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チーム天狼院

「女の恋は上書き保存」なんていったのはどこのどいつだ


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:しんごうゆいか(チーム天狼院)
 
 
月曜日の朝7時。
もう、起きなきゃ。今日は一限から講義がある日だ。顔洗って、コンタクトつけて、寝ぐせ直して、メイクして、朝ごはんも、ぎりぎりいけるかな。
大きく呼吸をして、ベッドから起き上がった。私の部屋ではないのに見慣れた部屋。隣を見ると、気持ちよさそうに寝ているこの家の家主である一人の男。同じベッドにはいるが、恋人でもないし、性欲の捌け口とするような相手でもない。近頃、添い寝するだけの相手「ソフレ」が流行っているようだけど、そういうことでもないような気がする。
彼の名前は日吉秋(ひよしあき)。
ただの、友達。ただの、高校時代の同級生。……ただの、好きだった人。
「秋、起きて」
「……」
「秋ってば」
「……ん」
まどろんだまま、私にすりよる秋は猫みたいだ。
「せっかく起こしたんやけん、ちゃんと起きて」
「ん―……」
地元福岡から上京して2年目を迎えた。人の多さにも電車の多さにも慣れた。言葉だって、普段は標準語を話す。同郷の秋の前ではついつい博多弁がでてしまうけど。そういえば、秋は高校の頃からなぜか、標準語を話した。
 
私と秋は高校生の時から一緒にいた。その頃から秋は何を考えているのかわからない人だったけど、私には妙に心地よかった。どうでもよさそうな顔して、私を見る秋が好きだった。どうしようもなく、秋が好きだった。私がしょっちゅう言葉にするものだから、秋はそれを知っていたけど、嫌がることなく、どうでもよさそうに、私の隣を歩いた。時折、私の告白に「知ってる」と呆れたように笑った。……恋人になってくれることはなかったけれど。
 
そのうち私たちは高校を卒業し、お互い上京して違う大学に進学した。新生活の慌ただしさに、会う時間も減り、私の気持ちも曖昧になっていった。
新しい環境の中で、多くの人と知り合った。たまに好きだといわれることもあったし、恋人もできた。けれど、曖昧に終わった恋というのは随分とやっかいなようで、どれも上手くいかなかった。どうしても、あの何事もどうでもよさそうな顔がちらつくのだ。
誰だよ、“女の恋は上書き保存”とか言ったやつ。
世の中の女性はみんなそうなのだろうか。恋が曖昧に終わったとしても、上書き保存していけるのだろうか。
少なくとも、私は秋を上書きすることができないでいる。未練かといわれると、そうではない。でも、この先秋に恋人ができたら、失恋したような気持ちになるに違いない。本当に、つくづく面倒くさい女だと思う。
 
「じゃ、私先に行くからね。秋も早く起きなきゃダメだよ」
秋の寝ているベッドの端にしゃがみこんで、そう言って立ち上がろうとした。
「……?」
さっきまでまどろんでいたはずの秋が私の着ているニットの袖を掴んでこちらを見ていた。
「……行くの?」
 
ああ、また、だ。
 
「……うん。講義だもん」
 
この男は、
 
「いいじゃん。今日は一緒にいようよ」
 
こうやって私が秋を誰かで上書き保存することを許さない。
目の前の甘い誘惑に乗ってしまいたくなる。
 
「……ダメ。講義にはでなきゃ。いってくるね」
 
自分に鞭を打って、その甘い誘惑を、秋の掴んだ袖をそっと離して、今度こそ立ち上がった。
 
玄関から出ると、一気に力が抜けた。
なんなんだ、一体。あの男はいつまで私を離さないつもりなんだ。いい加減、秋から解放されたい。秋を誰かで上書き保存したい。
 
 
 
「いや、それさ、あんたも悪いよね」
「え」
大学の食堂で、そう言い放つのは私の親友である岡田日奈子(おかだひなこ)だ。細身な彼女は、見た目と反してハチャメチャな量のカレーライスを頬張りながらそう言った。
「日奈子、ちゃんと聞いてた? 私は誘惑に打ち勝って、こうやって大学に来てるんだけど」
「うん、それはそうなんだけど。私が言ってるのは、本当に秋君のこと忘れようとはしてないよね、ってこと」
その言葉に私の頭の中は、はてなマークがいっぱいになった。
あれだけ秋を誰かで上書き保存したいと願っている私が、本当は秋のことを忘れたくない?
「どういうこと?」
「本当にわからないの? あんた相当重症だね。……じゃあ、今日はどこから大学に来たの?」
「秋の家」
「なんで秋君のこと忘れたいのに、秋君の家に行っちゃうの?」
 
ドキッとした。日奈子の言葉が、何か核心を突こうとしている気がする。
 
「……それ、は、秋に呼ばれたからであって、私から行ったわけじゃないもん」
「でも、たぶん断れたでしょ? 今日だって、秋君の誘惑に打ち勝って大学に来てるわけだし」
「だってそれは、相当頑張ったからであって、」
「じゃあなんで、その時は頑張らなかったの?」
食い気味に質問してくる日奈子に、私は何も言えなくなった。日奈子の言っていることの意味に気が付いてしまった。
 
「あんたはさ、心のどこかで秋君を忘れないようにしてるんだよ。でも、忘れたいって気持ちもあるから矛盾に板挟みにされて、相手のせいにすることで気づかないようにしてたんだよ。一緒に過ごしてきた時間とか、好きだった気持ちとか、大事なんだよね。でも、もう秋君のせいにするのはやめなよ。本当の意味でがんじがらめになっちゃうよ」
 
さっきとは打って変わって、優しく私にそう言う日奈子の言葉に、私は自分の中にあるいろんな感情に気が付いた。
 
「……うん。ありがとう、日奈子」
「どういたしまして。強く言っちゃってごめんね」
 
 
 
「……秋? まだいる?」
大学から自分の家に帰る予定だったけれど、そのまま秋の家に戻った。
「あれ、戻ってきたんだ」
今朝とは違って、身なりを整えた秋が少し驚いた顔をした。
「時間ある?」
「もう少ししたら出る予定だったけど、まあ」
そう言って秋は準備もそこそこに椅子に座った。
 
「あのね、私、秋のこと大好きだったの」
遠回しに言っても仕方ないと思って直球に切り出した。
「……うん、知ってる」
秋は少し笑って答える。いつもと変わらない秋に、安心して話を続ける。
「もう好きじゃなくなったと思ってたけど、会うとやっぱり好き、って思っちゃって、秋にいい加減にしてくれ~なんて思ってたの。秋のせいにしてたの」
「うん」
「でも、本当は私が忘れたくなかっただけなの。どこかでそう思ってたの。……たぶん、ずっと秋が好きな私が好きだったの」
「……うん」
「……だから、いい加減にするのは私で。もう秋のこと利用するのは、やめる。会うのも、しばらくやめる」
 
言い切った。秋の顔を見ることはできなかったけど、最後まで正直に言い切った。
 
「……わかった。俺は普通にお前のこと好きだし、またお前が会ってくれるのを待ってるよ。申し訳ないとか思わなくていいから。お前がまた会えるようになったら、教えてよ」
「うん。ごめんね、ありがとう」
 
 
 
秋の家をでると、肌寒かった。それが少し心地いいくらいにスッキリしていた。
 
これで良かった。よかったんだと思う。
 
少し涙目になった気がして、大きく息を吸い込んだ。
 
 
***

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