メディアグランプリ

アボカドの刺身が教えてくれたこと


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:水杉文香(ライティングゼミ平日コース)
 
えらく感情のこもった声だった。
 
「あそこの店のアボカドの刺身は絶品なんですよ!」
 
私の勤めているマッサージ屋には、Yさんという常連客のおじいさんがいる。
いつもマッサージを受けながらの会話を楽しみにしていて、1時間ずっとおしゃべりが止まないこともある。
ほうほう、なるほど……と聴きながらも、手元のリズムを崩さないように、私は淡々と話に耳を傾けていた。
 
アボカドの刺身なんて、王道中の王道じゃないか……。
実を縦に二つに切って、皮をむき種を取ったものを刺身のようにスライスする。わさび醤油などと一緒に食べるとトロのような味がする。そんなことは私だって知っている。緑色のグラデーションを活かした刺身の盛られ方まで、容易に想像できた。
今や日本の食文化は多様性を丸ごと飲み込むかのように、もっともっと進化している。
寿司にアボカドはもちろん、メキシコ料理のワカモレだの、アボカドグラタンだのと、いろんな食べ方がある。その中でアボカドの刺身というのは、醤油をかけるだけ。最もシンプルでポピュラーな食べ方だ。まさに王道中の王道として知れ渡っている。
 
「へぇ〜! そうなんですか。アボカドって美味しいですよねぇ〜」
 
そんなん知ってるよ、今更。と思いながら話を聞き流そうとする私。
知っていても知らないふり。無知であることの方が喜ばれるなんて嫌な世の中だ。子供をあやすように、感心したように老人の話を聞く。些細なことでも「知ってる」を「へぇ〜!」に置き換える、作業。感心を装ったスルースキル。Yさんはそれでもしつこく話を続けた。
 
「そんなのどこで食べても一緒でしょう? って言われるんですよ。でもね、違うんです。全然違うんです!」
 
「味がですか? どう違うんですか?」
 
「もう、とろっとろに、トロッ! なんですっ!」
 
「ほう……」
 
いい加減にアボカドの話がしつこいなと半分思った。それでもYさんの話の熱量からして、続きを聞かずにはいられなかった。
 
「不思議なんですけれどね、どこの店のものより美味しいんですよ。いろんな友人を連れて行くんですが、みんなその美味しさに驚いていますよ。とにかく違うんです!」
 
「特別なアボカドを使っているとかですか? 高級なものとか?」
 
「いえ、普通のアボカドだそうです。その辺のスーパーに売っているものなのだそうです」
 
ますますわけがわからない。
この話にオチはあるのか。アボカドのように割ってみなければ分かるまい。
 
「じゃぁ、調理の仕方が違うとか? でも、刺身ですもんね。包丁で切るだけですし」
 
「そうなんです。店のマスターも特別な調理はしていないと言うんです」
 
「え、それなら一体なぜ? その違いを生んでいるのは何なんでしょうか? まさか醤油、とかじゃないですよね?」
 
「違います。それもすでに確かめました。だから聞いてみたんです。ここのはなんでこんなに美味しいのかって」
 
Yさんの話に私はもうすっかり引き込まれていた。表面だけの相槌なんかすっかり忘れて聞き入っていた。
 
「マスターはこう言うんです。他の店と違うことがあるとすれば、自分は師匠に言われたままをやっているだけだって。自分を料理人としてを鍛えてくれた師匠がいて、その人が言ったことを今も忠実に守っているそうですよ。例えばね、アボカドを10個使うとしましょう。そうすると、アボカドは何個必要ですか?」
 
「10個使うなら、10個じゃないでしょうか?」
 
「そう思いますよね。でもその師匠は言ったんだそうですよ。20個買えって」
 
「どう言うことですか?」
 
「20個を選んで買った中から、使うその日の段階で一番いい状態のものを選んでいるのだそうです。良さそうだと思って選んだ20個の中にだって、使うには早すぎるものと、遅すぎるものがあるはずです。その中からまた選ぶ。もちろん何個かロスはあるでしょうが、そうすると最も良い、刺身に適したアボカドが選べるのだそうです」
 
「確かに、熟れすぎた遅いものは使えないとしても、早いものは待てばいい。なるほど」
 
アボカド選びで失敗することは多い。
サラダや料理に使う目的で買っても、割ってみると中身が繊維化していたり、柔らかすぎたり、固すぎたりすることもある。私もスーパーの売り場で買うときは試しに手で握ってみる。閉店間際のスーパーでは、恐らく大勢が緩くに握ったせいであろう、グズグズのアボカドに出会うこともある。そうゆうのは買ってはいけない。そういうアボカドを避けるためにも、まずは手にとって確かめなければわからない。それでも失敗は多い。
 
しかし毎回20個買うとなったらどうだろう? たくさんのアボカドの中から最もいいと思ったものを20回選ぶことになる。それを繰り返すうちに自然と「良いアボカド」を見る力が鍛えられるだろう。それだけではなく、20個のうちから「その日に良いアボカド」を選ぶ。単純なようで、よく考えられたシステムだ。数撃てば当たるなどの論理ではないだろう。
コツは冷蔵庫の中で毎日アボカドの選抜総選挙を行うこと。その上位メンバーだけが、刺身として提供されるのだ。
アボカドの刺身は、柔らかすぎず固すぎない。「丁度良い」のだ。その「丁度良い」を選ぶ行為を洗練させていく作業。それは一見するより実はもっと奥深いのかもしれない。
 
Yさんからその話を聞いて以来、アボカドを見かけるといつもより多めにカゴに入れるようにしている。2個使う時は5個買って、その日に最も良い状態のものを食べている。不思議なことに、今までよりも格段に美味しいものに当たるようになった。
美味しいアボカドが食べたい人は、一度この方法を試してみて欲しい。勿論失敗することもあるが、見る目は着実に磨かれる。
 
Yさんは毎週マッサージにやってきて、いつもたくさんお喋りをする。今度会ったら美味しいワカモレの作り方を教えてあげるつもりだ。
 
 
 
 
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2020-01-10 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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