メディアグランプリ

仕事ってそんなもの、じゃない!


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記事:浦部光俊(ライティングゼミ平日コース)
 
「Sさん、仕事、辞めるってさ」 仕事での移動中のタクシーの中、同僚のAから、そう告げられた。
 
そうか…… 驚くというよりは、やっぱり、という気持ちのほうが強かった。Sさん、確かに毎日、つまんなさそうにしていたな。最近は、周りの人ともあまり会話している様子がなかったし、まあ、仕方なのかな、と思いつつも、
 
「そうなの! 理由、聞いてる?」 やっぱり興味はある。
 
自分も又聞きだけど、とAが続ける。「仕事の意味が感じられないし、自分が大事にされてないって感じるんだってさ」
 
そうか…… そういう気持ちはよくわかる。僕も同じような気持になったことはある。つらいよね、自分の居場所がないみたいに感じちゃうんだよね。でも、Sさんって、ちょっと変わっているところはあるけど、仕事はそつなくこなしているイメージ。周りの人はなんて言っているんだろう、Aに尋ねると、
 
「評価は悪くないらしい。だから、辞めるって言われたときは、みんなびっくりしたんだって。なんで、お前がって。Sさんにやってほしい仕事がいくつかあって、ほんとに困ってるらしいよ」 Aがさらに言う。
 
「Sさん、仕事中に眠くなっちゃうんだって。俺からしたらうらやましい話だよ。眠くても、一応仕事していて、それで評価も高いなんて。贅沢なんだよ。眠くてもできるんだったら、ずっと寝てりゃいいじゃん。別に周りは悪いなんて言ってないんだから」
 
「だいたい、仕事ってそういうもんじゃないのか」 Aがちょっとふてくされたように言う。「自分の好きとか嫌いとか、そういうことじゃなくてさ。与えられた仕事を、そつなくこなす。それで自分の評価が上がるなら、自分も周りもハッピー。それ以上に何があるっていうんだよっ!」 憤懣やるかたないという様子で、Aはタクシーのシートに深く沈みこんだ。
 
Aの仕事に対するこういった考え方、僕はけっこう好きだ。
 
Aの仕事への取り組み態度は、よく言えば、さっぱりした、悪く言えば、人間味がない。なんでも飄々とさらっとこなしていくので、社内での評価は高い。あいつに任せれば、大抵のことはだいじょうぶという信頼を勝ち取っている。一方、人間関係には全く立ち入らず、仕事だけを淡々とこなしていくので、とっつきづらいとか、なにを考えているかわからないと、敬遠する人がいるのも確かだ。
 
僕自身は、人とのつながりの中で仕事をしたいと思っているタイプ、Aとは相いれない部分がある。ただ、仕事に対して常に入れ込みすぎず、冷静に結果を出すというAを尊敬しているのもまた事実だ。与えられた仕事をそつなくこなす、それ以上のものはない。間違いない。
 
「はあぁ、Sさん、おかしいよ」 いつもは冷静なAがやけにこだわる。シートに沈んだままつぶやいているAを見ていると、こんな一面があったんだなと驚かされた。彼なりに仕事に対してやりきれない感情があるんだろうか。
 
「仕事ってそんなもんじゃないの」 Aが繰り返すその言葉。そうそう、そういうものだよ、なんて思いながらも、どこか納得しきれない自分がいる。なにか大事なピースが欠けている気がして仕方ない。
 
自分の本当の気持ちはどうなんだろう。どんなとき、満足感があったろうか。どんなとき、嫌な気持ちになっただろうか。今までを振り返ってみる。そつなく仕事をこなせたとき、それは間違いなくうれしかった。Aの言うとおりだ。成果が出せず、怒られすごく落ち込んだ。これもAの言う通り。これ以上なにがあるんだろう。
 
もう一度、自分の内側を探ってみる。もっと昔、自分が仕事を始めたころ、何に喜び、何をつらいと感じただろう。自分の気持ち、自分の気持ち、そう繰り返したとき、さまよう手に答えにつながる糸が引っ掛かった気がした。
 
働き始めてしばらくの間、要領の悪い僕は、仕事がうまく進められずに苦しい時期があった。なにをどうやってもうまくいかない。アドバイスをもらっても、本を読んでも、一向に出口は見えない。そんな日々が3年ほど続いた。それでも諦めずに毎日毎日もがき続けたある日、それは唐突にやってきた。
 
「この間作ってくれた資料、すごくよかったよ。僕たちの立場、ほんとに考えてくれたんだね」 それまであしらうような態度だったお客さんが、突然感謝の言葉をかけてくれた。手探り状態が続いていた僕にとって、その一言はすごく意外だった。
 
お客さんが続ける。「そこで、相談なんだけど……」
 
相談なんて言葉、初めて言ってもらった…… 今までは遠い存在だったお客さんとの距離が一気に縮まった気がした。一緒に仕事をしていくパートナーとして認められたような気がした。そうか、こういうことなのか、おぼろげながら仕事というものが見えてきた瞬間だった。
 
「そうだ、僕が喜びを感じるとき、それは周りの人とのつながりを感じられたときだ」
 
どんな仕事でもその先には人がいて、仕事を通じ僕らはつながることができる。それまで別々の道を歩いてきた僕らは共に歩き始め、仕事というストーリーを一緒に紡いでいくのだ。それは、まるで様々な個性が織をなす色鮮やかな編み物のよう。僕一人では決して生み出せない模様だ。
 
あのときの高揚感は今も忘れられない。働き始めてもう20年以上たつのだろうか。毎日の仕事をそつなくこなすことは覚え、大きなトラブルに巻き込まれることも少なくなった。でも、そんな毎日に物足りなさを感じてしまうときもある。そんなとき、僕は思い出す。あのときに感じたあの気持ち、あの一体感。
 
仕事、それは、僕とみんなが紡ぎだす色鮮やかな編み物。これからもずっと続いていく素敵な共同作業だ。明日はどんな編み物になるんだろう。
 
 
 
 
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2020-02-14 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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