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メディアグランプリ

土偶はアイドル


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:森 由貴(ライティング・ゼミ冬休み集中コース)
 
 

「土偶が欲しい」
それは父の言葉だった。土偶、なぜ土偶なのか?私の頭の中ははてなマークでいっぱいだった。

 
 
昨年の初夏、家族旅行に行こうか、と私は両親に尋ねた。海外勤務から帰国して2年程経ち、日本での生活や職場にも慣れ、多少の余裕が出てきた頃だった。両親は意外にも乗り気だった。私は2人が旅行を好きではないのかと勝手に思っていたため、嬉しそうに話す姿を見て少しの戸惑いと嬉しさを感じた。
 
 
当初は東北を予定していたが、私の仕事の都合でじっくりとスケジュールが立てられず、今回は隣の長野県に行くことに決めた。神社巡りが好きな私は、諏訪大社4社のお参りのため諏訪市に行きたいと話した。すると父が、
「諏訪市の隣にある茅野市にも行きたい」
と言い出した。茅野市? 何があっただろうか。「何で茅野市?」と聞くと、こう言った。
 
 
「土偶が欲しい」
土偶? なぜ土偶? 不思議そうな顔をする私の隣で母が苦笑しながら言った。
「だからあの時買っておけばよかったのに」
そもそも父が土偶を欲しいことにも驚きだが、それ以上に過去に土偶を購入する機会があったことも初耳だ。色々つっこみたい気持ちを抑えて父の話を聞くことにした。
ちなみに土偶と言ってももちろん本物ではなく、土偶のレプリカのことである。
 
 
定年退職をして、2年程前から遺跡発掘調査のバイトをしている父。昔は考古学者か生物学者になりたかったというが、なぜか仕事は公務員でしかも林業関係だった。ある時、知り合いに誘われ発掘調査に参加して以来はまり、それからは寝ても覚めても遺跡のことばかり考えているという。
そんな父のように遺跡に魅せられた人たちが、これを知らずして遺跡は語れないというもの、それが土偶である。土偶と言ってもただの土偶ではない。国宝なのだ。現在、全国で国宝に指定されている土偶は5体あり、そのうちの2体が茅野市で出土し、同市内の尖石縄文考古館に展示されている。同じ都道府県で複数体出土しているのは茅野市だけだ。
 
 
実は以前に母と二人でこの考古館へ行ったらしいが、その時は購入を躊躇してしまい、その後ずっと後悔をしていたという。そんな時に私から諏訪に行こうと提案があり、これは土偶を買うチャンスと思ったらしい。
「とにかく本物を見たらその凄さが分かるから」
興奮気味に話す父の話にそれ程大きな関心を示さない私と母であったが、茅野市に行くことは決まった。
 
 
茅野市はぱっと見これといった特徴のある街ではないが、縄文遺跡が至る所から出土する所らしい。尖石縄文考古館もこじんまりとして、失礼ながらここに国宝が2体もあるとは外観からは想像ができなかった。しかし、決して多くはないが入館者が途切れることはない。みんなの目当ては例の国宝の土偶だろう。
 
 
入館して、いくつか展示室を周る。縄文土器があちらこちらに置いてある。
ある展示室に入った瞬間、ここだ、と分かった。
茶色と黒色それぞれ1体の土偶がケース中で私を待っていた。茶色が「縄文のビーナス」、黒色が「仮面の女神」だ。2体は縄文時代中期と後期に作られたものらしく、損傷も少なく、ほぼ完全な姿で出土されたらしい。
 
 
土偶初心者の私でも分かるくらい、他の出土品とは圧倒的に違うオーラが2体にはあった。近寄りがたいような、触ってみたいような、遠くから眺めていたいような、近くで見たいような、不思議な感覚に襲われる。
「縄文のビーナス」は非常に女性的なフォルムで、その時代で愛されそうな女性を意識した女子力高そうな土偶である。反対に「仮面の女神」は顔が隠されており、衣装も幾何学模様で全体的に神秘的な女性像が浮かび上がる。全く正反対の魅力を持つ彼女たちに惹きつけられるのはなぜだろう。父がこれらの土偶に魅せられた理由が分かった気がした。
 
 
土偶がなぜ作られた理由は色々諸説あり、現在でも分かっていない。時間を忘れて2体に魅入っていると、ふとある考えが思い浮かんだ。縄文時代、これらの土偶は人々の中で一種のアイドル的存在だったのではなかろうか。私の頭の中で妄想劇場が幕を開ける。
「新しい土偶見た?」
「見た見た。あれ、隣の集落の娘がモデルらしいよ」
「噂には聞いていたけど、あの土偶、可愛いよね。あのつり上がった目と小さな口、あの体のカーブ、どこをとっても魅力的だし、僕の理想の女性そのものだよ」
「あの土偶だったら毎日拝んでいたらいいことありそうだよね」
「本当、近くに飾って毎日拝み倒したい。あれがあれば毎日頑張れそうな気がする」
「もう一度見たいな。触らせてくれないかな」
こんな会話が繰り広げられ、土偶はアイドルとしての存在価値を高めていったのかもしれない。そう妄想し始めると、土偶や遺跡を見るのが段々と楽しくなってきて仕方がない。
 
 
そんな土偶は5000年以上の時を経てもなお、その存在の輝きを失わず、今でも人々を魅了し続けている。父や遺跡に関心のある人々にとっては、もはや永遠のアイドルと言ってもいいのではないだろうか。
 
 
ちなみにその後、父は無事に2体の土偶のレプリカを購入し、現在、両親が暮らす家の窓辺に並んで飾られている。

 
 
 
 
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2020-01-05 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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