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チーム天狼院

川代って名字が好きじゃない。城ヶ崎とか西園寺とか月島がよかった《川代ノート》


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©Janitors 2015

わたしは結婚願望が強い。
イマドキの二十代前半の女にしてはなかなか珍しいのかもしれない。わたしの周りの友人はみんな示し合わせたように、バリバリ仕事したい、遊びたい、自由な時間がほしい、だから結婚は30くらいでいいやと言っているけれど、わたしはなるべくちゃっちゃと結婚して身を固めたいと思っている。
理由をあげるとすれば、えーと、女としてのステータスがほしいでしょ、みんなに羨ましがられたいでしょ、いちぬけぴーして安心したいでしょ。……というゲスい下心ぬきに考えると、単純に、いざというときに大切な人のすぐそばにいられる環境がほしいというのと、あと親を安心させてあげたいという微小な親孝行願望もあるかなあ。
あとは、これはあまり人に言ったことがないのだけれど、川代という名字をさっさと捨てたいというのもある。じつはわたしは川代という名字があんまり好きじゃないのだ。あ、こういうことを言っている時点で親孝行じゃない? まあきいてくださいよ、いろいろ思うところがあるんですよ。

川代さんというのはなかなか珍しくて、田代さんや山代さんは結構よく見かけるのに川代さんはあんまりいない。親戚以外に今まで会ったこともない。
珍しい名字のためかはわからないけれど、小さい頃から「さきちゃん」と名前で呼ばれるよりも「川代さん」と呼ばれることの方が多かった。口に出しやすいのだろうか。ぱっと出やすいというか。わかんないけど、まあそういうこともあって川代さんとか川代と呼ぶ人が多いのだと思う。
周りの人からは結構「川代って名字かっこいいよねー」と言われるんだけど、川代である当のわたし自身は全然そう感じない。かっこいい名字で言うなら城ヶ崎とか西園寺とか陣之内とかがよかった。川代、ってなんかシンプルすぎというか、ゴージャス感に欠けてますよね? 「川」も「代」も名字にはよくある漢字なのにどうしてかその二文字がくっついて「川代」になると格段に数が減るのだから、なんか損している感じだ。伊東屋でも川代のシャチハタは売ってないしねー。お互いソロで活躍させておけばよかったものを、下手にユニットを組ませてしまったがゆえに個性がぶつかり合って魅力が半減しちゃってるのよねー。まー画数が少ないのはテストや履歴書を書くときに楽だったからいいけどさー。

そういうフィーリング的に「なんとなく嫌」という理由のほかにも、川代が嫌であるちゃんとした根拠はあって、それはかなりの高確率で川島さんと勘違いされることである。仕事の電話で「お名前よろしいですか」「あ、はい、川代ともうします」と自分にできうる最大限に滑舌良く発音しても、七割くらいの確率で「川島さんですね、かしこまりました」と言われてしまう。昔はいちいち訂正していたが最近はほとんどそのままスルーする。別に川代も川島もたいして変わらないのだ。職場に川島さんがいなければ誰が見てもあー川代のことだなとわかってくれるしさして問題はない。
ただーし。めんどくさいのは電話越しの相手が変に几帳面だった場合である。「え? すいません川塩さんですか?」などときかれたらちゃんと答えるしかないですよね。
「いや違います川代です」
「ん? カワシモさんですか?」
「違います川代です」
「カワシヨさん?」
「カワシロ(強調)です。ラリルレロのロです」
「あーカワシロさんですね」
などと言ってようやく通じたと思ったら今度は「すいませんカワシロさんってどう書くんですか」と言われ、「えーと三本川に代表の代で川代と書きます」と答えても運が悪いと「え? ダイヒョウのダイ……?」と相手を困惑させてしまい、すると臨機応変に動くのが苦手なわたしは、てんぱってでかい声で「あ、すいません! わかりにくくてすいません! 田代まさしの代です! 八代亜紀の代です!」と必死で説明する羽目になり電話越しの相手に笑われつつもようやく通じるというありさまである。そういう面倒なやりとりをするたびにわたしは「あー佐藤とか田中に生まれたかった」と川代という名字をますます憎むことになるのだが、まあよくいる名字の人はまた別の悩みがあるんでしょうね。心中お察しします。

