

二十歳の娘。

 

子どもだけど大人。

大人だけど子ども。

 

今のわたしは母からどんなふうに見えているのでしょうか。

 

もしかしたらおこがましいのかもしれないけど、

わたしは二十歳になって

母と、人として対等になれたような気がしました。

 

何故って、“感謝”って相手を人間として対等に見ているからできることだと思うのです。

「よくできたね」ではなく「あなたがいて助かった」という“感謝”。

母は普段から子どもへの愛情を特に隠す人ではありませんが、

こんなにもストレートで切実な「ありがとう」は初めて聞きました。

ちょっと衝撃というか、「おお」と意外な気持ちになりました。

 

そうか、わたしはこの人の役に立ったのか。

なんだかそれはうれしいような、しっくりくるような、心地のよい気分でした。

そしてふと思いました。

もしかしたら母とわたしは今、究極の親友同士なのではないか。

 

腹を割って話せる親友。

お互いのことを本質からよく知っている。知っているからこそ、そう簡単に励ましたり否定したりはしない。

でも、たまに折れそうになったときになんとなく一緒にいる。

どっちが偉いとかどっちが下だとかではなく、対等な人間同士。

 

20年間育ててくれた親に対してこんなことを思うのはやっぱりおこがましいのかもしれません。

いや、今だって散々世話になっています。甘ったれています。

ご飯をつくってもらっているし、洗濯をしてもらっているし、学費も出してもらっています。

 

ただ、この頃1対1で母と向き合うとき、やはり不思議な関係性を感じるようになったのは事実なのです。

だからわたしも対等な人間としてそろそろ“感謝”を返す方法を考えてみようと思いました。

 

 

わたしはよくある親孝行の形が苦手です。

誕生日や母の日にプレゼントをあげる。お手伝いをする。

親からしたら、絶対うれしいですよね。やればいいじゃんって話ですよね。わかっています。

でも、申し訳ないのだけれど、自分がやるとなると「うーん」となります。こそばゆくなります。

 

 

だから考えました。

わたしにはわたしのやり方があるのです。

 

わたしは自分を大事にします。

わたしは家族に対して特別優しいわけでも責任感が強いわけではありません。

ただ、精神的に、結構頑丈なのです。

だからこうします。わたしは家族で一番、強い人間でいます。

そしてなるべく楽しく明るく生きて、

楽しさを分けてあげようと思います。

 

都合のいい考えだ、と思われるかもしれません。

でもわたしは知っています。

 

わたしの母は、何よりそれを喜んでくれる人なのです。

 

 

そりゃあそうです。

だって究極の親友だからね。

 

【お申込はFacebookページか問い合わせフォーム、もしくはお電話でもお受けします】

〔5/10 ファナティック読書会、https://www.facebook.com/events/434418660057076/〕Facebookイベントページ

TEL:03-6914-3618

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