ライティング・ラボ

「ブラジャー用洗剤という名の洗脳、またの名を『常識』」《天狼院ライティングラボ小田恵美子さん》


(こちらの記事は、天狼院ライティングラボの小田恵美子さんに書いていただきました。)

 

自分は、ブラジャー用洗剤に洗脳されていた。

それが天啓のように閃いたのは、留学先の中国でのことだ。

中国は、私の初めての長期留学先であった。つまり、知らないことだらけ、分からないことだらけ、読みは外れ、予測しなかったことばかりが起こる、という意味だ。

稲盛和夫氏の名言「楽観的に構想し、悲観的に計画し、楽観的に実行する」が座右の銘であったはずなのに、私はこの留学に於いて「適当に構想し、適当に計画し、適当に実行する」という愚行を犯した。

その報いとしてボディ・ブローのように地味にダメージを与えたのは「適当に」持ってきた化粧品など消耗品の減り具合だった。要は想定していたよりも減るのが速く、いつ無くなるかとビクビクし、代替え品を調達するにも、しばしば苦戦したのである。

日本から持って行ったアイシャドウ・チーク・口紅などのメイク用品が、「もしかして、留学が終わるまで、もたないかもしれない!」と気づいた時の、あの恐怖。恐らく男性にはお分かりいただけないであろう。

幸い、メイク用品はどれも中国で使い尽くすところまでは行かなかった。

しかしその代わり、想定外のものが底を尽いた。私は尋常ならぬ恐怖に襲われた。

一体、何を使い切ってしまったというのか?

ブラジャー用洗剤である。

その昔、生まれて初めてブラジャーを購入した時、女性店員は小型の液体洗剤を手に取って教えてくれた。

「ブラジャーは、必ずこちらのブラジャー専用洗剤で手洗いしてくださいね」

以来、私はブラジャーを、必ず専用洗剤で優しく手洗いしてきたのである。

ところが、よりによって異国の地・中国大陸のど真ん中で、ブラジャー用洗剤などという超レアアイテムが空っぽになってしまった。留学期間は、まだたっぷり数週間残っている。

どうしよう! あれがないと、ブラジャーが洗えない!

そう思った瞬間、私はそれまで感じたこともない程の恐怖に駆られ、取り乱した。
大袈裟に思われるかもしれないが、その時私の中に沸き起こった感情は、確かに「恐怖」だった。何故ならブラジャー用洗剤が手元に全く無いなんてことは、今までの人生で一度たりとも体験したことがなかったのである。それが、全くの異国の地で起こるとは。

だがすぐに、外を散歩して動揺を鎮め、ちょっと落ち着いて考えよう、と思い立った。留学生寮を出て、めちゃ広いキャンパスの中を徘徊する。歩きながら、さて残りの数週間、どうやってしのごうかと考え続けた。

しかし解決策は、100メートルも歩かないうちにあっけなく見つかった。

「単純に、普通の洗濯洗剤を使って、ブラジャーを手洗いすればいいだけではないか?」

直ちに寮に戻りアイデアを実行し、留学が終わるまで続け、事なきを得たのである。

さて、ここまで読んで、読者の皆様は不思議に思われるであろう。「その程度のこと、なんですぐ思いつかなかったんだ? 第一、そんなに取り乱すほどのことか」と。

この件に関して、後日改めて考えてみた。その結果、一つの原体験を思いだした。

生まれて初めてブラジャーを購入した際、下着売り場の店員が私に

「ブラジャーは、必ずこちらのブラジャー専用の洗剤で洗ってくださいね」

と言った時、実は、私は質問していたのである。

「ブラジャーって、普通の洗剤で洗っちゃダメなんですか?」

しかしその途端、店員は思いっきり眉をしかめた。

「絶対ダメです! ブラジャーの生地が傷んでしまいます!」

以来、ブラジャーはブラジャー用洗剤で必ず洗わなければならないものだと思いこんでいたのである。

しかし中国留学から帰国後、私は一度もブラジャー用洗剤を購入していない。通常の洗剤を使っても何の問題もない、ということを留学中に学んだからである。

つくづく思ったのである。「自分は、なんと長い間、ブラジャー用洗剤に洗脳されていたのだなあ」と。

「ブラジャー用洗剤は人生の必携品である」と何の疑いもなく信じてきた。

それが常識であり、決して逸脱してはならないルールだと、長年思いこんでいたのである。「お前にはそれが必要だ。それなくして、お前の人生は立ち行かない」という洗脳を知らないうちに施されていたのである。

しかし実は、ブラジャー用洗剤は決して我が人生に必要不可欠なものではなかった。

確かに、使った方がベターではある。しかし、マストではない。

このような無意識の洗脳は、至るところで行われている。勿論、使うことでより便利・快適になるものが大半であろうし、もはや必携となっているものもあろう。

しかし、本当に「これが当然だ。それは常識だ」と私たちが思っているものは、全て正しく必要なものであろうか? 高度なマーケティングのたくらみに知らないうちに乗せられているのではないか? つまり、もしかしたらブラジャー用洗剤のように無くても特に支障がないものまで「これがなくなると、あなたの人生は大変なことになってしまいますよ」と知らないうちに洗脳されているのではないか?

今もブラジャーを洗うたびに、そんなことをふと考えてしまうのである。

 

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2014-12-30 | Posted in ライティング・ラボ, 記事

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