ところで名は体を表すと言うように、名前というのは人生や人格にかなり大きな影響を与えるように思う。わたしももし川代でなく中村や鈴木や高橋だったらもっと社交性のある性格になっていたのではないか。
たとえば鈴木だったら同じクラスに別の鈴木くんがもうひとりいたりして、クラス替えで前後の席になって
「あ、よろしく……鈴木さん、あっ、俺も鈴木だった」
「そうだね、ややこしいね、ウフフ。じゃあ名前で呼んでもいい?」
「うん、いいよ。俺もさきちゃんって呼んでもいい?」
「さきでいいよ、呼び捨てで」
「……よ、よろしく、さき」
などといった甘い学園生活が待っていたのではないか。綾波や涼宮や月島といったきらびやかでかつ珍しい名字ならまだしも、やはり川代というありそうで意外とない名字だと少女漫画的胸キュンシチュエーションの煥発材としてはいまいちなような気がする。だって漫画とかアニメに出てくる女の子って絶対すごい綺麗な名字してるもん! たまに絶対ありえなさそうな、薔薇園杏里みたいな、テストとかで間違いなく一問ぶんくらいの時間取られそうな、蔦が生えた洋館に住んで天蓋ベッドで寝てそうなキラキラファミリーネームの人もいるけどね(薔薇園さんもし本当にいらっしゃいましたらすみません)。まーヒロインが川代はね、まずないですよね。百歩譲ってもたまに出てきて主人公に「天沢くんってちょっととっつきにくいけど、ハンサムで勉強もできるっていってたわ」とかアドバイスしていく夕子ポジションの脇キャラですよ。トホホ。川代じゃあとても夜中に自分ちの前でバイオリン職人志望のイケメンが待ってて自転車でニケツして朝日を見に行くといったイベントはおきませんな。放課後に神社で「そ、そんな、困るよ! だって俺、川代が好きなんだ!」だとちょっと間抜けな感じがしますわな。あれはねー、月島という美しい名字だからこそおこりうるストーリーなんだと思うんですよ。だって聖司くんだって月島雫という綺麗な名前が図書カードにあったからこそ追いかけたくなったんでしょうが(ナンノコッチャと思う人は耳をすませばを見てください)。物語のアウトライン上では名前っつーのは本当に重要なんですよ。そう考えるとやっぱり川代という名字は圧倒的にディスアドバンテージを抱えているような気がする。もしかするとわたしは川代であるという理由でかなりのチャンスを逃してきたのではないか!? 川代であるがゆえに今までいくつの壁ドンやあごクイや体育館裏の呼び出しを逃してきたのだろうか。くう、もったいない。(注:川代は女子校出身です)

という冗談はさておき、わたしはこの前のお盆に田舎に墓参りに行った。父方の田舎の川代家に里帰りしたわけである。祖父や親戚やご先祖さまのお墓参りを祖母と叔母と父と母とみんなでして親戚に挨拶に行った。当たり前のことだが父の親戚はみんな川代だった。あちらこちらに川代さんがおり、何人もの川代さんが入ったお墓が連なっていた。わたしは一日に十人から二十人くらいの川代さんに挨拶をした。どこかの川代さんが経営しているお店があり、どこかの川代さんが作った作品が飾られていて、わたしが生まれる何十年も前に亡くなった川代さんのために多くの人がお線香をあげていた。
東京では川代さんはわたしたち家族しかいないのに、この町にはどこに行っても川代さんがいる。自分のルーツとつながっている人がいつでも近くにいる。それがなんだか不思議だった。

