こつこメモ

【大学生ブランド】大学生のうちにしたい、3つのこと《こつこメモ》


 

 

本当にわたしは残念な人間である。
自分がその立場にならなければ、その立場の気持ちをわかることができない。

プレイヤーからマネージャーになった時、寮生から寮の副寮長になった時が一番身に染みた。

けど、また最近。わたしの身には、本当に今さらだけど、じわじわと染みてくるものがあった。

 

例え話。あなたが仮に女子大生だったとして、想像してほしい。ディズニーランドに制服を着て「制服ディズニー」をしに行ったものの、本物の女子高生たちが「制服ディズニー」をしていた場面を。

その他の男子大学生のみなさんだったら、大学生になってから甲子園やその他のスポーツなどのインターハイを見た時の気持ちをもう一度呼び起こしてみてほしい。

それ以外のあなたは、制服で自転車に乗って通学する学生の姿でも、夢に向かって勉強する学生の姿でもなんでもいいから。眩しいなって思って、自分が影を落としたような、切ない錯覚を抱いた時のことを思い出してほしい。

 

この、ほしくても過ぎてしまったら永久に取り戻せないブランドが「学生ブランド」だ。

わたしが最近、剥奪されるのが怖くて嫌でしょうがないものだ。

学生ブランドといえば、中でも「JKブランド」の輝きったらない。あの時もブランド名だけで使いこなせず終わったのに、わたしはまた繰り返そうとしている、こりないやつ。

でもJKブランドって、別に本人だけでなくて、影響力がすごい。
「JKと付き合ってるんだー」って言われただけで、その人がなんだか未知なる恐ろしいパワーを秘めてるように見えたことがあるんだけど、同じような経験した人はいないだろうか?

それと一緒。

 

大学生にはまだ「大学生ブランド」が残されている。

これを自分で使い切ったり、なにかに使いたいって、やっとわたしは残り一年半の大学生活になって、わかった。

 

それに、高校生ブランドと違って、大学生ブランドのいいところもたくさんある。

大学生ブランドは、社会に出る直前の、得体の知れないきらきらみたいな、惹きつける力というか可能性のエネルギーというか。

大学生ブランドも学生ブランドも、社会に与える力は絶対、大きい。

それを今、学生ってだけで無条件に持ってるわけだから。毎日飲み会をしているあいつも、毎日家に引きこもってゲームをしているあいつだって。本当は大学生ってだけで、みんな持ってるわけで。

でも、果たしてそれってブランド持ってる意味あるのかって。使いきれるのかって。

持ってるものの大きさに気づかないまま終わるのかって。

少なくともわたしは、使い切らないと、卒業しても卒業しきれない。

 

だけど、このテーマ。

これが意外と難しくて。

 

わたしは大学生のうちしかできないの「うち」って、今までは「大学生は時間があるから」のうちだと思ってた。

人生の夏休みと揶揄されがちな大学生。

 

四月から社会人になった専門学校出の友達は「大学生見てると、なにも考えてなくて腹が立つ」って言ってた。

なにも考えてないというのは、遊んでる人たちのことらしい。

遊んだりってのは、飲んだり食べたり飲んだりカラオケでオールしたり飲んだりドライブしたり。

友達曰く、そんなイメージらしい。あながち間違ってないのが痛い。

 

でも、社会人との交流会に行ったら「今のうちに遊んどきな」って言われた。

よくみんなその台詞言うけど。

 

一年生か、いいね、今のうちに遊んでおきな。
二年生か、いいね、今はなにも気にしないで遊べるね。
三年生か、いいね、まだ遊べるじゃん。

 

なんだか毎年言われてるこの「遊ぶ」がなんなのかわからない。

 

友達の言ってた、飲んだりカラオケオールしたりドライブしたりってことだろうか。
時間を気にしないで、自由に思うままに使えってことだろうか。
楽しいことをしろってことだろうか。

確かに社会人の友達は、平日の夜にはやっぱり遊んでくれなくなった。
次の日のことをいつも気にしてる。
ああ、わたしもこんな風になるのかって。友達のことをかっこいい、すごい、と思いつつ、寂しくなる。

 

