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チーム天狼院

近道じゃなかったという衝撃の事実


*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:田中望美(チーム天狼院)

小学生の頃、とあるブームがあった。
ブームと言っても、自分の中のブームでしかなかったが、学校帰りの唯一の楽しみがそれだったのだ。
しかし、そのブームもあっけなく終わりを告げることになった。

「のぞみさん、Aさん。このあと少し、先生のところへ来て」

帰りの会の先生の話の最後に、当時担任だったS先生がそう言った。
S先生は、お母さんのような寛大な雰囲気を醸し出していて、いつもにこにこ笑顔で、ほとんど怒ることはなかったように思う。

帰りの会が終わり、友達がぞろぞろと帰って行くのを見ていると、S先生が私といつも一緒に帰っているAさんを手招きした。
Aさんと私は顔を見合わせた。

え……私達、また何かしたかな?

そんな風に目で会話したのを覚えている。
「また」何かしたというのは、これまでに何度かこうして帰りの会のあとに呼ばれることがあったからだ。
一度目はAさんと大げんかをした時。仲が良すぎて、大喧嘩になったのだが、そんなのは小学生の頃の私にはわかりっこない。覚えてもいないくらいしょうもないことで喧嘩したのだと思う。その仲介役を先生がしてくれた。二人は大泣きして謝りあい、すっかり仲を取り戻して一緒に帰った。
二度目は人の家のザクロを採った時。帰り道にザクロのなっている家があり、すぐ手の届くところだったため、もぎって食べてしまったのだ。そのことに住人のおばちゃんが気づき、学校の方に連絡があった。その時は親も呼び出され、謝りに行くことになった。

先生にとって私達二人は、ちょっとした問題児だったかもしれない。

でもその時の私達には何も思い当たる節がなかった。
せいぜい、川を飛び越えようとしたら、私より丈の大きいAさんは飛び越えられたものの、当時、列に並ぶと必ず1番前か2番目だった私は、飛び越えられず川に落ちてしまったことくらいだ。Aさんが引っ張って助けてくれたものの、制服は下半身がずぶ濡れだった。半べそかいて帰ったものの、それを見ていたのはAさんしかいない。周りに大人は誰もいなかったはずだ。なんだろうと少しビクビクしながら、私達は先生のところへ向かった。

先生は赤いリボンを持っていた。そして、私たちが「?」なことにもお構いなしに
「のぞみさん、水筒を貸して」と言った。

3人で誰もいない教室の地べたに座る。
なんだか少しドキドキした。先生はニタっとした笑顔で何を始めるのだろう。そう思った。Aさんも先生の行動を真剣に伺っていた。

「この、のぞみさんの水筒がゴールね。そしてこのリボンがのぞみさんとAさんが帰る道。さて、昨日はどんなルートで帰ったの?」

「えっと……」
Aさんが教室の床の木の目を指でなぞりながら話はじめた。
「こう行ってこう行って……あ、ここで曲がってこう行きました」

「なるほどなるほど、分かったわ。二人とも、寄り道をして、別のルートで帰ったのね。それは、いけないことって言われなかった? もし、二人が襲われたら、どうしましょう? 決まったルートで帰っていなければ、どこにいるか分からない。助けられないわよね? 寄り道や決まった道で帰るというこのお約束は、あなた達の身を護るためなの」

「でも先生、こっちの方が近道なんです」
「そうそう! こっちのほうが早く帰れるし、近道探すの楽しいよね!」

先生がそう来ると思ったと言わんばかりにニマっとした。

「いいえ。あなた達の言ってる道は近道ではないわ」
あまりにきっぱりと断言したので、え? そんなことないですよ! と私たちは言い訳をした。

すると、先生は水筒に向かって赤いリボンをまっすぐに引っ張った。
「これがいつもあなた達が帰っている道だとする。昨日のルートは、ここで曲がってこう行ってこう行ったと言ったわよね? ほら、そしたらどうなる?」

私たちは驚いていた。

えー! あー! わー、ホントだ! と二人で騒いだ。
理屈は簡単だ。一直線のリボンを色んな角度に曲げて行くと、到達していた水筒のゴールに届かなくなる。つまり、近道ではなく、逆に遠回りをしていたことになるというものだ。先生はそのことを水筒とリボンで教えてくれた。そして笑顔でだから真っ直ぐ帰るのよと言った。

私たちはそれを妙に納得して、それからというもの、近道はしなくなった。なぜなら、それが近道ではなかったからだ。いろんな細道を通って近道を探していたが、今の道が一番の近道であるとなれば、近道をする必要がなくなったというわけである。

私たちの近道探検ブームはこうして、もやもやすることなくさっぱりと終わりを告げたのである。今思えば子供に何の反抗も覚えず教えてくれたS先生の教えはすごいと思う。
そして今また、このことを思い出したのには理由がある。

私は歌、芝居、ダンス、書くことがうまくなりたいと思っている。仕事もできる人になりたいと思っている。
現状、プロとしてやっていくには、まだまだだ。プロは質の高いサービスを安定的にお客様に提供できないといけないが、私はまだ不安定だ。100発100中できるようにならなければならない、と奮闘しているのである。

そんな時、圧倒的な技術を見てしまったり、自分より後にはじめた人が結果を出したりすることがあると、焦る。
つい、何か少しでも「近道」はないかと探してしまう。
けれど、立ち止まって散々嘆いた後で、結局「近道」なんてないことに気がつく。より効率の良い方法はあるかもしれない。それは探していくべきものである。
けれど、そのためにする行動は地道でコツコツしていくべきもので、圧倒的な「量」が必要なものなのだ。
歌だって、発声法を頭で分かっているだけではうまくならない。その方法を体得するまで下手くそでも歌い続けなければならないのだ。文章だって、例えば天狼院書店にあるたった一つの技法を知っても、それを利用して書けるようになるために書きまくって、自分の身に染み込ませなければ、読まれる文章は書けない。ダンスだってダンサーの身体を作っていかなければ、キレのある豊かな人を感動させるダンスは踊れない。芝居だって、何だってそうだ。仕事だってはじめからできる人はいない。ベテランさんだって、ずっとそのことをやってきたから、言われるものだ。こうやって身の回りのこと全てに当てはめていくと、近道なんてないんじゃないかと思えてきた。

「近道」という考えは捨てなければダメなのだ。近道をしたい=楽をしたいという意味であることが多いから。
それよりも、今自分がコツコツと歩いている道をしっかりと踏みしめたほうが、気がつけば近道だったということになるかもしれない。
それこそ自分にとって、衝撃の事実になるだろう。

近道だと思う道が、もしかすると近道ではないかもしれない。
これは、これからもずっと私の教訓の一つだ。

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