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オトナのための中学校数学

10.ちょっとカラフルワールド〜円周角〜《オトナのための中学数学》


記事:吉田健介(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 
ジョルジュ・ド・ラ・トゥールという名前を聞いたことはあるだろうか。
17世紀、フランスで活躍した画家の名前だ。
日本ではあまりメジャーではない。ただ絵を見たら「あーなんか見たことあるような、ないような……」
彼の描く世界は独特だ。見るものを絵画の世界へと即座に引き込ませてくれる。絵の知識だとか、意味だとか、そんなものは関係ない。何だか見てしまう。目を画面から離すことができなくなる。光と闇を描く画家。
 
私がラ・トゥール作品で連想する絵は『大工の聖ヨセフ』
暗い部屋。蝋燭の火。少女。老人。
「何だこれ?」と思わず画面を見る。不思議な空気感。神秘的であり、親近感もあり、だがちょっと怖いような……
 
そんなラ・トゥールが2006年、日本にやってきた。初めてまとまったラ・トゥール作品がやってくる展覧会。日本初とあって当時は雑誌やTVの美術番組でも多く取り扱われて話題になった。
 
「東京にしか来ないらしいよ」知り合いが語った。
通常、有名な絵が日本にやってくると、東京以外にも、名古屋や大阪、京都、福岡など、各地を巡回する。少なくても、東京+関西の2拠点は押さえられるもの。だが、2006年のラ・トゥール展については東京でしか開催のみ。知り合いからそう聞いた時は「どうしよう……」となった。
 
何とも見てみたい!
居てもたってもいられなくなり、私は夜行バスに乗って、東京へ向かったことを覚えている。
初めての東京。初めてのラ・トゥール。初めての国立西洋美術館。
3月も終わりに差しかかり、温かい陽気と、風に流れる上野公園の桜。春を満喫しながらも、美術館前に鎮座するロダン『弓を引くヘラクレス』が、私の心を圧倒させた。
 
夜行バスの疲れもあってか、私はゆっくりと作品を見て回った。さすが東京、とでも言うのだろう。平日の朝一にも関わらず、多くの人がラ・トゥールを目当てに、美術館へやってきていた。
 
毎年、日本各地では多くの企画展が開催されている。新型コロナウイルスの影響で、2020年現在は、様々な自粛や規制がなされているものの、日本でも有名な作品が定期的に見ることができるのは、何ともありがたい話である。
ところで、どんな展覧会でも「メインの1枚!」なるものがある。一押しの作品。目玉商品みたいなもの。その企画展の顔となる1枚がある。そして会場へ到着すると、その1枚には多くの人が殺到している。
その1枚に採用された作品は、まさに企画展の顔。電車やバス。SNS の宣伝。駅や本屋に貼ってあるポスターなど、美術館に辿り着く前に、私たちの目に触れることになる。あらゆる機会を通して目に飛び込んでくる。だからだろうか、いやだからだろう。本物を目の前にした時、思わず足を止めてしまうのだ。「おお、これが本物か」
ちなみに、人が1枚の絵に滞在する時間はどのくらいかご存知だろうか。つまり、壁に架けられた1枚の絵に、人はどの程度時間を費やして観賞に浸るのか、という話。
5分? 1分?  はたまた30秒くらい?
 
正解は10秒にも満たない。
つまり、目の前に絵があっても、人は長くて10秒程度しかいないのだ。
本物が目の前にあると「じっくり見ておくか」と思うはず。自然と10秒以上足を止めることになる。芸能人に会った時のように、じっくり観賞。
「想像していたよりも大きいな」
「写真で見るよりも色がきれいだ」なんて思う。
10秒以上は作品の前に佇むことになるだろう。
そうこうしているうちに、後から他のお客さんがやってくる。同時に、作品を見終わった人は列から離れていく。一定の感覚で人を吸い込んだり吐き出したりしながら、しかし列は途切れることなく、大きさを保つ。
 
さて問題!!
(いきなりー!?)
 
