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チーム天狼院

【自虐風自慢】「童顔やだあ、子供っぽく見えちゃうよお」はもういいよ!聞き飽きた!《川代ノート》


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©Nicholas Kennedy Sitton 2013

どんな形にせよ、自慢というのは往々にして人を怒らせるものである。
自慢してばかりの人はほぼ例外なく嫌われるし、あつかましくてウザいやつとして認識されてしまうものだ。
それをみんなわかっているから、自分の身に起きたハッピーな出来事に関して発言するとき、露骨に自慢らしくなってしまわないように、気を使って話をしたりする。たとえば女子会なんかでは、彼氏のことを話そうにも、人に嫌がられない程度ののろけにとどめておくなどの気遣いが必要である。たった一言の自慢が、自分の女子ヒエラルキーでの立ち位置を脅かすことになるかもしれないのだ。自慢ばっかりするやつは誰も仲間に呼びたくない。人の幸せなんぞできることなら聞きたくないのが人間の性である(と、私は思うことにしている)。

かくいう私も、そういう他人の自慢はなるべくききたくない、心の狭い人間のひとりだ。

そもそも自慢話だけでなく、人の話だって、よっぽど面白い話だったり、仲の良い人の話でない限りはそれほど聞く気になれないのに、自慢なんてもってのほかである。人の幸せを純粋に喜べる人は本当にすごいなと感心する。私はとても長い付き合いの親友に対してすら(親友だからこそ、と言うべきかもしれないが)簡単に嫉妬してしまうので、その子に優しい彼氏ができただの、仕事でうまくいっただのという話なんか、本音を言えばききたくない。ネズミが住むスペースもないくらい心が狭いのは重々承知しているが、ききたくないもんはききたくないと思ってしまうのだ。もちろん親友がうまくいっているのは嬉しくもあるし、刺激をもらって自分も頑張ろうとも思う。まったく嬉しくないわけじゃない。でも一方で、猛烈に嫉妬してしまう自分も、彼女の不幸を願ってしまう自分も、たしかに存在するのだ。親友がうまくいかなければいいのにと思ってしまうような意地汚い自分自身に気がついて落ち込むこともあるのだけれど、それもまだまだお子様な自分の感情の一部だから、仕方がないと受け入れるしかない。死ぬまでに人の幸せを喜べる人になれればいいくらいの心算でいよう。

しかし、人の自慢はききたくないけど、自分の自慢はしたいというのが、私という人間のずるいところというか、性格の悪いところである。嬉しいことがあったらすぐに自慢したくなるし、「へえ、すごいねえ」と言われたくなる。でも「自慢するような嫌なやつ」とは思われたくない。自分が人の自慢話をききたくないと自覚しているからこそ、「おおっぴらに自慢してはいけない」と強く意識してしまうのだ。

でもやっぱり自分は価値のある人間だとアピールしたいから、どうにか、いかにもな自慢ではなくて、自然な世間話に見せかけたい。自慢したい部分をうまくふんわりと、出し巻き卵の層の一枚ぶんくらいだけいれとくくらいなら、嫌なやつ認定はされないかな。あ、そういえばこういうことがあったんだよね、とか、私は別になんとも思ってないんだけどね、みたいな風を装って言えば、自慢話ではなく世間話で通用するんじゃないか? そんな腹黒さから生まれてしまうのが、「自虐風」である。

「自虐風自慢」という言葉をご存知だろうか?

どこから生まれた言葉かは定かではないが、おそらくネットスラングがはじまりだろう。言葉の字面からもわかると思うが、簡単に言えば、自虐しているように見せて実は自慢している発言のことである。

「私ってこういうところがコンプレックスなのよね」というニュアンスで話すことによって、自慢をうまくオブラートで包み込もうとした結果、かえってアピールしたいという魂胆が強調されてしまって、かなりはずかしいというか、「イタイやつ」と思われることになる、実はリスキーな自慢の仕方が、この自虐風自慢である。

何を隠そう(いや、本来なら隠すべきことだが)私、自分は自虐風自慢をよくやらかすくせに、人の自虐風自慢は「うわーこいつ自慢してくるようぜー」と心のなかで毒を吐いてしまうという、絶望的な性格の悪さを持っている。こうして開き直って自ら性格の悪さを露呈している私が言ってもなんの説得力もないのだが、自分への戒めも込め、自虐風自慢の何がムカつくのか、なぜ自虐風自慢をせずにいられないのかを冷静に分析してみたいと思う。

さて、まずよくある例として、私がこれまでに言われて内心とても腹を立てた自虐風自慢を、私の心のなかのツッコミとともに紹介する。

・「もう、あたし童顔やだあ。子供っぽく見られちゃうよお。さきみたいな大人っぽい顔になりたかったなあ」
→いやいやあなためっちゃくちゃ童顔気に入ってますよね。童顔強調したメイクしてますよね。童顔は男ウケいいって自覚してるからアピールするんですよね。ていうか大人っぽいってそれ、私が老け顔って言いたいのか? え? さりげなく悪口言ってんの?

