ライティング・ラボ

妻の“出産だけ”には立ち会ってはいけない理由《陸奥亭日記》


 

 

記事:野田賀一(ライティング・ラボ)

 

 

これは私の実体験に基づいた、至極エゴな話である。

我が家は妻と娘が1人、3人家族である。

娘が生まれたのは、201211月のことだ。

2012年といえば、東京スカイツリーの開業や、ロンドンオリンピックの開催、

iPS細胞の山中教授がノーベル賞を受賞、ヤンキースの松井秀喜が現役を引退したりと

何かと騒がしい1年であった。

そんな激動の1年に重なるように、私の人生もまた激動の1年であった。

ざっと時系列でまとめると、

4月に妊娠発覚&実家へ婚約承諾のお伺い

7月に入籍&結婚式

11月に出産

という流れで人生のビッグイベントを2つも体験してしまったのである。

そんな中でも1番衝撃的だったのが妻の出産立ち会いだった。

タイトルの謎解きをだらだらと引っ張る気はさらさらないので、ここで種明かしをしてしまうが、妻の『出産だけ』に立ち会うのではなく、その前の『陣痛の時』から立ち会うべきだということをお伝えしたい。

そもそも出産に立ち会うことすら不要という方もいらっしゃるが、それは論外である。

絶対に立ち会ったほうが良い。

生まれた後の赤ちゃんを見るのと、その生まれる過程を見るのとでは、もう感動の度合いがまるで違う。

私の妻は陣痛が始まってから実に丸1日、つまり24時間かけて出産を行った。

その初めから終わりまで私は一緒に立ち会うことが出来た。

いや、もうそれは壮絶な出産ストーリーであった。

以前、出産に立ち会ったことがあるという友人に話を聞いたことがある。

 

4時間で終ったよ」

 

とか、

 

「ちょっと時間がかかって8時間だったな」

 

とか言っていた。

そんなものかとたかをくくっていたが、いざ蓋を開けてみれば丸1日かかった。

もはや立派なドキュメンタリー作品ですらある。

その日の事は今でも鮮明に覚えている。

出産予定日を1週間も過ぎてしまい、毎日が緊張の張り詰めで、いっそのこと早く生まれてくれないかなと焦れだしていた頃。

「仕事もだいぶ片が付いてきたし、今日が終われば明日は祝日だな」

ちょうどそう考えていた時に電話が鳴った。

電話の相手は妻の母親だった。

「陣痛が始まったから、出来る限り早く来てください」

いよいよか。

これまで妻のお腹が大きくなるのを見ながら自分も覚悟を決めてきたつもりだった。

だが、いざその時が近づくとなると不安や期待が入りまじって、なんとも言い表せない感情になった。

こういう時こそ平常心を。と思ってはみたものの、平常心ってどういう状態だったかが思い出せない。

とにかく、そわそわしていた。

上司に連絡をして、職場を後にする。

時間は16時頃だったように思う。もう日が傾いて辺りが暗くなり始めていた。

行きの電車には空席があったがじっと座っている自信がなく、

変わりゆく街並みを見ながら物思いにふけっていた。

「いよいよ、父親になるのか」

最寄駅に着き、まっすぐに病院を目指す。

駅からも妻の実家からも徒歩数分の所にあるこの病院は妻も生まれた病院だ。

家族代々かかりつけの病院で、世間の評判も良い。

いかんせん年数が経っているので院内外の至る所が古っぽいのが気にはなるが、

まあ、それは経験と歴史が積み重なった”老舗”という証だろうか。

病院に着くなり受付の女性スタッフに声をかける。

「妻の部屋はどこでしょう?」

「分娩室横の控室にいます。こちらです」

と案内をされる。

”分娩室の横”というのがいよいよ感を醸し出している。

だが、いざ部屋に行ってみると、随分あっけらかんとした妻がベッドの上に居た。

「陣痛が弱くて、促進剤を打って様子を見ている所なの」

そんなものがあるのだと初めて知った。

「妊娠しているのに薬使うのか?

と一瞬思ってもみたが、恐らくは害はないのだろう。

どうやら、陣痛がある一定の強さにならないと力んでもダメらしい。

 

看:「赤ちゃんが出たがる合図が陣痛なのだけど、強くならないということはママのお腹にもっと居たいのかな?」

妻:「いや、もう苦しくてさっさと出てきてほしいんですけど」

看:「それだけ話せるのはまだ余裕があるからよ。いざ本番になったらそんな余裕はなくなりますからね」

 

結局、促進剤を打っても陣痛は強くなることはなく、その晩は別室に移り一泊することになった。

付き添いで私も傍のソファーに横になり、いざという時に備えた。

まだしばらくは生まれなさそうだという安心感でぐっすり眠れるはず・・・・・・だった。

 

「ううっ、うう、ううっ、うう、ううっ」

 

ずっとこの繰り返しである。

どうやら弱い陣痛が延々と続いているようだった。

この状態でまる一晩。さらに翌朝になっても変わらず、結局は昼過ぎまで続くことになる。

どうにかしてあげたいが、見ているこちらはどうしようもない。

朝ご飯を食べられなかった妻の為に何か買ってくるよといって病室を出たのだが、このジレンマからいても経ってもいられなくなったというのが本音であった。

もう、慣れないことに加えていつその時が来るのか皆目見当もつかない。

緊張は既にピークに達していた。

 

「促進剤の量を増やしてみましょうか」

 

医師からの提案で、陣痛促進剤の量も増やしてみた。

すると、陣痛が一時的に強くなる。

妻が見るからに「うーっ、うーっ、うーっ」と苦しみ始めた。

「おっ! いよいよか」と思った次の瞬間。

妻が「押さえて! いいから、押さえて!」と言い出した。

 

しどろもどろしていると、看護師さんが

 

「旦那さん、そのテニスボールでおしり押さえてください」

 

えっ! テニスボール?! で、しかもおしり?