だとしたらわたしは、まだ一度も海外に行ったことがないからパスポートを取って海外に行きたいし、留学にだって行きたい。学生のうちに使える割引は堪能したいし、一日中映画館にいて、映画のはしごもしたい。ドラマを一日で全話見たい、漫画を全巻セットで買いたい。ドライブもいいなあ、日本を一周してみたい。浜辺でバーベキューをして、気まぐれに海に入りたい。飲み会だって、もっとしたい。夜通しゲームをしておしゃべりをして、朝日が出てきちゃう頃にぷつりとみんなで寝てしまうのも悪くない。

 

したいことはいっぱいある。
いっぱいあるけど、これは違うよね。

したいけどできることと、したいけどできないことは違うよね。

 

わたしが社会から学生として扱われる時間が残り一年半しかないのに、わたしがしたいことは本当にこれなのかって。

 

学生同士で学生を楽しむのが、一番楽しいのはわかってる。わかってるのだけれど。それじゃわたしは、大人になってもなりきれない。

 

学生ブランドは、学生のうちには気づかないけど、大人から見たら、なにをやっても美化される、人生のゴールデンタイムだと思う。

就活の勉強をしながら、多くの場所で、多くの大人、そして社会人になった友達と関わっていくうちに、少しずつそう思うようになった。

少なくとも、わたしが大人になったらそう思う。そのゴールデンタイムの中で輝けない選択をしたら、もったいないって思う。

 

人それぞれの生き方だから、強くは言えないけど。
学生には、なにをやってもきらきらしてて、奇跡を感じさせられるパワーがあるはず。

学生のうちだと奇跡になったことやそのパワーは、社会人になったら後ろの序列に置かれたり、無感動になってく。社会の海に飲み込まれて、当たり前に濡れていく。

きっと、学生から社会人になったら、年齢が一つしか変わらなくても、ヒヨコとニワトリぐらい違う。

社会人はできてやって当たり前、できなきゃ、やらなきゃむしろだめで……まあそうじゃなかったら、社会成り立たないだろうし……。

突拍子もない例をあげると、学生のうちに起業するのと、社会人になってから起業するのでは、全然箔が違うってこと。

でも社会人になって起業したって騒がれない。誰も気にしない。

学生の「うちに」は、学生だからできることじゃなくて……時間を気にせず遊んだり、髪を明るく染めたり、派手なネイルをしたり……そんなことではなくて。

かといって、部活やサークル活動でも、ボランティアでも、就活の準備でもなくて。

 

学生「なのに」できることなんだって。

長いのか短いのかは人それぞれだけど、間違いなく、ほとんどのみんなが長いと思ってる人生の後回しにしてきてることを、将来に望んでることを、学生のうちに達成する奇跡を、わたしは起こしたい。

不思議とね、こっちに基準を置いたら、すっごく大学生のうちにしたいことが削ぎ落とされた。

上に書いたことたちももちろん大事だけど「したいこと」ではないんだって。だって実際に今、できてるから。やろうと思えばできるから。

免許を取るのだって、国内や海外に旅行に行くのだって、もちろん大事なことだけど、やろうと思えばできること。

時間はなくなるかもしれないけど、内容としては「いつでも」できること(このまま健康に、稼いでいけたらね)

 

小さなことだけど一つは、学生のうちにお金をたくさん稼いで、家族に使いたいと思う。

バイトをたくさんする学生は批判されがちだけど、わたしは悪いとは思わない。

確かにそれに偏りすぎて、他のことがおざなりになってる人が多いから、そう言われてるんだろうけど。

きっとわたしたちは社会人になったら、お金を大切にできなくなってくる。自分のお金も、人のお金も。

そりゃ、社会人はお金を稼ぐ生き物だからしょうがないけど。

だから、大学生のうちに稼いだお金は、きっと自分にも人にもかわいがってもらえる。より尊いと思ってもらえる。

将来、嫌でも稼ぐことになるからとか、家族を養うことになるからとか、そんな考え方は捨てて、今与えられる小さなお金の小さな光を感じた方がいい。家族以外にも、友達の誕生日やなにかお祝い事をするときにでも使えたらいい。

 

それに、いつなにが起きるかわからかいから。社会人になったら稼げるって、思わない方がきっと良い。

わたしの友達は子供ができてしまって就職できなかったから、もっとアルバイトで稼いでいたお金で親に親孝行してくればよかったって後悔してた。

それからわたしは将来養うんだからいいだろって、気づいたら思わなくなっていた。まあ妊娠はないとしてもね、なにが起こるかわかんないから。

家族をバイトの給料日には必ずご飯に連れて行きたいし、旅行にだって連れて行きたい。

 

