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湿潤のつるぎ


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:花ちゃん(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「おかえり~! まあ、ひえきって!」
 
信州の冬は、耳が切れるくらい寒い。
外から遊んで帰った、僕の手は、
氷のように冷たくて、指がうまく動かない。
母は、両手で握手するように暖めてくれたが、
手や指の、ところどころに入った亀裂が、
こすれる度に、ひりひりと痛んだ。
 
「まあ、あかぎれになっているじゃないの」
「おてて蒸し、しないとね」
 
洗面所で、お湯をはって、手をつけなさい、ということらしい。
たぶん、母が適当に考えた、治療法。
いわれるままに、両手をしずめて、じっとした。
あたたかくて、すこし、かゆかったが、痛みはない。
湯気がでて、ほかほかした手は、タオルでふいたあとも、
しっとりとして、確かに具合がよい感じだ。
 
記憶は、鮮明に、心に刻まれた。
あれは、小学校、低学年の頃だっただろうか……
この経験のおかげで、僕は、一生の武器となる、
無敵の「つるぎ」を、
手に入れることができたのだ。
 
1993年、僕は、医者となった。
科目は、整形外科。ケガ人のお医者さんだ。
1年目に赴任した病院でのこと。
 
糖尿病で足が腐り、ふとももの真ん中で、
切断した患者さんの、ガーゼ交換。
血流がわるく、手術のキズはひどく化膿している。
膿だらけというのに、部長は、
傘の先で水たまりを、かきまわすかのごとく、消毒液をぬって、
たくさんのガーゼを、バサッとあてる。
 
「お湯で、全体を洗った方が、よっぽど治るんじゃないの?」
 
研修医の僕が、そんな生意気なことを、言い出せるはずもなく、
だまって、棒立ちで処置を見つめていた。
 
2004年、僕はもう、一人前の整形外科医になっていた。
ある日のこと。
外科の先生が、おすすめの治療があるといって、
嬉しそうに、ディスクを手渡してきた。
パソコンに押しこんで、ヒュイーンと読み込ませると、
ウインドウにタイトルが現れた。
 
「キズの湿潤(しつじゅん)療法」
 
キズにうるおいを与えて、きれいに治すという、
新しい治療法のプレゼンだ。
 
・水道水で、キズを洗浄。
・消毒は行わない。
・キズを覆うのに、ガーゼを使わない。
(フィルム材や、キズパワーパットのようなものを使う。)
 
いままでのキズの治療と、全く違うやり方が書いてある。
これで、ヤケドも治るとある。
 
えっと、演者は……、夏井睦(なついまこと)先生。
すげ~、東北大学出身だ。
形成外科のドクターね。
なんと僕の育った、長野県の病院につとめてる!
 
マウスで、ポチポチと、さらにページをめくっていく。
人の細胞は、水で生きているのだから、乾かしてダメなのは、あたりまえ。
消毒薬って、健康な細胞にも害を与える。
バイ菌のエサは、死んだ細胞だから、洗い流すほうがよい。
納得のいく説明に、どんどん、ひこきまれていく。
 
実際の、治療例の写真は、すごかった。
キズだらけの顔面が、かさぶたもできずに、きれいに治っている。
ちぎれた指先が、元どおりにの形に戻っている!!
 
幼少の「おてて蒸し」の体験、
研修医で「膿の消毒」に感じた疑問、
あらゆることが、ジグソーパズルのように、つながって、
ひとつの絵が完成した。
 
「そうだよね! キズはぜったい、洗った方がいいよね!」
「消毒は、必要ないよね!」
 
いままで弱かった背骨に、鉄の支柱が入ったような感じがした。
夏井先生のホームページの情報を吸収するために、
背中をまるめて、いつまでもパソコンのまえに座り続けた。
医者として、「最高の武器」をみつけた瞬間だった。
 
2006年、大きな試練が訪れた。
 
「先生、お願いだから、切らないで下さい……」
 
患者さんは、声をふるわせて、手で涙をぬぐっている。
20代の女性。墓石が倒れてきて、
足の小指が下敷きになり、大ケガをしたのだ。
ものすごい圧力で、はさまれたので、
血行障害を起こし、小指は、すでに真っ黒になっている。
こういう場合、切断するのが、一般的で、安全な治療だと、
僕は、説明するしかなかった。
 
でも、若い子の、足の指が切られるなんて、残酷だ……
知っている「湿潤療法」なら、切らずに残せるかもしれない。
でも、もし手術以外の方法で、失敗すれば、
怖い上司に、さんざん怒られるハメになる。
正直、逃げたい気持ちもあったけど、
 
「やってみましょう。うまく行くかは、わからないけど」
 
と、がんばって明るく提案した。
患者さんは、すこし笑顔になって、うなずいた。
 
病室のベッドの横で、金属の洗面器に、お湯をはって、
毎日、足をジャブジャブと洗い、そのあとは、
ガーゼではなくて、つるつるした、フィルム材を、
キズにあてがう。
 
「ほんとうにこれで、大丈夫なんですか?」
 
看護師さんは、くりかえし、聞いてくる。
 
「心配ないよ」
 
僕は、表情をかえず、おちついた声で答えた。
夏井先生のホームページでみた、患者さんの経過と写真が、
コンパスのように道案内をして、
僕に、絶大な自信を与えていた。
 
やがて、黒く死んだ皮膚は、自然に、とけてなくなり、
生き残った部分から、肉が、わきだすように再生していった。
最終的に、爪は、なくなってしまったけど、
足の小指は、かわいく、ちょこんと、
他の指とならんでいる。
 
「先生! みてください!」
 
患者さんは喜しそうに笑った。
黄色いビーチサンダルに、
素足の指が、まぶしく映えていた。
 
こうして、僕は、「つるぎ」の使い手となることができた。
この武器の、見事な切れ味は、
今でも、僕の治療を、強力に助けている。
そして、TVショッピングの、優秀な商品のごとく、
患者さんを、いや、治療するスタッフのことも、驚かせ続けている。
 
残念ながら、キズを消毒して、乾かしてしまう治療が、
現在も、医療では「主流」なのだ。
一人でも多くの先生が、「湿潤のつるぎ」を手にとって、
キズを上手に治すのが、あたりまえの時代になることを、
こころから祈っている。
 
 
 
 
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http://tenro-in.com/zemi/103447
 

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2020-02-14 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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