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メディアグランプリ

世界の中心で、「助けてください」とさけぶ


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:高橋実帆子(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「助けてください……」
 
思わず、天を仰いでつぶやいた。
 
お正月休み最終日、東北新幹線の車内である。盛岡発、東京行きのやまびこ43号は、Uターンのお客さんでごった返していた。
 
私も8歳と3歳の息子たちを連れて、夫の実家から東京に戻る途中だった。帰省中、夫婦で順番に熱を出して寝込んでしまったので、実家に夫を残し、比較的回復が早かった私が、子どもと一緒にひと足早く帰京することになったのだ。
 
その、車内での出来事。
風邪ぎみだった3歳の次男も、元気におにぎりやパンを食べて長男と遊んでいたので、「大丈夫そうだな」とほっとして、「本でも読もうかな」とカバンに手をかけたとき、事件は起こった。
新幹線の揺れに酔った次男が、「マーライオン」してしまったのである(お食事中の方、すみません)。
 
お母ちゃん歴8年、私もこの手の事態には慣れている。
カバンには、酔い止め、子どもたちの着替え一式、タオル、ビニール袋複数、ティッシュ1箱を常備している。
しかし今回の事態は、私ひとりの対応能力を上回っていた。次男だけでなく、隣に座っていた長男のほぼ全身と、3列並びの座席の大部分が汚染されてしまったのである。
加えて運の悪いことに、こういった場合、片づけの命綱となる「ウェットティッシュ」を、先ほど兄弟が食べたみかんの汁を拭くために使い果たしてしまっていた。
 
空っぽになったウェットティッシュのケースを握り、私は天を仰いだ。
 
「助けてください……」
 
その瞬間、私は突如としてひらめいた。
15年以来抱いてきた、ある「疑問」の答えが見つかったのである。
 
『世界の中心で、愛をさけぶ』という映画がある(原作は片山恭一の同名の小説)。15年ほど前に大ヒットし「セカチュー」ブームを巻き起こした純愛映画だ。主人公サクとアキは高校生。恋に落ちる二人だが、アキが重い白血病にかかってしまう。アキに残された時間を楽しい思い出で彩るために奮闘するサク。入院中で修学旅行に行けなかったアキをオーストラリアに連れて行こうと、二人で向かった空港で、アキが意識を失ってしまう。サクはアキを腕に抱いて、こうさけぶのである。
 
「助けてください!」
 
映画のクライマックスともいえる重要な場面だが、私にはずっと気になっていることがあった。
この映画のタイトルは『世界の中心で、愛をさけぶ』である。けれど、サクが「好きだ!」「愛してる!」などとさけぶ場面は、少なくとも映画の中には登場しない。サクはもともと、どちらかといえば寡黙で、自分の気持ちを表現することが得意ではないタイプ。そんなサクが唯一、感情を爆発させるように発するのが、「助けてください」のセリフなのだ。
 
であるならば、この映画のタイトルは本来、『世界の中心で、愛をさけぶ』ではなく、『世界の中心で、「助けてください」とさけぶ』となるはずだ。タイトルとしては語呂が悪いので、採用されないのは仕方がないとして、「愛をさけぶ」場面がいったいどこにあったのだろう?
映画そのものにはとても感動したのだが、この疑問は喉の奥に引っかかった小骨のように、「セカチュー」についての情報を見聞きするたび、私の中によみがえってきていた。
 
しかし、今、満席の東北新幹線の車内で、周りの乗客の視線を浴びて子どもたちの着替えと片づけに取り組みながら、私ははっきりと理解していた。
 
「助けてください」と我を忘れてさけぶ。
それこそが全身全霊で、誰かを愛するということなのだと。
 
子どもが生まれる前の私は、「人に頼る」ことがとても苦手だった。「何でもひとりでがんばって偉いでしょう?」という自慢ではない。おそらく、私は傲慢だったのだと思う。人の力を借りなければ目の前の問題を解決できない、自分の力不足を認めることがこわかった。自分ひとりで何とかできそうな範囲のことしか引き受けないし、自分のキャパシティを超える課題に直面しても、力業でねじ伏せて自力で何とかしようとしてきた。
 
ところが子どもが生まれ、それどころではなくなった。生まれたての赤ん坊は、24時間365日、誰かの手助けを求めて泣きさけぶ。食事も、排せつも、眠ることもひとりではできない。おもに世話をする母親の私も、誰かの手を借りなければ、まともな睡眠をとることさえままならない。人類が長きにわたり繰り返してきた「子どもを育てる」という一大事業の前で、私ひとりの力はあまりに小さく、無力だった。
 
子どもが無事に成人するまで、私自身が倒れずに走り続けるためには、ちっぽけな意地を捨て、なりふり構わず「助けてください」と声を上げ、周りの人の手を借りるしかないのだと、私は早々に腹をくくらなければならなかった。
 
命に代えても守りたいものができたとき、人は自分の非力を受け容れる勇気を手に入れる。そして、大切なものを守る上で足枷になる無用のプライドを、脱ぎ捨てることができるのではないだろうか。
空港で「助けてください」とさけんだとき、サクはたしかに、「恋」ではなく真実の「愛」をさけんでいたのだ。
 
さて、やまびこ43号である。
座席の足もとに這いつくばり、もくもくと片づけをしていた私の頭上から「これ、どうぞ」という声が聞こえてきた。
顔を上げると、前の席に座っていた女神……ではなく子ども連れのお母さんが、ウェットティッシュをパックごと差し出してくれていた。
「坊や、気持ち悪くなっちゃったのね。かわいそうに。これ、全部使って」
 
通路を挟んで反対側の席に座っていたサラリーマン風の男性も立ち上がり、「これもどうぞ」と除菌ウェットティッシュを差し出してくれた。
斜め後ろに座っていたご婦人は「これも使って。きれいだから」と首に結んでいたスカーフをほどいて息子に渡してくれた(後で確認したら、高級ブランドのものだった)。
死にもの狂いで誰かを愛したことがある人は、たぶん、同じ経験をしている人にやさしさを分けることができるのだ。
 
8年間、プロのお母ちゃんとしてさまざまなピンチを切り抜けてきて、ちょっとやそっとのことでは涙も出ない私なのだが、なぜだか視界が曇って、助けてくれた皆さんの顔もよく確認できなかった。
一人ひとりきちんとお礼を伝える余裕もなかったけれど、この恩はいつか、どこかで出会う「世界の中心で、『助けてください』とさけんでいる」誰かに、きっとお返ししていこうと思っている。
 
 
 
 
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2020-01-17 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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