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いじめられっ子がなぜモテるのか


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:岡 幸子(ライティング・ゼミ 日曜コース)
 
 
「アンケート結果からも、日々の授業で生徒を見ている実感からも、本校にいじめはないと思います」
 
学校説明会で中学生の保護者から「いじめはないか」と質問されて、私は迷いなくそう答えた。
自信があった。
でも今は、教師の自分がそんな風に断言したことを後悔している。
 
後悔のきっかけは、成人式を一年後に控えた我が娘が
「成人式、やっぱり行きたくない」
と言い出したことだった。
 
娘は中学2年でいじめにあった。
相手は、同じクラスの男子生徒。
生徒会役員で部活の幹部。成績も、先生受けも良い。
その彼から悪口を吹き込まれたクラスメイト達は、男女とも一様に娘から離れていった。特に男子は、ほぼ彼の言いなりだったらしい。
 
娘にとって、いじめは万華鏡のようなものだった。
 
昨日まで仲良く話していた友達が、今日は自分を無視する。
万華鏡のように世界が激変する。
それは、心を病むほどの恐怖体験となった。
 
5月になると、
「食べ方が汚い」
と言われるのが嫌で、一口も給食を口にできなくなってしまった。
その状況は翌年のクラス替えまで続いた。
 
「同じ中学の人が誰も行かなくて、できれば男子がいないところがいい」
 
希望のかなった女子高に進学したが、そこでもまた、良くも悪くも万華鏡のように人間関係が一日で変わる体験を何度かした。
 
仲良くしていても、ある日突然無視されるのではないか。
クラスメイトが、陰で自分の悪口を言っているのではないか。
そんな不安が朝、手足が動かない、登校途中で吐き気や腹痛に襲われる、視線が怖くて動悸がする、などの身体症状を引き起こした。
学校へは行ったり行かなかったり。
心療内科へ通院し、脳のCTやMRI検査も受け、修学旅行には参加を認める診断書が必要になった。
 
この苦しさ、生きにくさの発端は、中学時代の人間関係にある。
だから、中学校の同級生が集まる成人式には行きたくない、という気持ちもわかる。
何より、成人式は行かなくてもいい式典だし、実際、父親は行っていない。
それでも、一生に一度の晴れの日を堂々と迎えてほしいという母親(私!)の願いから、渋る娘と話し合い、振袖を着て成人式へ行くことにしたはずだった。
すでにレンタル契約も済んでいる。
 
「振袖着てほしいなぁ」
「中学の人達に会ったら、きっと暗い気持ちになるから……」
「大学も、最初は男子が怖いって言ってたけど、通ってみたら大丈夫だったじゃない」
「うん。それは良かった。みんな私に優しいんだよね」
 
娘は大学生になると自分でも驚くほどモテた。
実習で一緒になった他学科、同学科、バイト先……
いろいろな男性からデートのお誘いを受けるようになった。
 
それは中学時代の恐怖体験から、できるだけ相手の怒りを買わないように、空気を読んで話を合わせることを心掛けてきた副産物のようだった。
 
嫌われるのが怖いから、相手の話をじっくり聞く。
少しくらい自分の意見と違っても、空気を読んで否定せず穏やかにうなずく。
 
それはもう小動物が肉食獣から身を守るために得た行動のように、勝手にそうなってしまう。
女友達に対しても同様で、気が付くと相談役になっているらしい。
 
「男女両方からモテるのはいいね。でも疲れるかぁ」
「私の話も聞いてーってなるときもある(笑)。今のグループに居場所があるから大丈夫だけど、私のことを嫌ってる人も多いよ」
 
まあ、それは仕方ないだろう。
 
心配なのは今でも時々、仲のよい友達との人間関係が壊れてしまう恐怖に襲われていることだ。
これもいじめの副産物か?
 
「そういえば、中2の頃、無視される以外のいじめってあった? 上履きを隠されるとか、掲示物を逆さに貼られるとか、机にゴミを入れられるとか」
 
私が中学時代に経験したことを聞いてみた。
 
「そういうのは、なかった」
「えっ? 無視されただけ?」
「頭いいから証拠が残るようなことはやらないんだよ。嫌味言って、友達に無視させてさ」
「無視は辛いよねぇ」
「存在を否定された感じで、ここにいちゃいけない、死んじゃおうかなってなる」
「死んじゃだめだよ!」
 
本当に、死ぬくらいなら休めばいい。
学校より命が大切だ。
 
少し考えて、娘が言った。
 
「給食を食べられなくなってしばらくした頃。ある男子が、『どうしたら許すの?』って、私の近くであいつに聞いてくれたんだ。それで、『謝ったら許す』って言うのが聞こえた」
 
聞けば「あいつ」と娘は、いじめが始まる直前まで「友達」で、メールのやりとりを頻繁にしていたらしい。
ある晩、娘は面倒になってメールに返信しないで寝てしまった。
その翌日から、無視が始まったという。
 
「だから謝ればよかったのかも知れないけど、聞こえよがしに言われて私も意地になって、絶対に謝るもんかと思ったんだ」
「ええっ? 謝ってれば、無視とかされずに済んだんじゃないの?」
「多分そうだろうね……だけど、その時は、そんなにずっと無視が続くと思ってないし」
「謝らなかったせいで、給食も食べられず、病院通いが高校まで続いたわけかぁ……」
 
ちょっと待って。
謝る? 謝らない?
この違和感は何?
 
頭の中で万華鏡が動いた!
私に見えていた娘のいじめ体験が、まるで姿を変えてしまった。
 
「そもそも、あなたが彼のメールを無視したことで怒らせちゃったわけだ」
「うん」
「彼は謝ってほしかったのに、その気持ちも無視したわけだ」
「そう」
「無視は辛いよねぇ。存在を否定された感じになる」
「……」
「彼も、あなたに無視されて嫌な思いをしてたんじゃないの?」
「そうかも。今思うと『食べ方が汚い』って悪口言って、私に言い返して欲しかったのかも知れない。無視してたけど」
「それなら、対等なケンカじゃない!」
 
この、自分が一方的にいじめられていたわけではないという気づきは、娘の気持ちを大きく動かした。
 
「あいつに会ったら謝ろうかな」
「えええっ? 何を謝るの?」
「メールの返事出さなかったの、ごめんねって(笑)」
 
すごい。余裕だ。
 
「成人式、行くね?」
「うん、行ってモテ散らかしてやる(笑)」
 
振袖が無駄にならなくてよかった!
 
いじめは万華鏡だ。
教師の私には美しく見えている世界を、苦しい気持ちで見ている生徒がいるかも知れない。
 
いじめがないと断言するのは、思い上がりだった。
生徒に寄り添い、一人一人が見ている世界を一緒に、そっと覗いてみなければいけない。
子供たちは繊細だ。
大人にとっては小さなことでも、本人が辛く感じているなら切り捨ててはいけない。いつでも援助の手をさしのべる準備をしておこう。
 
この瞬間、いじめに悩んでいる人に伝えたい。
絶対に死なないで、生き延びてほしい。
いつか万華鏡のように世界が変わる日がきっとくる。
その経験を上手くいかせれば、悩んでいる人の力になることもできる。
 
モテ散らかしてやると、笑える日が来ることもある。
 
 
 
 
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2020-01-17 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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