お墓まいりもひと段落して父がお寺に挨拶をしにいっている間に、母がふいに「わたしもこの川代のお墓に入るんだよねー」と言った。「そっか、そうだねえ。どんな気分?」とわたしはきいてみた。母は「別に、なんとも。入るんだろうなあって感じ。若い頃は絶対に入りたくないなーって思ってたときもあったけどね」と笑いながら言った。
あまり詳しくは言えないのだけれど、じつはそのむかし、我が家は両親の仲があまりよろしくない時期がありまして。どうなることやらと思春期のわたしは心配していたのだけれど、案外今ではそれなりに仲良くやっている。全然ラブラブ夫婦という感じではないけれど笑う回数は増えたかなーという感じ。お互い譲歩できるようになったのかしらね(他人事)。
だからわたしは母が穏やかな目で「川代家之墓」と書かれた墓石を見ているのを見てほっとしたが、「ただ、ひとつ懸念点があるとすれば」と帰り支度をしながら母は言った。

「わたしが死んだあと、さきが会いに来にくくなっちゃうことかなあ」

わたしはハッとした。

「そっか、東京からは遠いもんね」
「そうだよ、だってさきは結婚したら川代のお墓には入らないでしょ。あんまり会いにくくなっちゃうなーって」と母はなんでもなさそうに言ったが、わたしはようやくそこで「川代じゃなくなる」ことの意味を理解した。

「結婚したいんでしょ」と母はきいた。
「うん、結婚したい」
「そしたら、川代じゃなくなるもんねえ。別のどっかのお墓に入るんだよね。普通に嫁いだらさ。どこの誰とも血が繋がってない家に仲間に入れてもらって、お墓に入るんだよ」
「えー、そっかあ。なんか実感わかないや。個人的には宇宙とかに灰をまいてほしいけど」などと冗談を言いながらわたしたちは帰路についた。が、わたしは新幹線にゆられ、母ともぐもぐと駅弁を食べながら妙に感傷にひたってしまったのである。

川代じゃなくなる。
紗生という名前の上につくのが、川代じゃなく、何か別の名字になる。

もしかしたらわたしが昔から憧れていた城ヶ崎かも。西園寺かも。陣之内かも。
かなり数が多い鈴木かも。田中かも。佐藤かも。高橋かも。中村かも。
漫画に出てきそうな、綾波かも。涼宮かも。月島かも。
もしかしたら、川代以上に珍しい、薔薇園かもしれない。

どの名字が紗生の上にくっつくかはわからない。でも、おそらく結婚したら、ほぼ百パーセントの確率でわたしは、川代ではなくなる。かなり希少な川代さんに、これからの人生で、しかも自分の家系じゃない別の川代さんと出会って、恋に落ちてゴールインする確率なんて、ほとんどないと言っていいだろう。
そしてもしわたしが平凡で幸せな人生を望むのであれば、わたしは一度川代を捨てたら、もう川代には戻らないほうがいいのだろう。

つまり、一度、結婚するその相手の、城ヶ崎さんか、田中さんか、月島さんか、薔薇園さんかはわかんないけど、その人たちのお墓に入るという決断をするならば、もう二度と「川代家之墓」に入るチャンスはなくなると思っておいたほうがいいのだ。今は結婚の形もいろいろ広がってきているけれど、一般的な日本的な結婚のかたちを望むわたしは、そういう覚悟をしておいたほうがいいのだと思う。

母の言うように、わたしは父と、母と、そしてこれまでのわたしを作ってきた、わたしに流れる血を作ってきたたくさんの川代さんたちのいる居心地のいいお墓には一緒には入れない。もし入りたいならわたしは生涯独身でいるしかない。でもわたしはやっぱり結婚したいし、子供を産んで自分の家族を作りたい。ということは、ずっと親と、家族と一緒にいるわけにはいかない。
女性として生まれ、男性の家に嫁ぐということは、そういうことなのだ。

