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こな落語

“かんすい”にも代用品が有った《こな落語》


記事:山田将治(READING LIFE公認ライター)
 
 
厄介なウィルスのせいで、未だ自由に往来を歩けませんでして。街中を探し回っても、未だにマスクは潤沢に出回っておりません。消毒用のアルコールも、どこへ消えちまったのか、このところ、御目に掛かっておりません。
困って大家さんのところに相談しに来たのが、医者の新出(にいで)先生の御手伝いの“おとよ”という女の子でして、
 
「こんにちは、大家さん。御在宅ですか?」
「はいはい、おぅ、こりゃ、新出先生のとこの、おとよちゃんじゃないか。今日は、どういった様用向きで?」
「はい。今日は他でもなく、大家さんのお知恵を拝借したいのでやってきました」
「お役に立てるのでしたら、何でも言って下さいよ」
「有難う御座います。大家さんも御存知の通り、このところ、先生が使う消毒用のアルコールが不足しているんですよ。何かいい御知恵は有りませんか」
「そりゃ、簡単だ。酒、それもアルコール度数が高いのを選ぶと良い」
「それがですね、私もそう思って先生に言ったんですけど、『酒じゃ、高く付いていけねぇ』とか言って、聞き入れてくれないのですよ。本当は、自分の呑む分が減ると心配してるんですよ」
「そりゃそうなんでけど、このところ、世のアルコール不足を見越して、方々の酒蔵が消毒用のアルコールを作り始めていますよ」
「そうなんですか。それは呑めたりするんですか?」
「そりゃ。本当は酒蔵で拵(こしら)えたものだから、呑めないことは無いんだ。でもな、おとよちゃん。もともと、消毒用のアルコールに比べて何で酒が高いかわかるかい?」
「いえ、私は保本(やすもと)先生に字を教わったきりですから、全く見当が付きません」
「それはな、おとよちゃん。酒にはお上が税金を掛けているから高う(たこう)なっているんだ」
「へぇ、そうなんですか! お上って随分と腹黒いのですね」
「おいおい、そんなこと言うと番屋に捕まるよ。お上は、集めた税金を世の為、他人(ひと)の為に使っているんだ」
「そうなんですね」
「そいでな、酒蔵が作った消毒用アルコールのラベルをよく見てごらん。『飲用不可』となっている筈だ。それで、税率を消毒用という触れ込みで下げているんだ」
「それじゃ、消毒用並みに安くても呑めるんですか?」
「まぁ、大きい声じゃ言えないけど、そうなんだ」
「大家さん、私は黙っているんで、絶対に新出先生には知られない様にして下さいよ」
「おぉ、そりゃまたどうしてだい?」
「先生に知られたら、折角の消毒用が全部呑まれちゃって、また足りなくなっちゃいますから」
「はいはい、承(うけたまわ)りましたよ」
「それにしても、大家さんは何でも御存知なんですね」
「おぅ、それは有難うよ。製麺屋は、ラーメンとかの保存用にアルコールを使うんだ。そいで、アルコールの帳簿をお上に提出する決まりが有ったんだ。余分な税金を取られない為にね」
「大家さんも、御苦労が多かったんですね」
「いや、そうでもないけど。
あ、そうだ、おとよちゃんにもう一つ教えておくな。もし、手を洗ったり選択したりする石鹸が無くなったら、何で代用する?」
「だから、あたいは何も知らないんですってば」
「そうだった、そうだった。石鹸が無くなった時は、製麺屋さんへ行って“かんすい”をもらってくるといいんだ。ラーメンを拵える時の」
「えッ! “かんすい”で手が綺麗になるんですか?」
「完璧にとは言い切れないけど、急場は凌(しの)げるって寸法だ。ただ、香料が入ってないから、いい匂いはしねぇーよ。むしろ、嫌な匂いになる」
「それじゃ、役立たないじゃないですか」
「だから、急場はって言ってるでしょ」
「そうでした、そうでした。大家さんは、何でも御存知で」
「いやね、これは先々代時代のことなんだけど、戦後直ぐは“かんすい”が足らないというか、全く手に入らない状態だったそうなんだ。その頃は、食糧難だから、食べ物を商っていれば兎に角、儲かったそうだ。人口も増えてたしね。何しろ、製麺屋なんかやってると毎月新築の一戸建てが買える利益が出たそうなんだ。利益がだよ。今で例えると、毎月1億円の‘利益’が出たってぇ寸法で。そんな時に、ラーメン作るのに絶対必要な“かんすい”が無かった訳で。困り果てた、先々代の仲間達は、洗濯用の曹達(そーだ)、苛性曹達の弱いヤツね、それを“かんすい”代わりに使ったてぇから驚きで、しかも、洗濯曹達で作ったラーメンが、意外と旨かっててぇんだ」
「へぇ、そうなんですね。物が足りないからって、嘆いてばかりじゃ駄目ですね」
「そう。必要は発明の母だ。おとよちゃんも、賢くなって良いお母さんにお成りよ」
「はーい、頑張りまーす」
 
 
 
 
≪お後が宜しいようで≫
*諸説有ります
 
《文中の登場人物は、黒澤明監督の『赤ひげ』を参考にしました》
 
【監修協力】
落語立川流真打 立川小談志

❏ライタープロフィール
山田将治( 山田 将治 (Shoji Thx Yamada))

1959年生まれ 東京生まれ東京育ち 
天狼院ライターズ倶楽部所属 READING LIFE公認ライター
天狼院落語部見習い
家業が麺類製造工場だった為、麺及び小麦に関する知識が豊富で蘊蓄が面倒。
また、東京下町生まれの為、無類の落語好き。普段から、江戸弁で捲し立て喧しいところが最大の欠点。

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2020-05-18 | Posted in こな落語

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