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チーム天狼院

香りは、記憶の再生装置なのだと思う


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:吉岡莉奈(チーム天狼院)

「もう、遅い! 一体何してたん? スイミングに遅れるよ!」
「ごめん、おかあさん。先生と話していたら遅くなっちゃった〜」

小学校一年生から三年生までの三年間、私はショッピングセンターに併設されているスイミングスクールに通っていた。
放課後、スイミングの日は学校の近くまでお母さんに車で迎えにきてもらっていて、こんな風に叱られるのは日常茶飯事だった。

皆さんの周りに、運動が苦手で、でも水泳だけは出来る……なんて子はいないだろうか。

私もそんな子の一人である。
というのも、
・マット運動、前転しか出来ない。
・鉄棒、前回りと豚の丸焼きしか出来ない。
・鬼ごっこをすると、足が遅すぎて鬼に同情されるので逆に捕まらない。
・ドッジボールをすると、すぐに当てられ、ゲームが終わるまでずっと外野にいる。
なんていう具合に、小学生の私は本当に本当に運動神経が悪かったのだ。

勿論、大学生になった今も変わらず。
両親はそんな私のことを不憫に思ったのか、「せめて水泳だけでも」ということで、スイミングを習わせてくれたのである。

習い始めた頃は、水の中に潜るだけでも怖くて仕方がなかった。鼻に水が入って痛かった。
しかし、慣れていくにつれて潜れるようになり、水に浮けるようになり、バタ足が出来るようになり、クロール、背泳ぎ、平泳ぎ、ついにはバタフライまで泳げるようになった。
……そして四年生になって学習塾に通い始めた頃、スイミングスクールを辞めた。

丁度その日はTOEICの試験日で、「あ〜、今回も最後まで解けなかった……」
なんて思いながら試験会場から駅に向かって歩いていた。すると偶然、そのスイミングスクールのあるショッピングセンターに辿り着いたのだ。

「うっわ、懐かしい! 折角だから寄って行こう〜」と思い、久しぶりだなあとワクワクした気持ちで自動ドアをくぐる。
しかし、店に入った瞬間、なんとも言えない違和感が襲ってきた。

「あれ? UNIQLOなんてあったっけ……。ここにはニトリがあった気がする」
「こんな吹き抜けのある建物だったっけ?」
「そういえば、店のロゴが無駄にお洒落な感じでローマ字表記に変わっている」

そう、そのショッピングセンターは八年前に改装され、リニューアルオープンされていたのだった。

一階をぐるぐる歩き回り、エスカレーターで二階へ上がる。またぐるぐる歩き回る。
そしてエスカレーターで三階へ上がる。
エスカレーターを降りた瞬間、ざわざわとした騒音と、食べ物の匂いを感じる。
三階は、ゲームセンターとフードコートになっていた。

違う。違う。

あの頃は、ゲームセンターなんてなかった。
あの頃は、フードコートみたいに、自由に選べるほどたくさんの飲食店なんてなかった。
あの頃は、あの頃は、あの頃は……。

あぁ。

もう、あの頃はないんだ。

ここは知らない場所だ。
初めて来る場所だ。

エスカレーターの場所も、トイレの場所も、わざわざ館内案内を見ないと分からない。
三年も通った場所のはずなのに、どこに何があるのかまるで分からない。

自分でも、何故こんなにショックを受けているのか、不思議だった。
ここは、十三年振りに来た店なのだ。
よく行くお気に入りの店が閉店したわけではない。
家からのアクセスも悪いし、ひょっとするともう二度と来ることのない店かもしれない。
だから改装していようとしていまいと、関係ないはずなのだ。
現に、今の今まで、偶然に前を通りかかるまで、このショッピングセンターやスイミングスクールの存在なんて、忘れていたのだから。

だけど、あの三年間が、あの頃の自分が、すっかり消えてしまった気がしてショックだった。

その時だった。

通路の奥から、小さい男の子が「ママーーー!」と叫びながら走って来た。
少し髪を濡らして。見覚えのある、ビーチバッグをぶら下げて。

「お疲れさま! 今日はどうだった?」
「あのね、あのね、25メートル足をつけずに泳げた!」

まさか、と思いながらも足は通路の奥へと向かっていた。
通路を突き当たり、左に曲がると、急に懐かしい香り……プールの、塩素の匂いがした。

香りだけは、変わらずにそこにあった。
十三年前と同じように。

そう、改装され少し外観は変わっていたものの、スイミングスクールは残っていたのだった。

塩素の匂いを嗅いだ瞬間に、当時の記憶が蘇る。
少しでも水泳が好きになるように、好きなキャラクターのゴーグルを使っていたこと。
クロールが全然できなくて、悔しくてプールでこっそり泣いたこと。
泳ぎのテストに受かるともらえるワッペンを水泳帽に付けるのが、誇らしかったこと。
スクール後に買ってもらうセブンティーンアイスが、あの頃の私にとって一番のご褒美だったこと。

今までどうして忘れていたのだろうと思うほど鮮明に、懐かしい記憶が蘇る。

久しぶりにセブンティーンアイスを買ってみよう。TOEICを頑張ったご褒美に。
そして家に帰ったら、今日のことを家族に話してみよう。

「きっと、香りは記憶の再生装置だね」なんて、言いながら。

***

この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。
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