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父が教えてくれた手紙の書き方

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:中崎潤(平日ライティングコース)
 
※ この記事は一部がフィクションです。
 
突然、父がぼくを訪ねてきた。
その当時ぼくは、仕事の失敗に加えて、つきあっていた彼女とも別れ、失意のどん底にいる真っ最中。
なぜか数年ぶりに顔を見せようとする父を追い払う気力もなく、一人暮らしのアパートに招き入れた。
「最近、調子はどうだ?」
「うん、まあまあかな」
父の問いに適当に答える。調子はすこぶる悪い。正直、父の相手をするのもおっくうであった。
「ちょっと頼まれてくれんか」
近況報告もそこそこで終わると、父は便せんを出してきた。
「手紙を書きたいんだがな。ほら、父さんは字が汚いだろう。代わりに書いてくれんか?」
なぜ、ぼくに代筆? そう思う間もなく、父はぼくを押しつけるようにしてちゃぶ台に追いやった。
確かに父は、字の汚さに関しては定評がある。「1ボルト」と書いてあるので何のことかと思ったら「1000円」のことだった。父の字の汚いエピソードは数えればキリがない。代筆を頼みたくなるのも、ちょっとはわかる気がした。
「父さんの親友がな、その、なんというか困っているらしくて、はげましてやりたいんだ」
父がはげます? 無口でそっけない感じの父が、そんなことをするのは未だかつて見たことがなかった。全然やる気がなかったぼくに、ほんの少し好奇心がわいてきた。
 
「今、君は……」
ゴニョゴニョと話す父の言葉が聞き取れない。文面は考えてこなかったらしい。
「ぼくが考えてあげようか?」
ふと出た提案に父がうなずく。
 
父の親友の状況を聞くと、事業で失敗して家族とも疎遠になっているとのこと。なんだか自分自身にも重なるところがある気がして、ぼくも珍しく真剣に聞いていた。
「事業の失敗が何だ。またがんばればいいいじゃないか、というようなことを書けばいいかな?」
「ばかたれ!」
父が語気を荒くした。自分でもそれに気づいたらしく、父は咳払いをした。
父に怒られたことがない、と言えばうそになるが、子供の頃から父に何かを言われた記憶があまりなかった。
貿易関係の仕事についていた父は、朝早くから夜遅くまで家にいなかったし、海外出張や休日出勤も当たり前。家族団らんと言えば、ぼくと母、母方のおじいちゃん、おばあちゃんで過ごすことがほとんどだった。父の不在が当然の暮らしを送っていたから、父との記憶が少ないのは無理もない。そのせいか父とぼくとは仲が悪くもないが良くもない。もっとざっくり言ってしまえば顔見知り程度の他人――という表現がピッタリな関係だった。
そんな父が声を大きくしたのだから、ぼくは面食らってしまったのだ。
「……お前は自分が失敗したときに、またがんばればいいと言われると、どんな気がするんだ? 現実的には、またがんばるしかない。それはそうだろう。でも、がんばる前にそんなこと言われたら、うるさく感じないか?」
父の言葉には、なるほどと思うところがあった。
つい先日、愚痴りたくなって実家の母に電話したときに「がんばんなさいよ」と言われたのを思い出したのだ。
またがんばるしかない。そんなことは本人だってわかっているのだ。それができないだろうから、父がはげまそうとしているのだ。
「がんばれ」のエールは、「他人だからそんなことが言えるんだ!」と返されそうになるのが自分の体験からも予想できた。
ぼくは文章を考え直した。
「事業で失敗したのは残念だった、ということを書けばいいかな?」
「うむ」
それから父は、ボソリボソリと書いて欲しい言葉を伝えてきた。それをどうにかしてつなぎ合わせて便せんに書きこむ。ぼくの思いつきの言葉も、父が採用すれば書いていった。
 
事業で失敗したのは残念だった。あなたが、どれだけ事業に力を注いできたのかは知っている。その一生懸命やってきたことは、本当に大切なことだと思う。失敗は一度かもしれないが、それ以上に成功をしていることを思い出して欲しい。大事な人とも疎遠になってしまったかもしれない。でも、あなたのことを愛している人もいる。あまり会う機会もないが、私はあなたが生きていてくれるだけでうれしいのだ。もちろん、これから出会う人が、あなたを愛してくれることも絶対にある。
 
そういった内容を書いた便せんは、枚数にすればたった2枚だったが、父の思いがしっかり込められていた。
はげます、と言うよりは、温かく見守っている。そんな感情が父にあることが新鮮な驚きだった。
書いていたぼくでさえ、心が穏やかになっていくのを感じていたのだった。
「ありがとう」
便せんをカバンに入れると、父は来たときと同じようにさっさと帰っていった。
 
父との出来事があってから3日後のことであった。
実家からダンボール1箱のりんごが送られてきた。一緒についていたのは若草色のしゃれた封筒。母のきれいな字で「父さんがどうしてもこれをと言うので送ります」と書いてあった。
封を開けると、父の親友宛てに書かれた2枚の便せんが入っていた。
父の親友――それは、ぼくのことだったのだ。
 
携帯電話のない時代である。今にして思えば、連絡もなしに父が訪ねてきたときに、私がアパートにいたのは幸運だった。
父の三回忌のときに、この話をしたら母は驚いていた。父は、このことを母にも黙っていたのだ。ひとりでこっそり出てきて、ひっそりとぼくに会いにきたのだ。
今ではPDFファイルとなった、この手紙を読み返すたびに、父から教わった手紙の書き方を思い出さずにはいられないのだった。
 
 
 
 
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2020-01-10 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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