まー、だから何なんだって話なんですけどね。
別にだからといって川代という名字がかっこいいとはやっぱり思えないし、城ヶ崎や月島への憧れはあるし、それかもっとありきたりな名字がよかったとも思う。
相変わらず、やっぱり川代さんよりもさきちゃんと呼ばれた方が、その人との仲がよくなった気がして嬉しい。

ただ、なんというか、ありきたりだけれど、わたしが「川代さん」でいられるのは、もしかしたらあと数年のことかもしれないのだ。イヤ、運が良ければの話だけど。うまくいかなかったら一生川代さんかもしれないけどさ。

小学校の同級生も結婚して、フェイスブックが違う名前になっていた。いとこのお姉ちゃんも結婚して違う名字になった。
わたしは彼女たちを、なんだかやっぱり、その新しい名字では、ぎこちなくて呼ぶことができない。今の友人の彼氏の名字を、友人にあてはめたりしたりもするけれど、やっぱりしっくりこない。「っぽさ」というのはやっぱりあるのだと思う。

これはわたしの個人的な価値観にすぎないけれど、名前っていうのはその人の歩んできた人生全部を証明するモノに見える。
長い長い時間をかけて、田中さんとか月島さんとか西園寺さんらしさを身につけていくのだ、きっと。赤ちゃんのうちから「田中さん」っぽい人はおそらく、あんまり存在しない。いや、たまにいるけどね。「この麗しい顔……まさしく西園寺家にふさわしい赤子が生まれなさったぞ!!」みたいなこと、どっかの世界で起こってるかもしれないし。でもまーフツーの家庭にフツーに生まれてくる赤ちゃんのほとんどは「赤ちゃん」っぽい顔であって、「田中さん」っぽいという人はあんまりいないんじゃないかと思う。

年月を重ねるうちに、ちょっとずつ自分と他人の違いを発見したり、なりたい自分になるために髪型を変えたり服装を変えたり口癖を変えたりして、ちょっとずつ「◯◯さんっぽさ」を身につけていく。

そうしてようやく「らしさ」を身につけた頃に、名字が変わることも、ある。
いろんな思いをしてやっとその人「っぽく」なったのに、突然違う名字で呼ばれるようになって。また別の誰かになったような違和感。
そこからまた新しい家族を自分で作って行って。今までとは違う自分に、気づいたらなっていたのか、それとも、忙しい毎日をすごすうちになっていたのか。わからないけど、そうしているうちにいつしかまた、結婚した誰かの持つ名字に馴染んでいくのだろうか。

「ねー、前の名字がなくなって川代になったときどう思った?」

ちょっと気になったので、母にきいてみた。

「えー、やだったよ。川代ってなんか、なんていうか、微妙じゃん。うわー、川代になっちゃったかぁ、うーん。川代かぁ…って感じ。木村がよかった(母はキムタクの大ファン)」
そっかー、やっぱり母も川代がイヤだったんだー、となんか安心するわたし。
「でもさー、結婚するとき、姉さんに川代になるって言ったら『うわぁー! 川代って感じ!!』って超言われたんだよね。姉さんに言われると、なんかそうかな? って思えてくるじゃん」
たしかに。他の人に言われるとそんな気がしてくる。
「じゃーわたしは? 川代って感じする?」
わたしは前からずっと気になっていたことをきいた。
すると、母は間髪入れず
「川代だよ!!! めっちゃ川代だよ!! さきはどう見ても川代。うん、川代だなぁ〜。超川代って感じ!! どう考えても川代!!! めっちゃ川代!!!」
そんなに川代連呼しなくてもええがな。何? わたしってそんなに川代顔なの? ちょっとやなんだけど。城ヶ崎顔とか伊集院顔がよかったんだけど。

「うん、さきはやっぱり川代だ。川代紗生だよ

けれどそう言われて、「川代紗生っぽい」と言われて、内心とても嬉しくなっているのも。
そして、そう力説している母の方こそ十分、思いっきり、川代っぽいというのも、事実だった。

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2015-09-17 | Posted in チーム天狼院, 川代ノート, 記事

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