チーム天狼院

【振ったあいてに会って泣くような女々しい自分は知りたくなかった】みはるの古筆部屋


星

 

もう会えないだろうと思っていた。
東京では会うことはないだろうと。
生まれてからずっと一緒だったけれど、2年前の上京を機に私はあなたと「さよなら」をした。

東京での忙しい生活に追われる2年という時間は、あなたを忘れるには十分だった。あなたを想わないことが普通になって、その変化にすら気づかないくらいに。

私はあなたに出会ってからずっと恋をしていたんだと思う。ふとした瞬間に会いたくなったり、あなたを思い浮かべると理由もなく泣きそうになったり、この気持ちが恋だったのだと気づいたのは、今思えばずいぶん後のことだった。

 

山や川、田んぼに囲まれて育ってきた私にとって大都会東京での暮らしは想像以上に窮屈なものだった。一度、外に出ると大勢のひとに流されてしっかり歩くことすらままならない日々、3分待てばまた来る電車にわざわざ駆け込み乗車をするひとたち、何の抑揚もない無機質な標準語…… 東京で暮らしている彼らの何でもない日常は、ついこの間まで私の日常ではなかったものばかりだった。

それは、まるでお祭りでよく見る金魚すくいの金魚が広いところから急に狭い水槽にいれられて、息苦しそうにしている感覚のようだった。そんな金魚は環境の変化に耐えられず、すぐに死んでしまうのだ。

しかし、わたしは金魚みたいに死にはしなかった。東京に必死で慣れたのだ。

1ヶ月、2ヶ月という日々を東京で過ごす中で、彼らの日常だったものがわたしの日常になりつつあった。そんな頃だった、わたしがもう一度あなたに会うことができたのは。

大学1年の夏。地元での日常がもうわたしの日常ではなくなった頃、そのことにすら気づいていなかったわたしは久しぶりの帰省をしていた。

帰省中はひたすら高校時代の友達と遊ぶ毎日。家に帰るのはいつも遅かった。その日も夜遅くに外出先から帰宅する途中で、何気なく本当に何気なく視線を向けた先にあなたがいた。

本当に驚いた。

地元に住んでいたときでさえ近所で会うことなんてなかったし、ましてや帰省中に会うことなんて想像もしていなかった。今さらどんな顔をしたらいいのだろうとか、何を話したらいいのだろうとか必死に考えてやっと口から出た言葉は

「久しぶりだね」

だけだった。それを聞いたあなたは少し怪訝そうな顔をした気がした。

元気にしてる? とか
また会えて嬉しいとか
言いたいことはたくさんあったけれど、言えなかった。あの日、一方的に別れを告げたのはわたしの方だったから。

 

東京の大学に進学することが決まっても、わたしはそのことをあなたには言わなかった。

小学生のとき、クラスの男の子にからかわれて辛かった日も
部活の人間関係がうまくいかなくて毎日泣いていた時期も
高校受験のための大事なテストの点数がなかなか上がらなくて自暴自棄になっていたときも
新しい友達ができて嬉しかったときも
英語のスピーチコンテストで入賞したときも
いつも話を聞いてくれて、
慰めたり、一緒に喜んだりしてくれて…… それがわたしたちの当たり前だった。

それなのに、本当にひどいことをしたと思う。

「久しぶりだね」そう言ったわたしを見て怪訝そうな顔をしたのは、わたしの言葉が標準語になってしまっていたからだと、「ほやね(そうだね)」とあえて強調された方言で返されたときに気がついた。

しばらくの沈黙のあと、わたしは「じゃあね」と言ってまた一方的に家の中にはいってしまった。あなたがどんな顔をしていたとか、何かを言おうとしていたんじゃないかとか、全部無視して。

 

それからは
もう会えないだろうと思っていた。
東京では会うことはないだろうと。
言葉を一言だけかわして、またわたしから「さよなら」をしたあの夏の日から1年半以上経った東京で、

あなたを見た。

その一瞬で、ふとあなたに会いたくなっていたあの気持ちは、あなたを思い出すと泣きそうになっていたあの気持ちは、恋だったのだと気づいた。そう思ったときにわたしの目から水が落ちた。初めはそれが何かわからなかった。というよりは認めたくなかった。

2年前も、偶然再会したあの日も、自分から振ったくせに。何を今さら……

 

「これで上映は終了いたします。足下にお気をつけてお帰りください」という係員の声で我に返って決して肯定したくはない涙をぬぐった。

となりに座っていた友人は「寝そうだったけど、よかったね! プラネタリウム」と笑っている。

 

東京に来てからこの2年、わたしは星なんて見ていなかった。地元では夜空を見上げて星に話しかける。それはわたしにとっての日常だった。いじめられたり、友達とけんかをしたり、部活や勉強がうまくいかなくなったりしたときは泣きながら星を見ていた。高校に入学して不安だった新しい友達づくりがうまくいったときや賞をもらった日は全力で笑って星を見た。

 

でも、星が見えないと言われる東京に行くと決まった日から引っ越しの日までわたしは星を見ないようにした。見れるはずもなかった。生まれてからずっと一緒だった星に、何度も助けてくれた星に会えない東京に行くなんて。言えなかった。わたしは星を振ったのだ。

あの夏の日は、綺麗なんて言葉が空に失礼なほど星が出ている日だった。18年間一度も見たことがなかった星空だった。いや、本当は毎日わたしが見ていた星のままだったのかもしれない。けれど、東京で星を見ないことに慣れていたわたしにはそうは見えなかった。

星が見えない東京になんていたくない。

会いたかった。

ずっと好きだったよ。

50分のプラネタリウムの間、わたしがずっと考えていたことだった。そうすると、自分でも気づかないうちに涙が出ていた。

自分から「さよなら」をしたくせに
2回も振ったくせに

わたしはずっと星に恋をしていた。と気づいたのもその間のこと。

こんな自分なんて知りたくはなかった。

でも、星が好きだ。それは東京に来ても変わらない。
東京では会えないかもしれないけれど、そんなことは自分の日常にはしたくない。
東京になんか慣れなくてもいいんだと思えたのは、やっぱりあなたのおかげだった。
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