チーム天狼院

ブスな私は、どうやったら美人みたいに好かれるようになるのか?≪弥咲のむしめがね≫


「あーーーっ!!! お久しぶりです! お元気でしたか?」

後輩は笑顔とともに大声でそう言った。私とサークル同期の友人は、お茶をしたついでにせっかくだからと、2年振りにサークルの部室を訪れていた。

後輩の喜ぶ声を聞いて、近くにいた人たちが集まってきた。懐かしい顔に交じって、初めて見るおどけない顔も見かけた。きっと新入生だろう。古めかしい匂いのする木造の部室はそのままに、所属していたサークルは歴史を塗り替えようとしていた。

なにせ、2年振りなのだ。みな、練習はそこそこで私たちの来訪を喜んでくれていた。「最近どうしていますか?」「次の試合に向けてこんな練習をしているんですよ」「新しく入ったこの子が……」と後輩たちが口々に話かけてきた。あたたかい言葉で私たちを迎え入れてくれたし、私もそう思いたかった。
なのに、なのに、なぜだかしっくりこない。後輩たちの顔を見て、声を聞いて、楽しかった思い出が蘇って、幸せな気分だけれど、私の心はざわついていた。霧がかっていた。

なぜだろう。

私は安心を求めて、周りを見渡して自分の今いる状況を確かめようとした。他者との関わりを確認することで、自分を肯定しようとした。でも、その目論見は失敗に終わった。そして、その場から逃げ出したくなるくらいに、自分の心をさらに苦しめる結果になった。

 

みな、私と目を合わしていなかったのだ。

 

私は気づいてしまった。後輩たちが歓待しているのは、私ではなく隣にいた友人であることに。

嬉しがられているのも、感謝の言葉を掛けられているのも、すべて彼女だった。私は、後輩の誰にとっても常に2番目で、彼女と一通り話が終わったあとに挨拶程度の言葉を交わすだけの存在であった。だから、あたたかな言葉の数々も、盛り上がっている状況そのものも、私の心を素通りしてしまっていたのだ。

「お前が目当てなんじゃない」

皆からそう言われているように思えた。場を濁さないために、仕方なく、ついでに、声を掛けているんだぞ、と強く主張されている気がした。後輩が笑顔になればなるほど、私の心は崩れてしまいそうで、消え去ってしまいそうだった。私はひきつった笑顔でその場を乗り切ることしか出来なかった。ただの“ついで人間”だった。

 

「くっそー、また顔かよ!!! 可愛いが正義かよ!!!」

私はその場を飛び出して、走って逃げて、誰もいない河原で、そう叫びたかった。たまりたまった鬱憤を晴らしたかった。

何回目なんだよ! この体験! みな彼女を選ぶ! わたしは選ばれずに、いつだってついで!

彼女と別れたあとであっても、彼女ばかりが好かれていたことが、ずっと頭に引っかかっていた。私はただ、苛立ちを宙にぶつけることしか出来なかった。

 

でも、彼女が好かれることは、仕方なかった。

彼女は惚れ惚れするほど美しいのだ。

彼女が笑うだけで、周りにいる人の心が安らぐ。彼女が動くだけで、場の空気が変わる。彼女が話始めるだけで、優しい気持ちになれる。特殊能力といっても過言ではないほど、人の心を一瞬で捉えてしまう魅力を彼女は持っていた。

彼女の隣にいると、私はくすんでしまう。声を掛けられるのも、相手にされるのは、いつも彼女のほうだ。その事実は、2年振りにあった仲の良い後輩を目の前にしても変わらなかった。

綺麗だから、美しいから、可愛いから。彼女が選ばれる理由はそんな簡単なものだった。天性の魅力。不細工でスタイルの悪い私にはどうすることもできない。

 

 

どうすることもできない。

どうすることもできない?

…………えっ? 本当にどうすることもできないの?

私は一生、釈然としない気持ちで他人と話さなくてはいけないのだろうか。いや、決してそんなことはないはずだ。というか、そんなことないはずと信じたい。ブスでも一番初めに声がかけられる世界があってもいいはずだ。そうじゃないと、顔だけで損しているのに、人生報われないじゃないか!

 

人間が複数の人と会ったり話したりするときは、相手は必ず“目的人間””ついで人間”に二分されると思う。

飲み会を企画するとき、チームを組むとき、ナンパするとき、なんでもいいけど、誰かと何かをしたいと思ったときは、皆「この人としたい!」という明確な意思を持っている。それは恋愛感情とかビジネスの企みとか分かりやすいものあるけれど、無意識に持っている場合もとても多いと思う。「この人としたい!」と思ったとき頭に浮かぶのが”目的人間”で、人数や雰囲気が物足りないと判断されたときに呼ばれるのが“ついで人間”である。そして、大抵の場合、”目的人間”は真っ先に話しかけられるし、誘われる。モテる。

誘われるだけいいじゃないか。と思うかもしれない。でも、自分が飾りで空気だったときの辛さに私は耐えることができない。部室を訪れて話かけてくれた後輩だって、私の隣にいた友人と話したいという目的があって、ついでに私に話かけたのだろう。目も合わせないくらいだから、間違いないと思う。

