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チーム天狼院

彼女たちの駆け引き《草のつれづれ》


20151124SOU

ああ、やっぱり彼は彼女を選んだか。
その瞬間、私はよろこびとさびしさ半分半分、複雑な気持ちだ。

ここは戦いと駆け引きのまち。
3年前、福岡から出て来た私はすぐにそれを実感した。

年明け早々に初出社をしたオフィスは
外の寒さを忘れるような軽やかなブラウスに身を包んだ女性たちでまぶしかった。

「しまった」とはじめに思ったのは、初出社から一週間ほど経った頃だったと思う。
もともと人見知りもしない性格だから、緊張感がほどけるのも早かった。それがいけなかった。
「あれ?それ、ねぐせ?」そう聞かれてハッとした。
そうかここは東京。
「くせ毛で、今日は湿気が多くて。」なんて言い訳してる場合じゃないんだ。
その必要性に長年疑問を感じてきた洗面台の伸びるシャワーを何に活用すべきなのか
やっと実感が湧いた。

そして今度は冬が終わる前に現実に直面した。
洋服が足りない。
スーツもインナーも、「あれ?それ結構着てるよね。」なんて誰も口に出さないけど
きっと思われているんだろう。そう思って焦った。
それでもなんとなく人が着ていそうなものは嫌で、裏地やポケットにこだわったスーツを買った。
懐が痛かった。

たいした蓄えもなかったけれど、私には毎日着ていく服があるかは死活問題だった。
あっという間に「この服最近も着たかな」と迷わずに済むくらいのワードローブを買いそろえた。
もちろんねぐせがついたままオフィスに行くこともなくなった。
前の晩どんなに飲んで出かけるギリギリまで寝ていたい朝も、
シャワーを浴びて自分を起こして戦闘服に袖を通す。
まぶしい女性たちの中でも気兼ねしないでいられるようになった。

しかし新しい季節は容赦なく訪れてくる。
ファッションは楽しみというより戦いだった。
いつも、戦う自分を保つために働いていた。働くためには戦うことが必要だった。

今も日々、戦いを目の当たりにしている。
彼女たちは360度スキがない。
毎日ピシっとシワ一つないシャツを着こなし、色合わせも絶妙だ。
ベージュに赤の差し色、オレンジ×銀×黒、パープルからピンク、ホワイトへのグラデーション。
思わず目を見張る組み合わせばかり。
そして、どんなときもスッと背筋を伸ばし、ツンと上を向いてそれぞれの世界を持っている。
彼女たちはどんなに近くにいてもお互いに言葉を交わすことはない。

「私といるとあなたの未来が楽しくなるわよ。」
「私、あなたの心の癒しになると思う。」
「まだ知らない自分に会ってみたいでしょう?」
「私ならすぐにあなたの欲求を叶えられる。」
最近は誘い方もかなりストレートだ。甘い言葉を耳元でささやいてくる。
このまちで生き抜いていくには、営業も色恋と紙一重。

私もそうだった。あの頃は本当に毎日が必死だった。
同窓会という名のビジネスの種を見つけたい人たちの集まりにご多分にもれずに参加した。
1万円近い参加費も営業先の開拓だと思えば高くはない。
そんなときに一人の男性が声をかけてきた。

映像をつくっている会社を経営している。この間、撮影で海外に行ってね。
女性の心をくすぐる言葉は、もはや意識せずとも出てくるのだろう。
口角を上げて相手の目を見てうなづきながら、私は営業の糸口を探っていた。
お礼のメールとともに来たランチのお誘いはさすがになんともスマートで、
私はその流れにのることにした。

そして、次に約束をした夜の食事は、行ってみるといかにも高級そうなフレンチだった。
もちろんメニューに値段など載っていなかったけど、
おそらく私の食事だけで私の一ヶ月分のランチ代くらいはしたのだろう。
ワインの味は分からないけど気分は良かった。

お店を出てタクシーに乗って、ほどなくして着いた大きな建物の車寄せでドアマンが扉を開ける。
乗り込んだエレベーターから45階のバーにおりたったとき、
高い天井と窓から見える東京の夜景に思わず息をのんだ。心が躍った。

でも分かっている。これは駆け引き。
彼は男としての、私は営業マンとしての下心がある。

ほどよい固さのソファーに身を沈め、ライトアップされたタワーを眺めながら飲むお酒は
美味しくないわけがない。
一杯目が終わるのを待つことなく、
私の戦いの相手は、彼ではなく美味しい思いをしたいという自分の欲と眠気に変わっていた。

