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好きだけど、好きだから

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:谷中田 千恵(ライティング・ゼミ 平日コース)
 
「さっきは、ごめん」
 
突然の母の謝罪に、一瞬、頭がついていかない。
また、私は何か母をとがめる言い方をしたのだろうか。
 
「本当はわかっていたの」
 
残念そうに、母は続けるが、さっぱり見当がつかない。
 
実家を出てから、早20年が経とうとしている。
他県に住んでいた時期は、一年に2、3度会えればいい方だったが、地元の帰ってからは、何かと用事を作り、週に1度は、両親とテーブルを囲む。
 
今日だって、仕事の合間をみて、母をランチに誘った。
私は、初めてだったが、森の中に佇むちょっと雰囲気の良いこの店は、なんでも母の行きつけらしい。
 
入店するなり、母は手洗いへと席を立った。
数分後、戻った母の手に握られていたのは、見覚えのあるハンカチだ。
 
「私が、贈ったやつだね」
 
使ってもらえていることが、嬉しくて思わず口に出てしまった。
 
「えっ、そうだっけ」
 
「うん。そうだよ、ほら、3年前の誕生日にあげたやつ」
 
「ふーん、そうだったか」
 
まあ、忘れちゃうよね、こんな小さな贈り物。
私だって、今のいままで、あげたことすら忘れていた。
 
「それより、何食べる? ここ、オムライスが美味しいよ」
 
メニューに映る写真には、たっぷりのデミグラスソースと半熟卵が輝いている。
ハンカチのことなんて、一瞬で吹き飛んだ。
 
オムライスは、案の定、美味しくて、予想外のボリュームだった。
デザートのプリンまですっかり収めたので、お腹は今にもはち切れそうだ。
 
大満足で、車に乗り込むと、母から、謝罪の言葉がこぼれた。
 
「なんのこと?」
 
理由が、わからずに、恐る恐る探りを入れる。
 
「さっきのハンカチのこと。あんたにもらったこともよく覚えているし、とても気に入っていて、特別な時に使ってる」
 
「ああ……」
 
「昔から、こうして素直になれない自分が、本当に嫌だわ」
 
母の前なので、そう、と小さくつぶやき、私はそっけない顔をした。
 
心の中では、「やっぱり、私はこの人の子だ」と、ちいさな喜びを感じていた。
 
私は、小さな頃から、内弁慶で、天邪鬼で、ひねくれた性格の持ち主だった。
人が好きなのに、素直に人懐っこくなれない。
一人が好きだというポーズをとってしまうが、本当は、かまって欲しい。
ずっと、そんな自分が、嫌いだった。
 
特にティーンエイジャーと呼ばれる時代は、ひどくこじらせていて、
「明日、朝起きたら、素直で明るい自分になろう」と毎晩、呪文のように唱えていたことを思い出す。
 
大好きな友達に、大好きだという気持ちを素直に伝えることができない。
好きであればあるほど、恥ずかしくて、冷たい態度をとってしまう。
今思えば、みんな、こんな私とよく仲良くしてくれていたと思う。
 
思っていることを、ストレートに口に出せる友人たちがうらやましかった。
私も、あんな風になりたい。心のそこから願っても、それが態度に繋がらない。できない自分を、また嫌いになる。負の連鎖だった。
 
もちろん、ずっと悩める10代ではいられない。
人間関係は、徐々に変化し、いろんな人に出会うことで、変な自意識は薄らいだ。
 
特に、社会に出てから、全員が正直でないことに気がついたことは大きかった。
小さな落胆ではあったけど、みんなに素直である必要はないし、いつでも、素直である必要もないと知れたことで、ずいぶんと気がラクになった。
 
それでも、やっぱり、ひねくれた性格を持て余すことは、多い。
大好きなパートナーに冷たい態度をしてしまったり、両親に感謝の気持ちをきちんと伝えられなかったり。
天邪鬼な自分に再び出会い、進歩の無さに、がっくりと落とす。
 
でも、母の言葉を聞いたこの時、私は気がついた。
 
私の悩み、一人きりのものではなかった。
 
きっと、母も、同じ道を歩んできたに違いない。
 
好きだけど、好きだから、素直になれない。
母の気持ちが、手に取るようにわかった。
 
素直になれず、でも、そんな自分が悲しくて、相手に正直に謝罪をしてしまうその気持ちまで、すっかり理解できた。
 
少し前だったら、嫌悪感を持っていたと思う。
写真に写る自分が、母や父に、日に日に似てきていることが悲しくて仕方ない時期があった。
 
40代を目前にすると、親との別れと直面する同級生も珍しく無くなってきた。
両親と過ごせる時間のありがたさを、ようやく理解している。
この二人の子供に生まれてこられたことが、苦しくなるほど愛しく思える瞬間がある。
 
今、母が、私と同じように悩み、私の前を、歩いていてくれることがとても嬉しい。
 
また、天邪鬼な自分を持て余し、落ち込む日も来るだろう。
 
もう、私は、一人ではないことを知っている。
 
いつかの母も、通過した道。
 
母の顔が浮かんで、次は、思わず笑みがこぼれてしまうに違いない。
 
 
 
 
***
 
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2020-02-21 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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