チーム天狼院

『秋の牢獄』を読んだはずが、牢獄の中にいたのは自分だった。


記事:永井聖司(チーム天狼院)
 
「ぁあ……、好きだ……!!」
最終ページを読み終え、本を閉じた僕は、漏れる声を止められなかった。
一人暮らしの部屋の中に、その声が響く。
朝型、布団に横になった状態のまま、僕はその余韻に浸った。

本を読み終えた後どうなるか、というのは人にもよれば作品にもよるし、それぞれだろう。涙を流して本を閉じることもあれば、満足感に包まれて終わることもある。
でも、この本については違った。

好きだ。

これ以外の言葉が、見つけられない。

なぜなら、この作品のテイストや結末を、好きではない人が、少なくない数で存在するだろうことが簡単に想像できるからだ。だから、他人に感想を求めようとも思わない。この気持ちに共感してもらいたいとも思わない。ただただ僕が『好きだ』という気持ちを大切に持っていれば良い。そんな気がした。
アイドルにハマったりしたことはないけれど、ジャニーズやAKBなどのライブに行き、いわゆる『推し』を愛する人々の気持ちはきっとこんなものなのだろうな、と思う。他の人が好きとか嫌いとかはどうでも良い。ただただ、僕自身が『好き』であれば良いのだ。

 
その作者の名前を知ったのは、もう10年近く前だと思う。
日本ホラー小説大賞、という賞を受賞した作品で話題となり、作品が本屋に並んでいるのをよく見ていた。
でも、実際に、受賞作である本を手に取ったのは、かなり時間が経ってからだったと思う。
なぜならそれまで、『ホラー』と呼ばれる小説ジャンルを読んだことがなかったからだ。テレビで怪奇現象番組やホラー番組がやっていれば見ることはあっても、自ら進んで見ようとはしなかった。あくまで惰性で、仕方なく見るもの。それが、僕にとっての『ホラー』との向き合い方だった。

しかし、その表紙は、よく目についた。何十回何百回と、様々な書店で見かけては、買わない。そんなことを繰り返していたように思う。どんなキッカケでどうして買おうと思ったのか。それはもう覚えていない。

とうとう買って、読んでみた。

そして、読んでいる途中、読み終えた後、大きな疑問が生まれた。

これは、『ホラー』なんだろうか。

『リング』であったり『呪怨』であったり、それが、『ホラー』というジャンルではないのだろうか。そんな固定概念に縛られていた僕は、とても困惑した。でも、そんなことは超越して、思った。

好きだ。

現実とファンタジーが混じり合った、不思議な世界観。決してハッピーエンドではない、寂しさの残るような結末。読み終えた後、別の世界から舞い戻ってきたかのような錯覚を覚えるほどの没入感、独特の、世界。
現実世界に戻ってきてしまったことを少し残念に思うぐらい、その人が作り上げる世界は美しく、キレイで、そしてやっぱり寂しい。
きらびやかさと賑やかさ、夢や希望に溢れるディズニーリゾートやUSJとは真逆の、だけど同じぐらいに強烈な魅力を持つ世界が、その人の本にはある。

 
その人が作り上げた別の作品を読んだのは、多分また少し時間が経ってからだ。

好きだ。

やっぱり、同じ感想を僕は持った。
設定も内容も、全く違う作品を読んだはずだけれど、広がる世界は同じ空気や温度を持っていて、僕を迎え入れ、独特の世界の中に引き込み、突き落とし、恒川ワールドの虜に僕を落とした。

でも不思議なのは、好きになったからと言って、続けてその人の作品を読もうとはならない所だ。
それって結局、『好きじゃないのでは』と疑問に思ってしまうけれど、『好き』であることは間違いないのだ。でも、僕の体が、服用注意、連続で摂取をすると現実世界に戻ってこれなくなります、とでもいいたげに、数年おきに、その人の作品は僕の前に現れるのだ。

 
『秋の牢獄』との出会いもそうだった。ある日、リニューアルに伴って本を入れ替えた東京天狼院に行った所で、その本を見かけたのだ。

ただしその日は、すぐに移動か何かがあったかで、買わなかった。恒川光太郎さんのデビュー作、『夜市』の時がそうだったように、そんなことを何度か繰り返した。店内には1冊しかないし、自分が読むよりもお客さんに……。そんなことも考えていたと思う。僕自身、恒川さんの世界に落ちてしまうことをためらっていたように、今なら思う。

でも、そうそう我慢は続かない。『秋の牢獄』を買い、ページを開いた。

様々な場所や時間、境遇に閉じ込められた3人の人物を描く短編集。
現実とファンタジーが入り混じったような世界であること。ハッピーエンドとは言えない、虚しやさ切なさ、寂しさが残るラストであること。この世界観にずっと浸っていたいような気持ちにさせること……。

久々にその世界観に浸って、懐かしいような、戻ってきたような、不思議な気持ちに僕はなった。

 
この世界観を描けるのはきっと、恒川光太郎さんだけなんだろうと、作品を読む度に僕は思う。だから、多くの人に積極的に進めたいとは思わない。唯一無二の世界観だからこそ、とても単純な、『好き』か『嫌い』
かの問題に、なってしまうように思うからだ。
この世界に合わなかった人がいたとしても、僕は責任を取ることが出来ないから、声を大にして、オススメしたいとは思わない。逆に、ドハマリしてしまった人がいた場合も、責任は取れない。

恒川光太郎さんの作品世界に囚われてしまった男が、牢獄の中から叫んでいるとでも思って、聞いてもらえればそれで良い。
あなたが書店で見かけた時に、少しでも気にかけてもらえるようになれば、それだけで十分だ。

この牢獄の中に、あなたが進んで入ってくれるようにもしもなったのなら、これ以上嬉しいことはない。


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