メディアグランプリ

地下鉄で出会った失礼な人が、実は愛情深い人だったという話。


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:内村友紀(ライティング・ゼミ特講)
 
 
「おばあちゃんと、出来るだけ一緒に過ごしてあげようね」
 
50代半ばと思しき女性が、隣で一心不乱に打っていたラインだ。
 
金曜、午前11時すぎの地下鉄車内は、ものすごく空いていた。半数くらいの人が、隣に鞄を置いてくつろいでいた。
始点で乗り込んだ私は、端っこの席を確保すると、深々と腰掛けてから目をつむった。
今週は公私ともに多忙で、HPはすでに底をつきかけていた。その上午後からは重要な会議が控えており、少しでも疲れを取っておきたかった。
だが、眠りは全然訪れなかった。直前に、初対面の偉い人と会い、緊張していたせいだろうか。こめかみや顎のあたりには力が入っているのに、首から下は異様にだるい。意識と身体が乖離し、頭だけが冴えているというあの感じだ。つまり、私は非常にイライラしていた。寝たい! でも眠れない! ばか! という心境である。
でもやっぱり眠っておきたかった。深呼吸したら少しましになるだろうか。鼻息を過剰に荒くしながら、腕組みをして無理やり睡眠を勝ち取ろうとしていた。
目的地までちょうど半分の停車駅に着いた時だ。
隣に人の気配がした。
私はゆるりと背を正して、スペースを狭めた。目は閉じたままだった。大して混んでいる雰囲気でもないし、ちょっと詰めれば大丈夫だろうという認識だった。
しかし、その人は私にぴったりくっつくように座ると、何をしているのか、何度も何度も肘をぶつけてきた。
ムッとした。何だよ、きちんと場所を開けたじゃないか、それでも狭いとおっしゃりますか? それでなくてもご機嫌斜めの気分が、さらに斜めに倒れた。目をつむったまま、さらに手すり側へ体を寄せ、スペースを開けてみた。が、状況はほとんど変わらなかった。あと15分、降りるまで肘鉄を受け続けるのだろうか。いやだ。それは絶対にいやだ。私はしぶしぶ目を開けてみることにした。
車内の状況は予想通りで、多少は混んできていたけど、立っている人はまばらだった。こんなにぎゅうぎゅうに座っている人なんていない。
女性は、焦げ茶色のもこもこしたコートを着ていた。ショートカットの髪はぼさぼさで、白髪染めがはげかけていた。黒っぽいショルダーバックを膝の上に抱え、その上にスマホを置いている。大きなエコバックも隣の席に置いていた。そして背中を丸め、何やら携帯に一生懸命に打ち込んでいた。文字を書くたび、私に肘鉄を食らわしていた。
呆れた。いい歳して、周りを見ろよ、と、私は心の中で毒づいた。
ここは公共の場だ。皆が気分よくいるために、出来るだけ迷惑をかけぬよう、周囲へ配慮するのは当たり前じゃないだろうか。まあ、やむを得ずという時には、きちんと謝ればよいと思いますが。
でも、大人ならちゃんとしてほしい、というかするべきだ。若い時にはうまく配慮できなくても、経験を積めば自然と視野は広がる。ちょっと考えれば分かりそうなものだ。なんて空気の読めない、失礼な人なのだろう。リラックスモードで寝入ろうしていたのを棚に上げ、私はふんっと鼻息を放った。
ちらりと横目で見ると、彼女の携帯画面が目に入った。グループトークのようだった。
 
「今、おばあちゃんの病院に行って、先生に話を聞いてきました」
「存命率は最長で2年、最短で3ヵ月、中央値は6ヶ月くらいらしいです」
「最後の時を、みんなで一緒に過ごしましょう」
 
グループのメンバーは、おそらく彼女のお子さん達と夫だろう。
祖母が末期の胃がんで入院中とのこと。今後について、医師などと打ち合わせをしてきたらしい。彼女が携帯を置いていた位置と角度が、ちょうど目線の先だったので、文章の細部までよく見えてしまった。
 
いいお母さんなんだな、そしておばあちゃんにとっては、いい娘さん(義理の方かもしれないが)なんだろうな。
小さな液晶に吸い込まれそうな姿勢で、周りが見えなくなるくらい、必死にメッセージを伝えている。きっと、一刻も早くみんなに伝えたかったのだろう。
 
私は反省した。
大反省である。引き続き、がしがしと肘鉄を食らいながら。
一つの側面だけ見て「この人は○○な人だ」と決めつけるのは、本当によくない。知っていたけど、改めて思いを深くした。
 
それは例えば、望遠鏡に切り取られた、丸い星空のようなものだ。
手のひらに収まるくらいの星々、あるいは雲や月。
いわずもがな、それは空全体、宇宙全体から見れば、本当に氷山の一角に過ぎない。人間だって同じだ。
「袖振り合うも多生の縁」とはよく言うけど、一瞬のすれ違いだと、どうしても見える面は限定される。ただ、当たり前だが、その時に見えたところだけが、相手のすべてを構成しているわけではない。想像力をもつこと、どんな人へもフラットに対峙すること。それに尽きるのだと思う。
 
降車駅に着き、私は席を立った。振り返ると、まだ彼女は携帯の上で一生懸命指を動かしていた。
どうか、良い時をお過ごしください。全然知らない家族に向かって、私は祈りをささげた。
 
 
 
 
***
 
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2020-01-24 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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