・「もう、あたし胸大きいのやだあ。肩こるし、かわいいブラないし。みんな巨乳いいなあって言うけど結構大変なんだよ? 本当胸減らしたい〜」
→それ私が胸ないの気にしてるのわかってて言ってんだよな? 本当に巨乳をコンプレックスに思ってたらなんでそんなに胸元ざっくり開いた服着てきてんの? 本当に胸減らしたいなら喜んでお手伝いしますけど。

・「この前すっごくチャラそうな男に声かけられちゃった。何度も断ってるのにメアド教えてってしつこくて。これって軽く見られたってことだよね? 最悪……」
→はいはいナンパされるくらいかわいいですねー断ってもねばられるくらいかわいいですねーワースゴーイウラヤマシイー。

とかね。「へえ〜そうなんだあ」と笑顔できいていても、ピキピキとおでこに怒りマークが浮かぶ。でも内心ではどう思ってても、「あ、この人褒められたがってる」と勘付いたら、なんのためらいもなく、おしげもなく「えーいいなあ、うらやましい!」と賞賛の言葉をかけなきゃいけないのがなんというか、女子会での暗黙のルールのようになっているような気がしてならない。めんどくさいよね、女って(ていうかめんどくさいのは私?)。

でもたぶん自慢する方も、相手が内心ではどう思っているかなんてどうでもいいのだ。そのときの「自慢したい」とか「羨ましがられたい」とかの欲望が一時的に満たされれば、それで満足なのだ。

こんなにツッコミを入れておきながら、私は私で「いや〜最近ほんと痩せちゃってさあ、5キロも! 頰とかこけてて不健康だよね〜最悪」とか言っちゃうし。5キロってわざわざ言う意味ないだろと。ただ5キロのダイエットに成功しました! ということが嬉しくてたまらないから自慢したいだけだろと。考えていることと矛盾した行動をとる自分にがっかりしながらも、同じ女と対面するとなぜか自虐風に走ろうとしてしまう。そしてあとから「あーまたやっちまった」と凹む。男友達とか彼氏になら「5キロやせたんだ! すごいでしょ!」と素直に自慢できるのにな。

案外、友達同士でストレートに自慢する女というのは、かなり少ない気がする。女子会では自慢したいことをいかに自慢に見せずに言い合うかが最大のポイントというか、そういうことばかりしてるから「マウンティング女子」とか言われるんじゃないかと思う。上辺ではなかよし、でも本当のところは「私が上よ」の言い合い、みたいな。

実際のところ、自虐風自慢なんかしないで普通に自慢した方がよっぽど感じがいいものだと、最近私は思うようになった。
童顔も、巨乳も、ナンパも、そうだ。

「私童顔でしょ? 童顔好きな男多いからラッキー」とか、
「いやー私、巨乳で本当によかった!」とか、
「この前ナンパされた! よっしゃー」とか、

「こういうことが嬉しかった」「自分のこういうところを私は気に入っている」という気持ちをそっくりそのまま言えば、よっぽど頻繁に自慢してこない限りは、相手だって本心から「いいな、羨ましい」と言えるのに、どうしてこうも回りくどい道を選んでしまうのだろう。

それはたぶん私に、自信がないからなのだろう。だから自虐風自慢という、汚い手を使ってしまうのかもしれない。

私は以前から「お前自分のことかわいいと思ってるでしょ?」となぜか得意げに言う男を結構見かけるが…というか実際に言われることもあるが、そのたびにいつもなんというかイヤ〜な気持ちになる。
なんでそんなに決めつけてるの? 心理学者か? と思うほど自信満々に私の心を見透かした気でいるようだが。
まあそう思わせるような行動をしている自分が悪いんだけども。
ぶっちゃけてしまうと、

本当に可愛いと思ってたらわざわざ自虐風自慢なんかしないわ!

ということなんである。

自虐風自慢をする女はだいたい自信満々に見えてしまいがちだ。でも本当は真逆のことを考えているケースの方が多いと思う。たぶん本当に自信がある女は自虐風自慢なんてしないか、あるいはもっとストレートに自慢する勇気があるのだ。自分がかわいいというのは当たり前のことであり、言われるまでもなくわかっていることだから。まぎれもない事実だから。「かわいいね」と子供の頃から言われ慣れている人は、「はい、かわいいですけど。だから何?」という程度で、当然の事実として扱っているんじゃないかと思う。本当に自信たっぷりの人になったことがないのでわからないけれど、モデルや女優をやっている友達を見ているとそう思う。

自信がなかったり、コンプレックスがあるからこそがんばって自分のチャームポイントを見つけようと思うし、そのチャームポイントを欠点が隠れるくらいにがんばって伸ばそうと思う。でももともとコンプレックスだらけだから、常に「本当にこれで大丈夫かな」と不安な気持ちはあって、だからこそ確認したいのだ。自分の目だけじゃなく、他人の目でも、自分は自信を持ってもいいんだということを、確認したい。だけどストレートに言う勇気はないから、さりげなくアピールする。まわりの人にも、自分ががんばっていることをわかってほしい。
自虐風自慢はたぶん、そんなコンプレックスの裏返しなんじゃないかと私は思う。少なくとも私は、そうだ。

