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「あなたのため」は、誰のため?《週刊READING LIFE Vol.65 「あなたのために」》


記事:丸山ゆり(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 

「あなたのためを思って言っているのよ」
 
何度この言葉を言ってきたことだろう。
それでも、この言葉を発するたびに、私の心の奥で何かがうずくのだ。
今、自分の口から出た言葉を、別の自分が「違う」と言っている。
そんな感覚だった。
そんな経験が何度もあったのだ。
 
今から24年前、娘を授かった瞬間から、私の初めての子育てが始まった。
元々、子どもが苦手だった私。
どんなふうに、あやしていいのか、わからない。
どんなふうに、間をつなげばいいのか、わからない。
犬や猫でもそうだけれども、命を預かることはとても大きな責任を感じる。
ましてや、子どもを育てるなんて最高に責任が重い。
子育てに無知な私は、何かにすがるような思いで、育児書を読み漁った。
当時発売し始めていた、人気の育児雑誌も毎月読んだ。
 
当時の私は、その中に書いてあることが、いわゆる子育ての「正解」だと思っていたのだ。
 
「〇カ月には、寝返りを打ちます」
 
「△カ月には、伝い歩きをします」
 
そんなふうに書かれていると、その月齢にそのことができないと焦った。
どこかおかしいのではないか?
成長が遅いのではないか?
そうやって、子どもを疑ってしまうのだった。
そこに書かれた通りのことをするのが、正しい子育てだと信じていた。
そこに書かれた通りに成長するのが、健康な発育だと思っていた。
 
そんなふうにとってしまうのは、私自身が経験してきた、それまでの人生は、すべて答えがある世界で生きていたように思っていることが原因かもしれない。
学生時代は、その教科ごとの試験には正解があり、正解を多く書くことで評価されたのだ。
教科書を暗記したことを記述したり、計算して、正解を導いたりするのは、ある種、クイズのようで面白いものだった。
そして、正解が多いと周りからも褒められた。
どちらかというと、カンと要領が良い私は、テストの点数は良かった方だ。
 
そんな経験しか持たない私は、どこかで、その後の人生もそんなふうにすべてがうまくいくように想像していたのだ。
ところが、その予測が通ったのは、会社員までだった。
私の思い通りになるのは、自分のことだけだったのだ。
 
子どもという存在が目の前に現れてから、ある意味これまでの私の常識が狂い始めた。
生まれて初めて、自分の思い通りに行かないことが起こったのだ。
計算通りではないし、過去の私の経験も生かされない。
 
昨日飲んだ母乳の量と、今日の量とは全然違っているし。
昨日は2時間昼寝をしたのに、今日は30分で起きてしまったし。
昨日は食べたくないと言ったものを、今日は食べたいと言うし。
 
子どもの行動は読めなかったし、わからなかった。
まるで、異星人のようにすら感じられるときもあった。
今ならば、子どもとはそんなものだとわかったが、当時はいつも戸惑っていた。
 
子どもというものが、自分の思い通りに行かない存在だと思うと、そこからそれは恐怖に似た感情が芽生えていった。
私が経験したこと以外は、わからないのだ。
私がしらないことは、怖いことだ。
私の理解の範疇を越えてしまうことは、私には未知の世界だった。
 
そうなると、何か問題が起こったときには、私には対処ができない。
だから、私の経験値、ものさしの範囲を越えられると困るのだ。
出来る限り、私の手の中から出て行って欲しくなかった。
私が対処できる範囲にいて欲しかったのだ。
だから、子どもに対しては、いつも指南をしていた。
 
「これは、こうしなさい」
 
「これは、この方がいいよ」
 
そんな指南の枕詞には、いつも
 
「あなたのためだから」
 
という、押し付けの親切な言葉がついていたように思う。
 
そう、「あなたのためなんだから」
 
こんなにも、私はあなたのことを思っているのよ。
こんなにも、私はあなたのことを心配しているのよ。
これこそ、親切心のように見せて、実は押し付けだったのだ。
私の心の中の不安の押し付けだ。
 
でも、今になったらよくわかる。
 
「あなたのために」は、実は「私のために」やっていたこと。
 
「あなたのために」良かれと思っていやっているのではなくて、「私のために」安心できる方を勧めていただけのことだった。
 
育っていなかったのは、子どもではなくて、私の精神の方だったのだ。
いつも答えがあると安心し、枠の中にいることで伸び伸びとできていた私。
子どもは、ある意味、日々チャレンジをして変化に富んでいる生き物だった。
そんな経験が少ない私は、それが怖かったのだった。
子どもの成長と共に、私の心も強くなり、子どもと共に強くなっていったように思う。
子育てをしながら、育っていったのは、実は私の方かもしれない。
 
「あなたのためを思って言っているのよ」
 
このフレーズを今聞くと、なんだかちょっぴりくすぐったい。
そのくすぐったさが、私の成長の度合いを示してくれているように思う。
 
今年で娘は24歳になる。
もちろん、小さな子どもを育てるという子育ては終わっている。
 
それでも、いつまでも子どもは子どもだ。
生きている限り、親という関係性は続いている。
そして、娘も日々、様々なことを経験し、悩み、成長していっている。
そんな娘から、時々アドバイスを求められることがある。
 
そうすると、今の私は、「あなたが思うようにしたらいいよ」
 
そんなふうに声をかけている。
そう、もう私があなたのことを案じて、私の不安な思いを押し付ける必要はなくなったからだ。
 
なぜならば、拙い私の母親業によって、娘は成長していってくれたから。
なぜならば、そんな子育てによって、私自身が成長できたから。
 
「あなたのためなんだから」というフレーズからは、卒業できたように思う。
 
 
 
 

◽︎丸山ゆり(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
関西初のやましたひでこ<公認>断捨離トレーナー。
カルチャーセンター10か所以上、延べ100回以上断捨離講座で講師を務める。
地元の公共団体での断捨離講座、国内外の企業の研修でセミナーを行う。
1963年兵庫県西宮市生まれ。短大卒業後、商社に勤務した後、結婚。ごく普通の主婦として家事に専念している時に、断捨離に出会う。自分とモノとの今の関係性を問う発想に感銘を受けて、断捨離を通して、身近な人から笑顔にしていくことを開始。片づけの苦手な人を片づけ好きにさせるレッスンに定評あり。部屋を片づけるだけでなく、心地よく暮らせて、機能的な収納術を提案している。モットーは、断捨離で「エレガントな女性に」。
2013年1月断捨離提唱者やましたひでこより第1期公認トレーナーと認定される。
整理・収納アドバイザー1級。

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