ライティング・ラボ

本を読むことは、失敗だったのか


 

記事:ゆら(ライティング・ラボ)

 

趣味は読書です。
と言うのはオーソドックスすぎますか。
本を読むのが好きなんです。
と言うのはチープすぎますか。

気が付くと、私はいつも本を読んでいる。

本を読むことは、一般的に悪いことだとは思われていないだろう。
塾講師をやっている私自身も、教え子たちに向けて、たくさん本を読みましょうと、言ったりするぐらいなのだから。

なのに、私は本を読むことが失敗だったのではないかと思うことがある。

おもしろい本に出逢うと、寝食を忘れて没頭する。
現実感を喪失し、深みにはまり、心が游ぐ。
自分を、まるごと持っていかれてしまう。
次の日の予定がたて込んでいようとも、例え、テスト期間の真っ最中だとしても、私はその世界に容易にはまり、気づけば朝だったということが度々あり、激しく後悔する。
これを、時間の消費だと思う人もいるだろうか。

でも、そんなのはたいした失敗ではない。
もしや、私は、本を読むことで大きな失敗をしてしまったのではないか。

私は、昔から本を読むことが好きだったわけではない。
昔は、漫画ですら読むことが苦痛で、小学校の図書室で、借りる決まりになっていた本も毎回開かずそのまま返却。
気まぐれに少しだけ手をつけて、案の定挫折し、おざなりにティッシュペーパーをしおりがわりにはさんでいて、「ティッシュはさまってるよ」と言われ、恥をかいたこともあった。

国語の読解問題は壊滅的。
でも、勉強が出来ない方ではなかったし、わからない、知らないとは、素直に言えない性格だったので、漢字や文法問題で点数を取りごまかしていた。
自分に欠陥があるとは思っていなかった。

そんな、本には無縁の生活の中で 、私の作文をほめてくれて、作文と国語は全く別ものだと教えてくれた人がいた。
国語は自分の気持ちで解答するものではなくて 、こういう時には一般的にこういう気持ちになるということを解答するクイズ。
なのでその時々の感情が 、楽しいなのか、悲しいなのか、嬉しいなのかを知るために本を読む。
感情の疑似体験。

そう。私にはわからなかったんだ。ずっと。
国語の時間に聞かれる質問の答えが。
印刷された紙片に展開される短い世界に対する質問の答えが。
そう。本当はわからなかったんだ。ずっと。
楽しいも、悲しいも、嬉しいも。
『答え』は、それが正解だと目に見える形で私に迫る。
『普通』は、こう思うのが正解だと私に迫る。
けれど、私は、そうは思わない。
そうか。これはクイズだったんだな。

折しもその頃、クラスの女子たちの間で、ある作家の恋愛小説が流行り出す。
話題はそのことばかり。
どの話が好きか。どの登場人物が好きか。
私の知らない名前、意味のわからない会話が支配する教室。
口が裂けても知らない、わからないと言えない私は、その小説を読むことを余儀無くされる。
膨大な時間をかけて、行きつ戻りつなんとか読んだ一冊目。
苦痛に耐えた二冊目、三冊目、四冊目……。
私のクイズの正解率は上がっていく。
そうやって私は、国語の正解率を上げ、私を作り上げてきた。

そう。私にはわからなかったんだ。ずっと。
そう。本当はわからなかったんだ。ずっと。

「家族で旅行になんていったことないから、この文にでてくるやつの気持ちなんてわからないよ」という生徒に。
「こいつは、かわいそうじゃないよ」という生徒に。
「こんなときは、絶対に許したりできない」という生徒に。
私は、国語はクイズだと伝える。
そして、なぜ本を読むのかを伝える。
じゃあ、こんなときに、嬉しいと思わないのは、間違いなんだろうか。
優しい気持ちにならないのは、間違いなんだろうか。
絶対に許さないと思うのは、不正解なんだろうか。

読書は私に『解答』を与えてくれたと思っていたけれど、本当にそうだったのだろうか。

私は、本を読むことで失敗をしたのではないか。

私が人に答えて、笑うのは、怒るのは、泣くのは、私の本当の感情なのだろうか。
無意識に私は『正解』を提示してしまってはいないだろうか。

本を読むことで、知らぬ間に私は、たくさんの疑似感情で継ぎはぎになっていた。
本当の私は、一体どこにあるんだろう。

そんな時、偶然目にした継ぎはぎの美術。
ガウディのモザイクタイルの美しさ。

モザイクとは、小片を寄せあわせ埋め込んで、絵(図像)や模様を表す装飾美術の手法。

例え、継ぎはぎだとしても、モザイクのように美しい絵が描けるのなら。
その組み合わせは無限にあって。
様々な素材を受け入れて。
パーツが増えるほど、より大きく、カラフルに。
自由に美しい絵がつくれるはず。
様々な解答は素材であって、それを使うのは私。
私が、私の好きな色を選んで置いていく。
ならば、パーツは多いにこしたことはない。

新たなパーツを求めて私は、また今日も本を読む。
より美しい絵を描くために。

 

***

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2015-07-09 | Posted in ライティング・ラボ, 記事

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