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メディアグランプリ

天丼と、馬の絵と、おもちゃ箱と、「ありがとう」


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:田中美香(ライティング・ゼミ 冬休み集中コース)
 
 
雨の高速をわたしは車を走らせていた。助手席には、黙ったままの母がいる。
 
 
「ご家族の方、急いでいらしてください」
 
 
20分前に母が受けた電話だ。電話は祖父が入院していた病院からだった。電話を受けたとき、「じいじのお見舞いにいこうかね」と支度しているところだった。祖父の好きな飲み物や着替えを準備していたが、その電話でとにかく取るものもとりあえず病院に向かった。
 
 
祖父は数日前に検査のために入院したばかりだった。
なのに、なぜ?
なぜ、急にそんなことに?
 
 
雨の高速は混雑していて、いつもなら30分ぐらいで着くところ、その日は1時間近くかかった。病院につくと祖父の部屋に走った。
部屋に入ると祖父は静かに目をつぶっていた。
祖父のそばに見覚えのある医者と看護師がいた。
そのとき、何を言われたのか、まったく記憶にない。
でも、祖父の目はもう開くことはなかった。
 
 
バタバタとお通夜だ、告別式だ、と終わっていった。
あんなに元気だった祖父が、なぜ。あまりにも急で意味がわからない。何が起こったのかまったくわからない。病院でも、火葬場でも、葬儀でも、涙がでなかった。ただただ、ぼんやりしていたような気がする。
 
 
祖父とわたしは仲が良かった。
初孫ということもあったのかもしれない。
まだ幼稚園に上がる前、祖父とふたりで浅草の大黒屋で大きな海老の天ぷらがのった天丼を食べた。使い慣れない長い箸で海老の天ぷらを自慢げに持ち上げた瞬間、口に届く前に床に落ちてしまった。半泣きになりそうな顔のわたしに、祖父は何も言わず自分の海老の天ぷらをくれた。怒られると思ったのに、ニコニコしている。わたしはどんな顔をしていいのかわからず、下を向いて黙々と食べた覚えがある。もう海老の天ぷらは落とすまいと思った。
 
 
祖父は絵が上手だった。
特に走っている馬の絵は最高だ。いまにも紙から走り出てきそうな馬たちだ。「描いて、描いて」というと私の気が済むまで、何頭も馬を描いてくれた。半紙、画用紙、ときには新聞広告の裏にも描いてくれた。描きあがると絵を見るわけでなく、すぐに「こっちにも描いて」とねだる。わたしは祖父が描いている姿を見るのが好きだったのかもしれない。
 
 
おもちゃ箱も作ってくれた。
買ってきた木材を切り、丁寧にヤスリをかける。自作の糊で継ぎ合せ、乾かしてそこに小さな釘をうつ。その上からまず透明の液体を塗っていた。そしてそこに薄い和紙をはる。じっくり乾くのを待つ。もう一度、その液体を塗る。乾くのを待つ。その上から別の和紙をはりつける。その上からまた透明の液体を塗り、乾かし、さらに塗って乾かしていたようだ。最初、おもちゃ箱を作ってくれるというので、馬の絵のようにあっという間にできるものと思っていた。部屋に遊びにいってもなかなかできないおもちゃ箱。今日はここまで、といわれて、なんでまだできないのか、と駄々をこねたことを覚えている。こどもはそんな地道な作業は待てない。すっかりおもちゃ箱に興味を失ったわたしだったが、「そーら、できたぞ」と持ってきてくれたときは、それはそれはおもちゃ箱に狂喜し、いくつかままごと道具をしまうと、その蓋の上でぴょんぴょん跳ねた。こどもでも持てるような軽いおもちゃ箱。ぴょんぴょん跳ねてもびくともしないおもちゃ箱。ひっかいても簡単には剥がれないおもちゃ箱。職人芸の技術だ。
 
 
若い頃から仕事もせず、自由奔放に生きてきた祖父。
周りがどう思っても、わたしにとってはなんでも作れる、どこにでも連れていってくれる大好きな祖父。
 
 
浅草寺はしょっちゅう行った。
その近くの弁天山公園はいつもの遊び場。
花やしきもつれていってくれた。
松屋デパートも行ったし……
 
 

祖父の死から数ヶ月後、何も変わらない祖父の部屋でそんなことを思い出していた。
 
 
ふとそのとき、部屋の扉の内側に封筒がはってあるのがわかった。
 
 
封筒の表に
「この世ははかなし」
と達筆な筆で書かれている。間違いなく祖父の字である。
 
 
封筒の中には写真が入っていた。シュッと着物を着た祖父が正面向きで写っている。「あっ」と息を呑んだ。
遺影にするつもりだったんだ……
 
 
「気づかなくてごめんね」
 
 
でも、格好良すぎる。
ドラマのようじゃないか。
 
 
わたしは笑ってしまった。そう、笑ってしまったのだ。
でも笑えば笑うほど、涙がでてくる。
涙が止まらない。
祖父が亡くなってからはじめて涙を流した。
 
 

祖父はきっとなにかを感じていたのだ。
 
 

検査入院する日、うちの店にきて、みんなの前で「ありがとうございました。いってきます」って挨拶してたっけ。礼儀正しい祖父は、帽子をとって、深々とお辞儀をしていた。スタッフは恐縮しちゃって「さびしいから、早く戻ってきてね」とか「検査入院だし、1週間もしたら帰ってくるんだから」とか、言ってたっけ。その「ありがとう」は、みんなからの応援の言葉に「ありがとう」って言っていたと思っていた。
 
 
「気づかなくてごめんね」
 
 
今、仏壇にはそのシュッとした祖父の写真がある。
 
 
馬の絵も、おもちゃ箱もいまはないけれど。
「ありがとうございました」の声はしっかり耳に残っている。
 
 
 
 
***
 
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2020-01-09 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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