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早まって辞めないで〜治療と仕事を両立していく癌治療のこれから〜


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事: 熊元 啓一郎(ライティング・ゼミ平日コース)
 
「先生、結果はどうでしたか?」
診察室の中、割腹の良い男性が私の目の前に座っている。
この男性、秋山さんは50歳手前の働き盛りの会社員だ。
2週間前に健診センターで胃癌と診断され、精密検査を受けに来ていた。
今日がその検査の結果説明の日だった。
「前にも少し話しましたが検査の結果、やはり外科での手術は必要そうです」
その言葉を聞いて、ハァっと落胆する秋山さん。
その姿を見て一瞬説明にするのに戸惑いながらも、私はカルテを確認しながら続ける。そう、手術は必要だけど、まだ根治する可能性は十分にあるからだ。
「胃癌の手術はだいたい1週間ですので、その間は仕事を休んでいただくことになりますが、問題なければそれ以降は復帰が可能と思います」
秋山さんはその話を聞いて少し申し訳なさそうな顔をして下を向く。
「実は私、昨日退職してしまったんですよ」
「えっ!?」
私はその言葉を聞いて愕然としてしまった。
 
癌治療。
この治療は大きく分けて2つの方法がある。
一つは手術で癌を取り除き根治を目指す方法。
もう一つは、根治が難しく、延命、症状緩和、生活の質の改善を目指す方法。
私は現在、消化器内科医として大学病院に勤務しているが、胃癌や大腸癌については、胃カメラや大腸カメラのおかげで早期に発見が可能となり、カメラや外科的手術での根治が可能になった。また、進行しても抗癌剤の進歩により生存率が上昇している。
一部を除いて、癌は進行していても病気と付き合っていける時代に変わりつつある。少なくとも医師の間の認識ではそうだ。
秋山さんはすでに健診センターで胃癌の告知を受けており、その後に精密検査、治療のために大学病院に紹介されてきた。
「先生、これから私はどうなりますか? どんな治療を受けることになりますか?」
最初に診察室でお会いした時、秋山さんは心配そうに私に質問してきた。
治療可能ですよ、と安易な言葉を使うわけにはいかないし、かと言って悲観的なことを言って強い不安を与えるわけにもいかない。
現時点ではどうなるか分からない。
それが私の正直な意見だった。
私は現時点で可能な限り言える言葉を伝えたつもりだったが、秋山さんには別に伝えるべきことがあったのでは無いか。そんな考えが頭をめぐる中、私はある講演会を聞いたのだった。
 
『臨床現場における癌患者への両立支援の取り組み』
この講演の演者である、赤羽和久先生は名古屋にある赤羽乳腺クリニックの院長であり、乳癌患者の治療と仕事の両立に取り組んでいた。
中でも興味深かったのは、癌と診断されて4割近くの患者さんが診断後に離職しているというのだ。病名告知を受けた後の2週間は、治療や今後への不安など強いストレス反応が起こり、詳しい病状や治療方針を聞かないまま、離職してしまうことも多いそうだ。
これに対して、赤羽先生は癌と告知した後に今後の検査や治療の見通しを表に書いて説明するとともに、就労や意思決定を支援したそうだ。
そして、最後に“ある言葉”を患者さんに伝えることで、離職者は14.6%まで低下した。
「ああ、これか! “この言葉”が私に足りなかったんだ」
今後を見通せるような説明とともに、秋山さんには“この言葉”を伝えるべきだった。今思えば、もっと秋山さんの立場に立って考えていたら“その言葉”が自然と出てきたかもしれない。私は激しく後悔した。
 
いまや癌は2人に1人、一生涯のうちに癌と診断され、癌と診断された3人に1人が就労可能年齢で罹患すると言われている。そして少子高齢化、年金受給年齢の引き揚げにより、雇用機会が延長され、今後は癌になっても働ける時代に変わっていかなければならない。それぞれの企業文化や法整備ももちろん必要だが、病気に対して最初に訪れる最も不安な時期をサポートすることが大事だと私は思う。そのサポートがあれば、離職を防げるだけでなく、癌について強く不安に感じていた人の心の支えになると考える。
今日もまた一人が、健診センターから胃癌と診断され大学病院を受診してきた。
働き盛りの男性で血色も良く元気そうだ。
「これから今後の検査の予定や治療の説明を始めて行きますね」
私は説明を続けると、その男性の表情は徐々に不安なものに変わっていった。
「病状についてご不安ですか?」
「ええ、体のことも心配ですが、会社に迷惑をかけるかもしれないので……」
「そうですよね。癌と診断されて不安だと思います。でも今の病状だったら根治できなくとも、抗癌剤などで働きながら十分に病気と付き合っていくことは可能だと思います」
私は一呼吸おいて次の言葉を伝える。
「だから、早まって仕事を辞めないでくださいね」
それが、その一言が、癌の患者さんにおける治療と仕事のこれからの一歩につながると信じて。
 
 
 
 
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2020-01-30 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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