メディアグランプリ

ただ、走るために生まれ

thumbnail


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【2月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《平日コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:火星(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
あと、ゴールまではどれくらいなんだろう。
隣の奴はそういった。
 
もちろん独り言だろう。
勝利の栄誉は先頭でゴールに入った者のみに与えられる。
だから、ここにいる他の全員がライバルだ。
 
そうは言っても道のりは遠い。不安があるのは分かる。
遠い昔の記憶のせいだろうか、はっきりとは覚えていないが、たぶん学校のマラソン大会だ。俺から一緒に走ろうと誘っておきながら、自分が先にゴールしてしまった。
隣の奴もそんなタイプなのかもしれない。
 
人類史上もっとも過酷といわれる、この競走は真夜中にはじまった。
もちろん準備はしていたもののスタートの合図は唐突だった。
他の無数とも思えるランナーとともに一斉に会場に解き放たれた俺は、どこにあるのかも分からないゴールを目指さなければならない。
この数の中で勝ち抜くのは、困難を通り越して奇跡というものだ。
それでも俺は、俺たちは走らなければならない。
 
俺は無言のまま変わらぬペースで走り続ける。
隣の奴も無言のまま並走する。
沈黙と暗闇が支配する空間。
もうどれくらい走っているのだろうか。
 
風一つ吹かないこの道は、生暖かく、湿度も高かった。
走るには不向きな条件かと思いきや、不思議と不快感はなかった。
どこで覚えたのか忘れたが、これがランナーズ・ハイというものだろうか。
 
スタートしてから、しばらくの間は、他のランナーを追い抜いたり、道の端でリタイアしているものを見かけたりしたが、それもなくなった。
ひょっとすると自分たちが先頭にいるのかもしれない。
しかし、それは希望的観測というものだろう。
トップは遥か彼方にいる可能性だってある。
だとしたら生き残るのは絶望的だ。
 
俺の不安をよそに、隣の奴は変わらぬペースで走り続ける。
いつのまにか、ただ一緒に走っているだけなのに奇妙な連帯感を感じた。
ずっと前からお互いを知っているような、そんな気持ちだ。
こんな場所で出会っていなかったら、良い友人になれたかもしれない。
 
レースが開始してから飲まず食わずで走り続けている。
ふと、不安がよぎった。
ゴールなんて存在しないんじゃないか。
レースに参加できるのは、ただ一度きり。
敗者はもちろん、勝者からも話を聞くことはできない。
だとしたら勝利の栄光なんて、おとぎ話なんじゃないか。
俺たちは全員、ここで朽ち果てていくのか。
 
すると、突然、隣の奴が走るのをやめた。
俺と同じように不安にかられたのかと思ったが、そうではなかった。
目の前の道が2つに分岐しているのだ。
 
隣の奴が言った。
「どちらにする?」
「俺に聞くことじゃないだろう。好きにすればいい。俺は残りの道を選ぶぜ」
本心だった。奴と最後に勝負をしたくなかった。あの学校のマラソン大会のように、最後に抜け駆けするのは嫌だった。
 
すると、奴は両方の道の入口で、地面や壁を調べていった。
「こっちの道は、先客があるようだぜ」
「だったら、おまえは別の道を行けよ。俺はこっちを行って、先の奴を追い抜く方に賭けるさ」
追いつけないくらいの差がついている可能性だってあるが、そうはいっても仕方がない。一縷の望みに賭けるしかない。
 
「いや。たぶん、ゴールはこっちの道にある」
奴は言った。
「なぜわかる?」
「勘だ。時間がない。急ごう」
奴は右の道を選んで走り出した。
そうなると別の道を選ぶ気にはなれない。俺も奴の後に続いた。
 
そしてまた走る。
どれくらいの時間走ったのだろうか。体力は限界に近い。
疲労のあまり薄れていく意識の中で突如気づいた。
俺は、俺達は、生きるために走るんじゃない。
走るために生きるんだ。
ただ、走ることが生きることそのものなんだ。
 
果てしなく続くとも思えた闇の中、突如ぼんやりと輝く光が現れた。
間違いない、ゴールはあそこだ。
限界に近かったはずの体力が回復するのを感じた。
俺たちは速度を早め、光を目指す。
 
そのとき異変は起こった。
前を走る奴の体が、がくりと揺れ、地面に突っ伏した。道にある突起物に足をとられたらしい。
 
「大丈夫か」
俺は奴に駆け寄って言った。
なぜ、俺はライバルを心配しているんだ。自分が先にゴールする。それが本能なんじゃないのか。自分にも分からなかった。
 
「俺はもうだめだ。走れない」
奴は言った。どうやら足のダメージは深刻なようだ。それに加えて体力も限界だった。
 
俺は無言のまま、肩を貸して、奴を起き上がらせた。
幸いなことに、後ろからは誰もこない。
礼を言う体力もないのだろう。しかし、何を考えているのかは伝わる。
ここまで一緒にきたんだ。勝者は1人とだれが決めた。一緒にゴールしようぜ。
 
光に近づくにつれ、その姿がはっきりしてきた。
神々しい球形だった。
 
「あれが……」
「ああ、卵子だ。間違いない」
 
そう、俺達は精子。
受精するために、走ることを宿命付けられてきた。
 
今日も世界中で競走が行われている。
受精を夢見た俺たちのほとんどは、膣内で朽ち果てる。
だが、俺は死んでいった奴らが無駄死にだったとは思わない。
俺たちは、みんな走った。立派に生き抜いたんだ。
 
目指すゴールはすぐそこにある。
そうはいっても1つの卵子と受精できる精子は1つだ。
卵子が2つ排卵されていれば……
そんな奇跡を願った。
いや、まずは、あいつだけでも受精してほしい。
疲れ果てた俺達は、もはや、どちらが支え、どちらが支えられているのかも分からない。
 
俺たちはゆっくりと、しかし確実に光に近づいて行った。
 
 
 
 
***
 
この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。 「ライティング・ゼミ」のメンバーになり直近のイベントに参加していただけると、記事を寄稿していただき、WEB天狼院編集部のOKが出ればWEB天狼院の記事として掲載することができます。
 
http://tenro-in.com/event/103274
 

天狼院書店「東京天狼院」 〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F 東京天狼院への行き方詳細はこちら

天狼院書店「福岡天狼院」 〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階

天狼院書店「京都天狼院」2017.1.27 OPEN 〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5

【天狼院書店へのお問い合わせ】

【天狼院公式Facebookページ】 天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。  


2020-02-07 | Posted in メディアグランプリ, 記事

関連記事