妻が四つん這いになり、おしりをテニスボールで旦那が押さえる。

言っておくがこれは実話である。

 

「もっと強く押さえて!」

 

力加減が分からないので何度か妻に怒られた。

 

「もっと強く押さえてって言ってるでしょ!」

 

冷静になるとどうしても笑ってしまいそうになるので前方の部屋の壁を無心で見つめていた。

なんだこの光景は。

その時は必死だったが冷静に考えてみると、これほど間抜けなものはない。

後から聞いたのだが、あのテニスボールの硬さと大きさがピッタリなのだそうだ。

テニス界のスーパースター錦織選手もまさかこのような使い方をされているとは露にも思わないだろう。

だが、テニスボールの活躍とは裏腹に相変わらず生まれる気配はなかった。

先生からは

 

「あまり長引くと母体にも影響が出ますから、帝王切開も検討してくださいね」

 

妻がどうしても帝王切開だけは嫌だというので、自然分娩で頑張ってきたが、

いよいよそれも覚悟しなくてはならない。

だが、それを見かねた看護師さんからある提案があった。

 

「ちょっと運動して刺激を与えてみましょうか」

 

運動といってもそんなに激しいことは出来ない。

どうするのかと思っていると、子供がまたがりゆらゆら揺れるお馬さんを持ってきた。

サイズは勿論大人用である。

 

「いあ、これってあの・・・・・・」

「はい、これにまたがってください」

 

座面にはあのテニスボールが置いてある。

それに乗ってゆらゆら揺れる妻が一言。

 

「これ絶対に誰にも見せられないんだけど」

 

記念に写メを撮ろうとしたら全力で拒否られたことは言うまでもない。

そうこうしているうちにもう丸1日が経とうとしていた。

もう帝王切開かと思っていたところ、運動の後に行った足のマッサージが功を奏したようで陣痛が強くなってきた。

 

「これがラストチャンスですね。やりましょう」

 

先生が看護師に指示を出して、一気に現場がせわしなくなる。

テキパキテキパキと作業をこなすその姿を見てこちらも段々と気が引き締まってきた。

そこからは本当にすごく時間が早く感じられた。

 

「奥さん、不安だと思うので傍で励ましてあげてください」

 

妻が分娩室に入ってからしばらくして呼ばれてこう言われた。

だが、いざ入ってみると結局はただただ妻の横で戦況を見守るしか出来なかった。

なぜなら、最初は2人だったのが段々と人数が増えて最終的には5人になったからだ。

テレビで見ていたドラマの出産シーンとは全然違う。

 

「ダメだ! もう1人! 〇〇君も手伝って!」

 

分娩台の上に1人乗って、身体を1人が抑えて3人で子供を引っ張る。

もう何かの土木作業をやっているようだった。

 

「せーの! はい、力んで!! はい、もう一度!

「んー! んーー!」

 

何分経っただろうか。

 

「頭が見えてきましたよ! ほらもう一息!」

「んー! んんーー!!」

「おぎゃぁーーーー!」

「おめでとうございます! 3,000kgの元気な女の子です」

 

もう、気づいた時には号泣していた。

自然に涙が後から後から出てきて止まらなかった。

陣痛が始まってもう丸1日、疲労と緊張で張り詰めていたものが一気に崩壊した。

昨晩、妻が気になって寝不足だったことや、

テニスボールでおしりを抑えていたこと、

馬の乗り物がシュールだったこと、

何もかもが積み重なってもう感極まってしまっていた。

もう生まれてきてくれてありがとうとそれしか言えなかった。

今では我が家では、笑い交じりの思い出話になってはいるが、

あの出産の出来事を乗り越えて家族の絆がいっそう強くなったように感じる。

あの体験が出来たからこそ、子供をいっそう大切にしようと思えている。

これは私の実体験に基づいた、至極エゴな話だ。

男性は身体的な能力で出産が出来ないからこそ、

妻の出産には陣痛から赤ちゃんが産声を上げるまできちんと立ち会うべきである。

妻には、

 

「あの時、号泣しててめちゃくちゃウケたんだけど」

 

と言われるが、あの時に出来るのはそれしかなかった。

何も出来なかったからこそ、それ以外の所で俺は頑張るんだと思えた。

それが、後々の子供の夜泣きや病気の看病と仕事の両立で辛い時の

ここぞという場面での見えない底力になったのだ。

新しい家族の誕生を目の当たりにして一家の大黒柱はより太く強くなる。

そういうものだと私は思う。

 

***

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2015-07-06 | Posted in ライティング・ラボ, 記事

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