メディアグランプリ

声が出せない私の妹。


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記事:安井美貴子(ライテイング・ゼミ日曜コース)
 
 
わたしには妹がいる。妹とは言っても、血の繋がりはない。高1になったばかりの夏、我が家にやってきた彼女は、最初こそわたしたちから少し距離を置き、いつも決まった定位置にクッションを置いて、家族の会話をじっと眺めるばかりだった。その可愛さゆえに、どこへ行っても注目の的だったが、歳が離れているせいか、不思議と嫉妬のようなものはなかった。彼女は健気にポーズをきめ、周囲に愛嬌を振りまく。
 
「自分がかわいいって自覚あるでしょ」
「あざとさがすごいんだからぁ」
 
愛情あふれた言葉を掛け、互いに心を開き合うようになり、距離感のあった彼女の定位置は、いつの間にかわたしたちの団欒のど真ん中に。「ノア」という名前で呼びかけられる彼女は、2.5kgのトイ・プードル。まもなく12歳になるわたしの妹である。
 
ノアは突然やってきた。突然と言っても、知らなかったのは家族の中でもわたしだけだった。小学生のころからペットを飼いたがっていたのにもかかわらず、重度の花粉症により、屋外を散歩させる必要がある動物を飼うのは、リスクがあると止められ、以来時折口にしつつも、半分以上諦めていた。
 
「みきちゃん、ワンちゃんをお迎えしようと思うんだけれど、どうかな?」
 
母からそう言葉を掛けられ、内心すごく驚いた。突然の提案だったが、いま振り返れば、当時学校で人間関係がうまくいっていなかったために、心身ともに元気がなかった。1日が始まるのがこわくて、毎日朝がこなければいいと思っていた。学校に行けば、授業には出ていたが、休み時間はひとと会話をするのが怖くて、トイレに閉じこもっていた。そんなわたしの様子を気にかけて、穏やかな気持ちになれるよう、「ペットを飼う」という方法を提案してくれたのだ。一人っ子で育ったわたしにとって、犬とはいえ、全面的に自分の味方でいてくれる存在は、それは特別なものだった。彼女自身も、自分のことを人間だと思っているようで、ドッグランやペットホテルに連れていくと、自分と同じ形をした犬たちのことを一瞥。「ねぇ、なんかちょっと犬がいっぱいいて嫌なんだけれど、早く帰らない?」と言わんばかりの視線で、帰宅をせがむ。まだ来たばっかりだよ。あまりに人間くさい表情をするので、ノアが話したがっているであろうことは、日本語を話さなくても十分理解できた。本当の妹のような存在になるまでに、長い時間はかからなかった。
 
犬を飼うことは、おままごと遊びをするようなものだと思う。それまで、家族の中での「わたし」は「わたし」でしかなかった。しかし、ノアが家に来てからは、ノアを含めて、家族の中での自分の役割を考えるようになった。そして、もっと家族が好きになれる。そんなきっかけになると思う。
 
わたしは、親から大事に育てられた娘。負けず嫌いで、強気で、でも、少人数での密なコミュニケーションが少し苦手。内弁慶なところがあって、敵をつくりやすい性格。そして、ノアのお姉ちゃん。
ノアは、賢くてあざとくて、犬が嫌い。食い意地が張っていて、おっとり上品な表情で窓の外を眺めたかと思いきや、突然鼻を鳴らし、首を前方に突き出して、野生みあるスタイルで食べ物探しへ。そして、わたしの妹。
 
そんなノアも、もうすぐ12歳。どんなに妹として一緒に過ごしてきても、人間と違うところ。それは寿命だ。最近、めっきり元気がなくなってきた。わたしも社会人になり、実家に帰る機会が減ってきたが、帰れる日はなるべく帰るようにしている。考えたくないが、もう少しで訪れてしまうかもしれない、悲しいお別れに向けて、後悔のないように。気づかせてくれた役割は、最近ではこう思う。
 
わたしは、家元を離れた長女。毎日忙しく、仕事も充実。職場や友人にも恵まれ、幸せな日々を送っている。一方、明かりのないワンルームに帰る寂しさに押しつぶされそうになる。そして、最近もっと家族が好きになれたことを自覚できた、ノアのお姉ちゃん。
ノアは、相変わらず賢くてあざとくて、犬が嫌い。忙しい家族の生活に合わせて、毎日お留守番続き。もうそんな生活にも慣れてきたが、最近目が白くなり、具合も悪い。ちょっと口もくさいかも。そんな家族も、自分にとっては唯一の存在。そして、わたしの妹。
 
家族の中で、自分の役割ってなんだろう?家族にとって、自分はどれほど必要な存在なんだろう? 私たち人間と、ゆっくり一緒に成長してくれる。犬との暮らしは、家族の中での自分の役割を考えさせてくれるようになり、家族をもっと好きになるきっかけを与えてくれる。ノアのお姉ちゃんとして、私はこれから何ができるだろうか。
 
 
 
 
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2020-01-31 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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