そして、昨日、一枚の紙を天狼院書店の店主の三浦さんからもらえた。

この一枚の紙、ただの裏紙に即席で書いてもらったものだけど、わたしが心からほしかったものだ。
誰になんと言われようと、わたしには契約書で、自分への誓約書だ。

大学生のうちに本を出すこと。これがわたしの二つ目のしたいことだった。

わたしにとっては大きな馬鹿な夢だ。
これを、達成したい。

人それぞれあると思う。

在学中に起業とか、在学中にどこかの武藤嘉紀のようにプロのチームで強化選手になるとか。一見、ハードルの高いことを考えてる人は、もしかしたらいっぱいいると思う。

わたしの夢も。本当は別にこんなところに書かなくてもよかったけど。馬鹿な夢って言われるのが嫌だし、恥ずかしいから本当は宣言したくない夢だったけど。

 

最近、わかった。大人になったら馬鹿な夢はどんどん限られてって、減っていく。馬鹿が削ぎ落とされて、ただの夢になる。いつか夢でもなくなって、普通や当たり前になる。

叶ったとしても、感動や影響力は薄らぐ。

 

なんでも叶えられるようになっていくのが、叶えられるのが当たり前だと思うようになっていくのが、与えることのできる感動と奇跡の力が消えていくのが、わたしは悲しい。

と同時に「馬鹿な夢って言われるのも今のうちの夢」を持てて、今わたしは幸せ者だとも思う。

そしてその夢も、人に言わなかったらたらだの「馬鹿な考え」にしか過ぎないかなって。馬鹿な考えを人に対して口に出して、初めて「馬鹿な夢」になる。
種をまくところまでは達成できる。
別に学生のうちに叶えられなくても、馬鹿な夢の種を学生のうちにまいとけば、叶った時の感動はきっと違うと思う。

大人になって、叶えられるようになってから言うよりも、頑丈な花が咲くかもしれない。

イチローとか本田圭佑の小学生の頃の作文がよく授業やセミナーで使われるけど、まさしくそうだと思う。

でもあの人たちの違うところは、子供の時にもう、将来はなんにでもなれないことを知ってたところな気がする。なんにでもなれると思ってたら、あんなにも頑張らないよね。大人だったんだ。
我慢しなきゃ達成できない夢があることを知ってた。
階段を何段も抜かしてってた。
(あ、今書きながら気づいたけど、逆に大人になったら、何段か降りたところに行ったら、天才なのかも。上手く時をかけているのかも。本屋にこたつを置いたりする店主とかね)

だから、馬鹿だって言われるうちにたくさんたくさん、高い段のところにまいておこう。

そっから芽が出て、天に届いたら、学生生活の天寿を全うしたって言えるかな。したいな。

いや、しよう。

する。

天寿とか言ってるけど、与えたのは家族や今までの友達、なにより自分だし。

わたしが大学生になった意味を、咲かせる花のブランド名もロゴも魅力も、決めるのも自分。

だからわたしは体育大生作家になりたい。

 

きれいに話がまとまりかけてるところで、わたしはタイトルをちらりと見る。「3つ」って間違いなく書いてある。時計を見ると、もう今日も残り一時間だ。

最後の三つ目。

まだ二つしか話してなかった、わたしのしたいこと。

今まで書いてたことを全部覆すような、でも一番、大事な三つ目のしたいことは。今もしたいこと。

学生「なのに」普通のキャンパスライフが送りたいってこと。

しょうもない話だけど。

むしろこれは、学生なのにできてないことなのかもしれない。

飲み会、カラオケ、ドライブ、バーベキュー、映画。ではこれまたないんだけど。

勉強が、したいです。

例えばこんな記事書いてて、単位落として、再履修したり、留年したり、卒業できなくなったりとかね。

大学生ブランド。
磨かなければ、使うに使えないよね。
馬鹿が削ぎ落とされるのは悲しいけど、馬鹿まみれじゃどうしょもないよね。

 

明日、テストです。これから徹夜して磨いたら、晴れた気持ちで使いまくろう夏休み。

 

おわり

 

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