メディアグランプリ

精神科医はレーシングメカニック


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記事:中村夏子(ライティング・ゼミ平日コース)
 
「長い目で見ると、抗うつ剤出さなかった方が良かった、ってことあるよ」
「俺のしてることって、なんなんだろう、って思うこと、ある、ある」
 
驚きで、体が固まってしまった。なぜこんなに正直なのか。
かかりつけの精神科医が私に向かって話した。
 
「結局、抗うつ剤を飲んでも、うつはよくならないよねー。薬は私を救ってはくれないわ」
と私が言った言葉に対しての返事だ。
投薬で症状が改善したのか、それとも年齢を重ねて、病気と向かい合う中で、病気への取り扱いが慣れてきて、症状が良くなったのかも分からない。
さらには、時間が解決したのかもしれないからだ。
 
「でも僕には、患者さんの話を聞くことができるんだよ」と静かに、医師は付け加えた。
 
そうなのだ。救ってくれるのは、薬ではなく、言葉なのである。概念というべきか。
 
白衣を着ることはなく、患者さんが話しやすいだろうという気配りなのか、いつも私服である。冬はたいていニットのセーターだ。患者さんの話を聞きながら、紺色のインクの万年筆でカルテを書く。決してキーボードでカルテを打たない。このいささか古めかしい医師が、私が23年通う、つばき医院の医師だ。
 
診察室のドアを開け入っていくと、冬には赤いポインセチアの鉢植えが飾ってある。医師はおもむろに私の顔を見つめる。椅子に座る前から診察は始まっている。机の横にある椅子に座る。カルテを書き込みながら、静かな声で「どう? 調子は」と毎回決まって質問する。ここから、雑談のようにしながら、私の経過報告が始まる。この2週間の出来事、気持ちの移り変わり、寝つきはいいか、夜中に目は覚めないか、朝は起きられるか、つらくはないか、など。
 
以前同席した小学生の娘は「全然病院じゃないじゃない」と不思議そうにしていた。
聴診器も、口を大きく開けて喉を見せることも、注射もないからである。
 
私は、今では双極性障害と言われているが、躁うつ病である。
インスタグラムで、私が処方されている薬「ビプレッソ」と検索すると、たくさんの人が精神科で処方された薬の画像をアップしている。
皆さん、種類、量ともに多い。私には山盛りに見える。
 
残念なことに、薬は精神の病を救ってはくれない、と私は実感している。
確かに、ある程度の、睡眠不足や、精神の不安定さなどは除いてくれるだろうが、あの小さな「錠剤」がこころの病気の原因である「私の背負っているもの」を粉砕し、さらには、こころの傷をふさいでくれるとは、決して思えないのだ。
 
精神科が他の科と、決定的に異なる点がある。
それは、娘が不思議がったように、血液検査も、レントゲンも、MRIもないのという点だ。つまり、患者自らが「自分で、どんなにきついのか、病状を説明しなければならない」という点だ。
こころが辛い時に、この辛さを他人に説明することが、一苦労なのである。
非常に言語化しにくい感情も多々ある。
どう話せば医師に伝わるだろうか、と待合室であれこれ考えを巡らせる。
これだけでも、余計に憂鬱になってしまう。
 
私と医師の関係は、例えるならば、「私がF1のカーレーサーなら、精神科医はレーシングメカニック」といったところではないだろうか。
2週間に1回必ず、受診する。
その2週間で起きたこと、こころの様子、やっとの思いで自分の感情と何とか折り合いをつけて暮らしたこと、を話す。
その様子から、医師は私の診断をする。
 
「コース」という人生、簡単に言うと、「毎日の暮らし」を走るのは自分なのだ。
決して医師は導いてはくれない。
 
私と医師は、チームなのだ。医師が私の病気を引き受けて、私の人生に伴走して治してくれるのでは、どうやらなさそうなのである。
「私」が人生の、そして治療のハンドルを握るのだ。
医師に任せっきりでは決してよくならない。
これは23年、精神科に通院して実感していることだ。
 
診察の間隔も2週間が最適なのか、1か月なのか、2か月なのか、いろいろ試してみた。
1月あくと、「調子はどう?」と聞かれても、間隔があきすぎて、つかみどころがない。
かといって1週間おきでは、間隔が短かすぎて通院漬けの気分になる。
なので間をとって今のところ2週間で機嫌よく続いている。
 
投薬の種類や量も、医師と相談しつつ、自分はどこまで投薬で自分のこころのコンディションを補正したいのか、常に医師と突き合わせながら、すすめる。私としては、症状のない時では薬なしでいきたいところだが、医師としては心配らしい。ドスンとまたうつに落ちたり、躁になってしまってからの治療は大変なので、何もない時もある程度、薬で補正したいそうだ。
 
今年で躁うつ病と診断され9年。最初は、自分に絶望した。
精神障害者手帳をもらい、凹んだ。
躁うつ病の症状が出ないように、なるべく「排除して」「ならないように」していた。
しかし、躁うつ病の自分も、自分なのである。
私にとって躁うつ病は私の最大の欠点で、隠すべき点なのだろうか。
これは、自分の一部を否定しているのではないか。
 
それも私の一部、だと認めてみよう。
自分の中に、いい自分と悪い自分がいるのだろうか。
ただ病気なだけ、それだけのことではないのだろうか。
それ以上でもなく、それ以下でもなく、それも含めて私、なのである。
 
持病と付き合うとは、楽に通える頻度で通院し、病気を持っている自分を許し、認めることではないだろうか。
 
 
 
 
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2020-01-16 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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