お会計を済ませた彼がエレベーターの上向きのボタンを押したことには気づいていた。
もう後戻りはできない。

彼の肩に身をあずけて閉まる扉を横目に見ながらも、
ぼんやりとする頭の中で打算という計算がぐるぐるとうずまいていた。

扉が開き、歩き出した彼のほうに、体は動かなかった。
握られた左手を、彼の右手の中からすっと引き抜いた。

今日も私の前にはいろんなひとたちが訪れる。
「手っ取り早く手に入れたい。」
「もっと深い世界が知りたい。」
「とにかく新しい出会いがしたい。」
それをひとは下心と言うけれど、人間として当然の欲求だ。

そして、彼女たちも次々と訪れる。
それぞれに美しさがあり、それぞれに個性的。

だけどこのまちの戦いは厳しい。
私の目を通り抜けたとしてもそれぞれの下心を持ったひとたちの目はもっと厳しい。
それが分かっているから私は彼女たちの多くをもと来たところへ送り返す。
ここではない場所に彼女たちの幸せがあるかもしれないと思いながら。
そして僅かに残った精鋭たちを「ここで輝いて」と願いを込めて送り出す。

だから彼女たちが選ばれたとき、私はよろこびとさびしさ、半分半分。複雑な気持ちだ。
よかった、素敵な人に出会えた、というよろこび。
そうか、いなくなっちゃうのか、というさびしさ。

今日も彼女たちは、大きな空の見える窓の下、四角く区切られた棚の中に凛と並んでいる。
それぞれにデザインされたカバーをに身を包んで、
少しでも人目に留まるよう心をくすぐる言葉を書かれた帯を巻いて。
ここには毎日のように数えきれない新しい本たちが運ばれてくる。

運良く優しく手を引かれてこの場所を出たとしても、
その先にはさらに厳しい戦いが待っていることだろう。
同じように選ばれて来た本たちの中でのポジション争いは熾烈だ。
ひとたび持ち主が断捨離や引越をするとなると、洋服や靴、雑貨、
同じ家の中にあるあらゆるものが、生き残りをかけたライバルになる。

ここは、戦いと駆け引きのまち。

下心を揺さぶる、甘い言葉で彼女たちがささやいてくる。
手に入ると思ったその瞬間に、手からすっと抜け出ることもあるかもしれない。
あの日の私がそうしたように。

でももしかしたらそれさえも、彼女たちの駆け引き。

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【天狼院ファッション部始動!】
天狼院STYLE表参道でいよいよファッション部が始まります。

なんだかファッションが苦しくなってしまった私も、表参道で働くようになって
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あたたかくなる頃には、オシャレがもっともっともーっと楽しくなって
そして何より今よりさらに自分らしく輝いているはず!

天狼院ファッション部、まずはキックオフにぜひいらしてください。

【天狼院ファッション部キックオフ】
イベント紹介:http://tenro-in.com/event/15466
お申し込み受付:http://peatix.com/event/131611

【概要】
日時:12月12日(土)14:00〜15:30 
13:40 受付開始
14:00 開始
15:30 終了
定員:20名様
場所:天狼院STYLE表参道(渋谷区神宮前4-9-8 STYLE TOKYO friend’s home内)
参加費:3,000円/天狼院年間パスポートをお持ちの方2,000円
その後、2016年1月以降、隔週にて開催予定。日程および各回で扱う内容についてはキックオフにて発表いたします。

【お申し込み方法】
「Peatix」による事前決済制
http://peatix.com/event/131611

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2015年9月12日 天狼院「天狼院STYLE表参道」がオープン致しました。
ファションブランド STYLE TOKYO friends’ home とのコラボ店。
皆様のお越しをお待ちしております。

ー「天狼院STYLE」とはー
天狼院の新しいブランド「天狼院STYLE」
このブランドは「自分のSTYLEを見つけることができる書店」というコンセプトで、様々な業態や他書店さんとコラボして新たな店舗を出していくブランドです。天狼院とコラボしたいというお店さんお待ちしております。

天狼院STYLE表参道 (STYLE TOKYO friends’ home内)
住所:東京都渋谷区神宮前4-9-8
時間:12:00〜20:00

 
【天狼院STYLE表参道へのお問い合わせ】

TEL:03-6914-3618

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