だから「お前自分のこと可愛いと思ってるだろ?」と言われると無性にむなしくなる。「自分のこと可愛いと思ってる痛いやつ」と思われてるのか、と思うとまた承認欲求が刺激されて凹む。

自分のことを可愛いと思ってるんじゃない。自分は可愛い、と言い聞かせているのだ、正確に言うと。

私はもともと劣等感でいっぱいの人間だ。幼稚園児のときにクラスメイトの男の子から「お前はポケモンのユンゲラーにそっくり」と言われて以来、私は外見に対してコンプレックスを抱きはじめ、自分の三白眼の細いつり目をどうしたら大きくかわいく見せられるのかと気にするようになった。それにしても、クラスの女の子みんなにカビゴンと言っていたのに、たったひとり、私にだけユンゲラーと言ったのはひどいと思う。カビゴンの方が圧倒的にいいじゃん! と子供ながらにショックを受けた記憶が有る。ユンゲラーを知らない人は調べてみてください。結構カビゴンとは比べものにならないくらいインパクトある外見してるから。可愛げとかまったくないから。ポケモンていうよりおっさんですか? みたいな感じだから。
そういう子供の頃に受けたショックというのは案外尾を引くものなのだ。外見に限らず、頭脳だって、性格だって、なんでもそうだけれど。他人から見れば些細なことでも、私にとっては重大な問題なのだ。

自分の今の努力は合ってるのかな、このままがんばっても大丈夫なのかな。そんな不安があとからあとから溢れては、心の中を埋め尽くす。何度も鏡を見て笑顔を作って、うん、自分は大丈夫、と言い聞かせないと楽しくない。うん、かわいい。いいよいいよ〜紗生ちゃん今日もかわいいね〜と、カメラマンよろしく自分に言い聞かせなければ、劣等感でうめつくされそうになる。

まわりの人から「かわいいね」って言ってほしいけど、露骨に自慢して「なんだ、自慢するほどじゃないじゃん」と言われたくない。お前が自信持つほどのことじゃないよと言われたくない。でも自虐風に言っていれば、なんとか逃げ道ができる。「童顔って男にモテるよね!」と言ったときに「いや童顔ってガキっぽいし万人受しないよね」と言われたらたまったもんじゃないが、「童顔いやなんだよね〜、大人っぽい顔になりたい」と言っておけば、相手から悪い答えがきたとしても、なんとかそこまでの痛手を負わなくて済む。自分が間違っていた場合の保険になる。

私が今書いているこの記事も、自虐風自慢について分析していることを自虐風に自慢しているという壮大な自虐風自慢になるのかもしれない。すごいややこしいことになってるけど。ていうか全然自慢になってないけど。自虐「風」でもなく本当に自虐になってるけど。

まあでもこうして書いていると、他人の自慢なんぞに腹立てる必要まったくないんだな、と思えてきますね。そもそも腹を立てていたのも、たしかに相手が童顔とか巨乳とかモテるとか、私が気にしているコンプレックスのポイントをいい具合で刺激してきたからであって、もし身長高い子から「私背高いのいやなんだよね〜まわりはよくモデルみたいって言ってくれるけどさ、私は紗生みたいに背が低い方がいいな」と言われても、何にも腹立たないのである。背が低いことを私はそこまで気にしてなくて、背が低いことによる恩恵もそこそこ受けてきたから、素直に「背が高いのいいじゃん! かっこいいよ!」と褒められるのだ。「背が低いと得する!」ということに関しては自信を持っているから、別に気にならない。コンプレックスも刺激されない。それがまた「足が長いと大変だよ? 日焼け止めすぐなくなる〜」とかになると話は別だが。
いいな、羨ましいな、と思っているところに「ほれほれ、私のチャームポイントどや? ええやろ? 羨ましいやろ? ま、私は別になんとも思ってないけど〜」と言われるとなんだか「べ……別に羨ましくなんかないもんねー!」とムキになって腹が立って、素直に羨ましいとは思いたくない、ということなのかもしれない。だから自虐風自慢するやつうざいなあ、と思おうとしてしまうのかも。ここまで書いておいてなんだが、そもそも自慢してると思うのも私の穿った見方のせいというだけで、本当に童顔や巨乳や軽く見られることや足が長いことを気にしてるかもしれないし。

まあいろいろ考えることがあって、女って大変なのだ。あ、男も大変だろうけど。「3時間しか寝てねえわ〜つらいわ〜」と地獄のミサワよろしく「仕事頑張ってます自慢」をするやつもよくいると聞く。それもきっと「自分は人よりも仕事ができない」というコンプレックスがどこかにあって、だから自分は努力してるよ、とアピールしないことには不安で不安で仕方ないんでしょうね。

ずるいというか、苦しいというか、切ないというか。そういう劣等感の裏返しが、自虐風自慢なのだ、と思うと、どうです? 結構、かわいいやつだなと思えてきませんか?(結局それかい)

ほらほら、私のこと、かわいいって言ってもいいのよ。

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2015-06-04 | Posted in チーム天狼院, 川代ノート, 記事

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