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一匹狼に人が集まる理由


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:一ノ瀬 朔(ライティング・ゼミ平日コース)
 
過去、私には“一匹狼”と呼ばれた時期があった。
 
たしか、高校二年生から三年生の時期であったと記憶している。
 
特定の友達を作らない。
来る者拒まず、去る者追わず。
いつも、ボーっとしている。
 
クラスメイト達が私に抱いたイメージが、最終的に“一匹狼”のひと言にまとめられたのだ。
 
もちろん、仲の良い友達はちゃんといた。
 
ただ単に、その友達は部活が一緒の友達であり、高校生活の三年間、同じクラスになることはなかっただけ。
 
来る者拒まず、去る者追わずについては、話しかけてくれる子を拒む理由はそもそもないし、「それじゃ、またね」と立ち去る子を「待って! 行かないで!」と引き留めるなんて可笑しな話ではないか。
 
ボーっとしているに至っては、ただただ、毎日が寝不足なだけだ。
 
授業と授業の合間の休み時間も、席を立つことなく、睡眠を取るのに全力を尽くしていた。それが私の青春だったと言っても過言ではない。
 
そんなこんなで、一匹狼と呼ばれていた私なのだが、ドラマや映画で登場するような一匹狼キャラのように、常にひとりで誰も寄せつけない、というキャラクターではなかったと思っている。
 
私に“一匹狼”のレッテルを貼ってくれた人たちが、私をひとりにしないのである。
 
こんな風に言うと、「なんだ、ただの人気者自慢か」と思う人もいるかもだが、それはハッキリと否定しよう。
 
私に話しかけてきてくれる人の多くは、1人になるのが好きじゃない人だった。
 
“来る者拒まず、去る者追わず”は、ある意味で人を寄せ集めやすいスタンスだった。
 
人が集まる、とは言っても、寄って来るのはいつだって、1人か2人の少人数。
 
大勢が集まるスポットではなく、暇を持て余してどうしようか悩んでいる人や、仲の良い友達とケンカをした人が集まるスポットになることが多かった。
 
暇だけれど、1人にはなりたくない。ケンカをしたから話す相手がいない。
 
そんな小さな悩みを抱える人たちは、よく私を利用してくれた。
 
この子なら話しかけて拒まれることはないし、用が終わって立ち去っても文句を言ってくることもない。
 
大体、そんな風に思われていたのだろう。
 
ボーっとしていたことも、人から避けられない理由になったのかもしれない。
 
ただ眠たいだけではあったのだが“無害そう”と認識されていたのだと思う。
 
特定の友達がいない点についても、高校生の友達関係に多々存在する派閥と関係がない人間だと思われていたので、派閥の隔たりなく話をかけられた。
 
そんなこんなで、ありがたくも人が寄ってくる高校生活を送った私なのだが、それが幸せであったかどうかと問われると、素直に頷けないのが正直なところである。
 
いやいや、自ら席を立たずとも人が寄って来るなんて幸せなことじゃないか。
 
そう思いはするものの、案外、束縛じみたことをされることもあったのだ。
 
「みんなのものだから、誰のものにもならないでほしい」
 
1度や2度言われる程度であれば何とも思わないお願いも、繰り返し何度も言われると、どこか息苦しく感じた。
 
まるで、アイドルみたいな扱いだ、と自惚れられたら楽だったが、現実は意外と残酷で。
 
簡単に言えば、一匹狼とは、体のいいあだ名でしかなかったのだ。
 
クラスメイト達は、私のことを“一匹狼”と呼びながらも、ただの“都合のいい避難場所”としか捉えていなかったのだ。
 
程よく人が寄ってくれる代わりに、誰の特別にもならない。
 
時折、声をかけてくれた人を引き留めたくて、面白い話でもしようかと考えることもあったけれど、引き留めに失敗した時が寂しいな、と臆病になってしまい、結局は無難な話をしてしまう。
 
立ち去られることに慣れてしまった代償か。
それとも、周りの要望に応えるために、みんなを平等に迎え入れ、送り出すことに徹しようとしていたのか。
 
今思い返しても、あの時、一歩を踏み出そうとしなかった具体的な理由を思い出すことはできないけれど、心のどこかで虚しさを感じていたことだけは覚えている。
 
でも、これは特別な経験ではないと、私は思っている。
 
自分が“都合のいい避難場所”であると自覚してから、同じような扱いを受けていたり与えていたりする場面が、意外と少なくないことに気がついた。
 
たとえば、複数人での食事の場。
 
それまで仲良く話していた右隣の子が、お手洗いで席を外すと、残された子は「このお肉、美味しいねぇ」と、左の子に話しかける。
 
食べ物の話で盛り上がり、ちょっとした日常会話に花を咲かせ。
 
「ただいまー」と、右隣の子が帰ってくると、左の子との会話をあっさりと終わらせ、身体の向きを左から右へと戻してしまうのだ。
 
もちろん、ポツンと残された左の子は、「え、私との会話は終わりなの?」と口にすることはない。
 
ちょっとした暇つぶし相手に選ばれたのだろうな、と納得し、静けさを誤魔化すように食事に手をつけるのだ。
 
気にしてみると、日常にはちょっとした“非情”が至る所に散らばっていることに気がつく。
 
悪気もなければ、悪意もない。でも、受け取る人によってはちょっと気持ちが沈む。
 
そんな小さな非情は、気にしようと思わなければなかなか気づくことができない。
 
場の空気を壊さない程度にシュンと落ち込む人や、言いかけた言葉を呑み込み立ち去る背中を見送る人に、気づけるようになったのは、自分の財産だと言ってもいい。
 
「こっちの料理も美味しいよ」
 
そう声をかけて、寂しそうな表情を少しだけでも明るくできるようになったのだから。
 
過去、ただの避難場所でしかなかった一匹狼の私は、仲間の気持ちを察することのできる狼へと、小さな成長を遂げることができたのである。
 
 
 
 
***
 
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2020-01-30 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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