fbpx
メディアグランプリ

「健康に働けるってええことよ」

thumbnail


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【2月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《平日コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:水野統彰(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
金言とは金のように価値の高い言葉、という意味だ。漢字であらわされるとなんだか妙に格式高くていかにも歴史的にも有名な人物の格言という印象を持つ。でも実際はさりげなく、しかし印象深いエピソードとともにその人の心に根差している言葉のことだと思う。これは僕が20代の半ば、高齢者福祉施設であるショートステイで働いていたころの記憶だ。
 
当時児童養護施設を退職し、知人が運営しているショートステイに勤務することになった。僕は威勢だけは良かったので、当時の施設の在り方に改革をもたらさんとばかりに虚勢を張っては失敗を繰り返していた。そしてその失敗を周りのせいにしていたからとてもたちが悪かったと思う。
 
ある夜勤のことだった。高橋さんの居室からカタコトと音がしたので不思議に思って部屋をのぞいてみた。もしかしたらお手洗いに行くかもしれないからだ。するとベッドの端に座っている、これはやっぱりお手洗いかと思いはしたが「どうしたの?」と念のため声をかけた。
案の定お手洗いに行くんだ、とのことだったので杖のない手の方を支えてお手洗いに付き添った。
髙橋さんは基本的に自立しているので、付き添いだけで十分だった。それ以外のことはすべて一人でできるので、僕は高橋さんがお手洗いに行っている最中は出てくるまで少し離れたところで待っていた。
 
お手洗いから戻ると再びベッドまでの道のりを手を添えて歩く。そしてベッドに到着しよっこらしょと高橋さんが腰かけた。歩けはするものの座ったまま手を伸ばして靴を脱ぐのは難しい。だから靴をはずすのは僕の仕事だ。
すると高橋さんが突然「アンタはよう気が付くねえ。」と言う。仕事だからというのは当然あるが、どうやら僕の付き添いの仕方やサポートの仕方は髙橋さんにちょうどよかったらしい。
特別なことをしている意識はなかったが言われて悪い気はしなかった。「アンタ、今いくつ? 一生懸命にやっとるねえ。私も若い子に世話してもらえるのはありがたいねえ。ええねえ、健康に働けるのはええねえ。感謝や感謝。」
 
考えたこともなかった。というより、聴いたことはあるがなぜか高橋さんの言葉が衝撃的だった。思わずハッとして「そんなに働くのは大切なこと?」と尋ねた。
すると高橋さんが微笑んで答えた。「そうやねえ。働けるのはええことや、アンタ。あと健康もね。だから健康に働けるってええことよ。」
当時働いていないわけではない、そして働くこと自体嫌いではない、ただどのように働いていいのか分からなかった自分がいた。
そのときもがむしゃらに、ただ闇雲に働いていただけの自分がいた。誰かの役に立ちたい、しかし役に立てているのだろうか、やりたいことも好きなこともやっている、でももっと認めてくれてもいいじゃないか!
僕の中に渦巻いていた煮え切らない葛藤と周囲にもっと認めてもらいたい欲があることに気づいた。自分は頑張っている、こんなに苦しんでいる、大変なのに誰も理解してくれない。しょせん周りは好きなだけ言って認めてくれない、だったら一人で戦ってやる。
誰に対してではない。ただ漠然と世の中を憎んでいた。何事にも批判的で噛みついては失敗をする。しかしそれは決して自分のせいとは言わず周りの責任にしていた。
 
ふと高橋さんに目を向けると、いつも着ている紫色のカーディガンを羽織っている。そして突然手を合わせて言った。
 
「感謝、感謝」
 
涙が出そうになった。ああ、この人は僕のために手を合わせて今日も明日も、そしてこれかららも健康に働けますようにと祈ってくれている。決してそんなことを言われたのではないが、それでもテレパシーを送られたかのようにひしひしと伝わってくる。
なんでこの人は僕に祈るのか。何もしていないはずだと思ったがそれは違った。
 
少なくとも目の前の高橋さんは僕のしたことを受け止めてくれたのだった。
 
綺麗で凛とした人だと思った。80歳を超えなおも人に感謝をささげ、しかも長々と説教をしない。ただそっと手を合わせ、一言にすべての想いをのせて祈ることができる人など他にいるのだろうか。
あまりに神秘的な時間だった。時間の流れが止まり、その祈りの中に自分がいる。あたたかい抱擁感があった。自分のために祈ってくれる人がいる。
 
「さ、ねるで。明日もよろしくね」
「うん。おやすみなさい」
 
その高橋さんの言葉は僕にとって今でも金言だ。奇跡的な体験をしたわけでもなく、誰にも知られることのないありふれた日常の一コマだ。でも、自分の感情が揺さぶられるほどの言葉はきっと自分にとって価値のある言葉に違いない。そのときの純粋な気持ちは今でも思い出すし、思い出すたびにちょっと胸が締め付けられる。
 
でも、悪い締め付けじゃない。どこかで自分がその純粋な言葉を、純粋な気持ちを必要としているからだと思う。そしてそれは誰にとっても同じだと思うし、ときどき思い出す言葉があるのだとしたらそれは自分が純粋であるために大事な金言だ。
 
僕はめんどうくさがりだ。働くのが嫌になることもある。そのときは高橋さんの言葉を思い出して純粋な気持ちを取り戻す。
 
「健康に働けるってええことよ」
 
 
 
 
***
 
この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。 「ライティング・ゼミ」のメンバーになり直近のイベントに参加していただけると、記事を寄稿していただき、WEB天狼院編集部のOKが出ればWEB天狼院の記事として掲載することができます。
 

【2020年2月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《平日コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜


 

天狼院書店「東京天狼院」 〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F 東京天狼院への行き方詳細はこちら

天狼院書店「福岡天狼院」 〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階

天狼院書店「京都天狼院」2017.1.27 OPEN 〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5

【天狼院書店へのお問い合わせ】

【天狼院公式Facebookページ】 天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。


2020-01-31 | Posted in メディアグランプリ, 記事

関連記事