チーム天狼院

「体験型ビジネス」はこの世を制するのだろうか?≪弥咲のむしめがね≫


「この前スマホゲームに10万円もつぎ込んじゃったー、欲しいキャラが全然出てきてくれなくて。だから今月は金欠なのっ!」
久しぶりに再会した大学の友達が、清々しい顔をして私に言ってきた。

「あー、ついに堕ちてしまったか……」
私は彼女のことをそう思わずにはいられなかった。
脳裏には、大学時代に自炊して節制に努めていた彼女が思い浮かぶ。人は何があるか分からないなあ、ゲームにも興味なさそうだった彼女が今や重課金者になるとはなあ、と思った。
スマホゲームに馴染みのない私からしたら、「ただのデータを得るためだけに、そんなにお金を使わなくても……」と思ってしまうのだが、彼女からしたら何としても手に入れたい宝石のようなもので、スマホから好きな声優の声が聴けるならば、10万円払うのは惜しくないという。一度快感を得てしまったら、どうしても推しのキャラを欲しくなってしまう、と。
服とかアクセサリーとか物理的な商品でなくても、小さな画面から声を掛けてもらえるだけで、彼女は大満足なのだ。

 

彼女の誇らしげな表情を見ながら、ふと、私は儲ける本質が彼女の言葉と仕草にすべてつまっているような気がした。

モノよりも体験を求めるという現象は、他の場所でも起きている。
最近の女子高生は、ディズニーランドやUSJなどのテーマパークに、乗り物を乗るのではなく自撮りをしに行くらしい。ファストパスを駆使してディズニーランドの乗り物を攻略しようともがいていた私とは、全く違う目的を彼女たちは持っている。雰囲気のある背景と目いっぱい可愛くなった自分をスマホに収める、そんな体験を望んでいる。
京都のとある喫茶店は、店内が青いライトで照らされている。そして、椅子やテーブルは単年に選択されたビンテージだ。飲み物や食べ物は他のお店とさほど違いはないものの、その喫茶店はいつも長蛇の列である。

 

 

今、なぜ「体験」が求められているのか?


欲しいものは簡単に手に入る時代になり、ひとつひとつの品質も高くなった。安くて良い商品を買えるものになった。そのせいか、「よりよいもの」を求める人は少なくなっていると思う。
ブランドの概念を打ち破り、新たなライフスタイルを提案したユニクロが流行っているのは、「同じ質のものならば安く買いたい」という消費者の本音の現れだと思うし、全国の百貨店が店じまいしているのにも説明がつく。
それに、欲しいもののキーワードを検索画面に入力するだけで、世界中の商品を横並びに比べられるような世の中になった。しかもどの商品も使えることが保証されている。液晶画面に映し出された商品を見たとき、ついつい消費者が気にするのは金額で、本当によいものを見分ける術はなくなりつつある。

では、安くて良い商品を買えるようになったおかげで浮いたお金は、どこに行ったのだろうか?
私は「体験」につぎ込まれているのだと思う。普段はしないこと、自分では出来ないことをする体験が、消費者に求められていると思う。
もちろん今までも体験は商品として確立されてきた。自然に囲まれた旅館で一息つくのも、習い事をするのも、以前からあったものだ。
しかし、スマホの普及とSNSの発達で、個人の体験が瞬く間に不特定多数に拡散される時代になった。思い出を鮮明にスマホで保存できる、撮った写真をスマホでいつでも見返すことが出来る、というのは、あいまいな記憶しか出来ない人間にとって大きな進歩だ。それに写真だと言葉以上に他人に伝わるものがある。
そのような今だからこそ、細やかなサービスよりもインパクトのあるものや、理想の空間を人は求めるようになる。インスタ映えはまさにその気持ちから生じたように思う。

 

 

「体験」という価値は消えることがない


趣味が多様化し、特定のモノを欲しがる文化は薄れてきた。安くて品質の良いものがたくさん手に入る。さらに、SNSという自分をアピールできる場所が出現したがために、単なるモノだけでなく、そこに体験という価値が加わった。

体験は、ビジネスにおいて最強だ。
なぜなら、体験は常に消費されるからだ。

家電や家具は一度買ったら数年から数十年買い替えることがない。本だって、一人一冊でそれ以上はありえない。しかし、体験は常に消費され、もう一度お金を払ってもらえるチャンスがある。
これは、本当に、大きなメリットだと思う。
家電の中には、本体価格は安い代わりに、付属の消耗品やメンテナンスで稼ぐ企業が多い。しかし、体験を売りにしていると、そんな苦悩なんてすることなく、提供している体験が素晴らしいものであれば、必ず再度人が来るのだ。

さらに、ビジネスとしての体験の強みがある。
体験は、利率が高い。

喫茶店でコーヒーを飲むために500円を払うことに、私たちは何の抵抗も感じない。しかし豆の原価を考えると、一杯あたりせいぜい数十円だろう。そこにマスターが淹れるという価値、喫茶店という空間への価値が付与されて500円になる。
喫茶店のコーヒーが原価の十倍近くの値段で売られていても誰も怒らないのは、体験という価値を無意識に理解しているからだ。感覚で納得しているということは、体験にさえ圧倒的に価値があれば、莫大な利益率で商売することだって可能になる。

コストを抑えることだって、簡単にできる。
京都では、数年前から着物で街を散策するのが流行っている。
消費者は「京都の街を着物で歩く」という体験のためにお金を払う。貸し業者は、その体験を提供するわけだが、内実は「着付け」だけである。初期投資として着物購入費が必要なものの、数十人に着てもらえれば減価償却できる。あとは、テナント代や人件費さえ払っておけば、それ以外は利益になる。

 

これから求められる「体験」


体験提供型のビジネスには、多くのメリットがある。
しかし、何でもかんでも体験させようとしても、消費者は振り向いてくれないだろう。儲けている体験は、必ずあるものを持っている。
スマホゲームにしても、ディズニーにしても、レトロな喫茶店にしても、だ。

それは、世界観だと思う。
扉をくぐれば夢の世界に引き込まれてしまうほどの世界観だ。

体験を求めるといっても、それは非日常の体験だろう。
嫌なことを忘れられて、自分を肯定してくれるような体験を、誰だって求める。
だから、提供される体験は、現実感を抹消した異世界的世界観が必要なのだ。

他人を覚えるとき、思い出すときに、日本人はキャラ付けというのを行う。イジられキャラとかリーダーキャラとか、その人を特徴づけるキャラクターで個人を認識する。
お店やサービスも同じで、個々人がそれらに対してもキャラ付けを行っていると思う。
だからこそ体験を提供するときも、キャラになりうるような世界観が大切だろう。
「面白そうなお店だけどサービスの狙いが分からない(=キャラ付けしにくい)」という感想を持たれると、目的を持って来店しようとする人は格段に減ってしまい、リピーターも増えにくい。お店やサービスのキャラを把握してもらえると、消費者がTPOに合わせて使いやすくなるのだ。

 

 

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消費者を満足させられれば、体験ほどビジネスとして有効な手段はないような気がする。
天狼院書店は、本の先の体験まで提供するというREADING LIFEを提唱し、様々なイベントを行っている。まさに、体験提供型ビジネスを次々に実践している。

ここに書いたことを、信じない人もたくさんいるだろう。それでも私は構わないと思う。
でも、天狼院書店のこれからを見ていてほしい。
数年後、この正しさが証明されると思うから。

 

 

記事:飛田弥咲(京都天狼院スタッフ)

 


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