絵の前にできた人の列。いったい、どんな形をしている?
上から見たときの形を想像して答えてほしい。
 
チッチッチッチッ……(時計の音)
 
分かっただろうか。
正解は「円」だ。
絵の前に集まる人の形は、上から見ると丸く、円の形となる。
 
「それくらいは何となく想像できるよ」
そんな人も多いかだろう。
 
第2問!!
(え、またー!!?)
 
では、その円の形になった人だかりだが、なぜ円の形になる? 直線や四角形ではなく、なぜ円なのか。自分なりに言葉にまとめてみよう!
 
チッチッチッチッ……(時計の音)
 
さてまとまっただろうか。
 
「まあ、どこからでもよく見えるからじゃないの?」
はい、その通り。
円になった方がどこからでもよく見渡すことができる。
半分しか絵が見えないー! なんて事態にはならない。
 
なぜ円になるのか。その「なぜ」だが、実は中学校で教わったある知識を使うと、わかりやすく説明することができる。それは「円周角」だ。
 
「……円周角?」
 
久しぶりに聞いた人も多いはず。それもそうだ。普段の会話で「円周角」をテーマに話をする人はあまりない。パソコンのキーボードも「演習書く」と変換されるくらい。この場で円周角と聞かなかったら、下手をすると一生思い出すことすらなかったかも。そんな人もいるかもしれない。では円周角、簡単に言うと以下のようになる。図1を見てほしい。
 

 
APBと結んだ時にできる角、これが円周角だ。
この円周角だが、図2のようにPを動かしても角度は変わらない。円の上であれば、どこでも同じ角度になる。これが円周角の特徴だ。
 
では、先程の人の列。そして、円の形になるという繋がり。
この2つをヒントに、なぜ円になるのか、もう一度考えてみよう。先ほどよりもうまく説明することができるだろか。
 
じっくり言葉をまとめたい人は、一度外にでも目をやりながらゆっくり考えてみてほしい。文章はどこへも逃げやしない。脳と対話。
 
壁に架けられた1枚の絵を真上から見ているとする。
これに円周角の図を当てはめると、図3のようになる。
 

 
図からも想像できる通り、円の上であれば、どこからも同じ角度がキープされる。どこからでも絵を見渡すことができるというわけだ。
「僕だけ半分しか見えないー」なんて事態にはならない。Bにきわきわの所にポジションを取ったとしても、ちゃんとAまで絵を見ることができる。だって角度は変わらないのだから。安心安心。
 
面白いのは、訪れた人が誰1人と意識せず、自然と円になっていること。
「円周角の関係から言うと…… この場所に立てば絵が見えるはず…… 間違いない!」なんて考えながら場所取りする人はいない。見えやすい所を探しているうちに、自ずと円になっている。難しいことは考えていない。朝が来たら太陽が登るように、絵の前にすでに人がいたら、円に沿って見えやすい場所を探す。
 
2006年ラ・トゥール展では『聖ヨセフの夢』が告知用の1枚として採用されていた。
そして私が美術館を訪れた時も、その絵の前に多くの人が集まっていた。円の形となって。
 
この先、美術館に行く機会があれば、「円周角」を意識して人の形に注目してみてほしい。
私たちはいつの間にか数学の世界に入り込んでいる時がある。それはあまりにも自然に存在しているため、言われないと気がつかないことも多い。だが、あの頃に教わった数学は、すぐ手の届く所で私たちと生活をしている。そんな場面を1つでも知ることができたら、目の前の世界はいつもよりちょっとカラフルに見えるのではないだろうか。
「へー何だか面白いね」なんて思えたら、ちょっと得した気分になるはず。
 
 
 
 

❏ライタープロフィール
吉田 健介(READING LIFE 編集部公認ライター)

現役の中学校教師。教師が一方的に話をするのではなく、生徒同士が話し合いながら課題を解決していく対話型の授業を行なっている。様々な研究授業で自らの授業を公開。生徒が能動的に学習できるような授業づくりを目指している。

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2020-12-15 | Posted in オトナのための中学校数学

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