 

どうすれば”目的人間”になれるのだろうか。すなわち、「何かをしたい!」と思われる人には、どうやったらなれるのだろうか。

こういう風に言い換えてみると、私と美人の友人間の差は顔面偏差値だけじゃない気がしてきた。そりゃあ誰でもブスより美人に話しかけたいけど、本当にそれが正しいならば後輩はサークルの現状よりももっと気の利いた話をするはずだ。

 

“目的人間”になるには、他人の感情を掻き立てる必要があるだろう。面白いとか、癒されるとか、勉強になるとか、やる気が出るとか、正の感情を相手が生み出す手助けが出来る人が求められているのかもしれない。誰だって、自分にとってプラスになる人の元に集まりたい。場合によって、利益が精神的なものだったり物質だったり知識だったりするけれど、とにかくプラスになるものを求めるのは間違いないだろう。

美人の友人の場合だって当てはまる。美人の彼女が笑うと、周りの人も笑顔になるけれど、それは彼女の顔が美しいから笑顔になるんじゃなくて、彼女の話だったり立ち居振る舞いに共感したり安心したりするのが理由なような気がする。私が彼女と一緒にいたいと思う理由だって、親身に話を聞いてくれたり、一緒に全力で笑ったりできるからだ。彼女となにかをすれば、私は、楽しかったり落ち着いたりして、間違いなく幸せな気分になる。だから彼女は”目的人間”になりえた。

さて、私の場合はどうなんだろうか? 私は彼女みたいに愛想が良いわけではないし、他人最優先で行動するわけでもないし、全くもって気が使えない。彼女ならば、「あなたにも良いところもたくさんあるよ」って励ましてくれるだろうけど、私は彼女にそんな言葉を余裕がない時点で、差が生まれていることは明らかである。

「私って”ついで人間”だなあ」と感じてしまうたびに、「あの子は可愛いから」と私は自分のことを正当化させていたけれど、実はそんなことなかった。顔なんて大抵の場合はプラスアルファの部分であって、それ以上に明確な目的をもって人間は誰かと時間を過ごすのだ。考えてみたら自分だってそうやって人を選んできたように思う。

 

なんということ、顔だけじゃなく性格もブスとは! 取柄なしじゃないか! つらい、つらい、つらい、つらすぎる。性格を否定されると今までの人生まで否定されてしまった気がして、何をどう変えたら”目的人間”になりうるのかさえ分からなかった。私は誰かに誘われるという行為さえも自分が傷つけられるのかと思うと、人と接するのが怖くなった。

「一生、”ついで人間”でいよう」と、踏ん切りがつけば、煩わしい恐怖から簡単に解放される。けれど、私は人からモテたい。”目的人間”になりたいと思う。

ペシミスティックな私の性格はそう簡単には治せないだろうし、気の利いた話も苦手だから、諦めるのが筋だろう。もしかしたら、この望みは肥大化した承認欲求なのかもしれない。でも、多くの人が思うのと同じように、私は誰かの役に立つや必要とされる人になりたくて、それは言い換えると”目的人間”になることなのだと思う。

 

“目的人間”になりたいからといって、美人の友人を真似しても、彼女になれるはずがない。コピーがホンモノを超えることなんてない。私には私なりの道があるはずだ。

そもそも相手の感情を正の方向に向けるのは、相手を笑顔にさせるだけじゃない。私は誰かの頑張っている姿を見ると励まされた気分になるし、知らないことを教えてもらったら興味が湧く。この感情の動きだってポジティブなものだと思うし、”目的人間”になりうる理由を持っているだろう。

私はたしかに、ブスだし、愛想が悪いし、人と話をするのが苦手だけど、私にも活躍できる場所は必ずある。極論を言うと、他者の介在がなくとも自分が精一杯努力していれば、周囲は必ず認めてくれるだろうし、努力というエネルギーにあやかりたいと「あなたと何かをしたい!」と思うはずだ。目的人間になる人は、常に自分を磨いている。

“ついで人間”である最も深刻な原因は、「あの子は可愛いから」と現実を直視せずに自分勝手に決めつけていたからではないだろうか。置かれている状況を、自分にとって合理的に解釈してしまって、物事の本質に辿りつこうとしていない思考そのものに原因があると思う。

目の前のことに向き合わずに逃げている人のどこが魅力的だろうか。

友人でさえも簡単にカテゴライズしていた私は、いつだって第三者をひどく批判的に見ていたに違いないし、私の周りの人はそれを空気から読み取っていたのだろう。だから、興味が湧くほどの“目的人間”にならなかったのだと思う。

 

現実を直視することはつらいことだ。できれば夢の中だけで暮らしていたい。

でも、事実と対峙しなければ、前に進めない。その大切さに気づいたときに、私は選ばれる人間になれるのだろう。

今からでも私は後輩に出来ることがあるんじゃないかなあ、と思った。少なくとも相談くらいは乗れるはずだ。私は、携帯で後輩の連絡先を探しはじめていた。

 

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