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いつか終わる


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:郡山秀太(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「もう、だめだ」
 
現場のあまりのつらさに、そう思うようになっていた。
 
僕は5年目の看板屋だ。
看板屋としては中堅どころの会社。
 
看板屋とはいっても、僕が直接看板を取り付けるわけではなく、
職人にお願いをして看板製作や設置をやってもらう。
ポジションは、もっぱら職長と呼ばれる現場責任者だ。
 
入社1年目の終わりごろ、初めて大きい案件を任された。
場所は四国。なんでも四国最大のショッピングセンター新築工事だという。
 
建物の壁に取り付ける外壁看板。
地上に建てる自立看板。
細かく分ければもっとたくさん種類が看板にはある。
今回の現場は、自立看板が中心だ。
 
ざっくりだが、今回の工事の大半はこれだ。
 
地面に穴を掘る

その穴にサインの芯となるポール(柱)を建てる。

穴にコンクリートを流し込む

ポールに看板を取り付ける

完成
 
1箇所終わらせるのに、3時間。
施工箇所は約50箇所で1日8時間労働。
単純計算で20日はかかる。
 
納期まであと30日。
十分な時間がある。
正直、余裕をぶっこいていた。
 
いざ現場入り。
 
新築の現場。まだアスファルトが敷かれてない駐車場に、茶色の土が、大きい野球場ほどの敷地に広がる。
建物は赤茶色の鉄骨が見えていていまから壁ができようとしていた。
クレーンが数台鎮座している。トラックが行き交う。
毎日数百人が納期に間に合わせるべく、せっせせっせと汗を流していた。
 
そんな中、我々の看板部隊も仕事をしていく。
僕は、はじめて任された工事を、バッチリおさめようと意気揚々だ。
 
一週間たったところで気付けばよかった。
いや気付いていたはずだ。
しかし、新入社員が大きい現場を任されて天狗になっていた。
「任された」を「仕事ができる」と勘違いしていて、そのプライドが邪魔をして軌道修正をしなかった。
 
20日後、そこには、青ざめた僕がいた。
なんと、工事は、半分も終わっていなかったのだ。
 
考えが甘かった。
ストロベリーパフェに練乳ダブルでかけるぐらい、むせるほどガンガン甘い。
 
僕はしょせん、1年目のひよっこだ。
ぺーぺーにあぐらをかいた新入社員。
現場のことは、なにもわかっていない。
 
ストロベリー野郎は、ついに、余裕ぶっこいたまま20日目を迎えたのだった。
 
「すす、すみません。工事が間に合いません」
 
震えた声で上司に伝える。
 
「お前、本気か?許されるわけないだろ。○すぞ」
 
当時の上司は、日頃から口癖のようにそんなこという人だったので、なれてはいた。
ただ、このときの「○すぞ」には、殺意が混じっていた気がする。
 
上司は、僕のあまりの不甲斐なさに、大阪から助っ人を数人呼んでくれた。
実はやさしい上司なのか。
 
だが、それでも間に合わないかもしれない。
 
もうしわけないが、その日から職人には長めに働いてもらった。
納期がない。上司に詰められ、職人に懇願し、僕の心身は疲弊していった。
 
それから数日がたち、事件が起こる。
 
朝、職人が来ていないのだ。
 
いや、大阪の助っ人は来ている。
はじめから無理して働いてもらっている職人がきていないのだ。
 
「もうあんたの仕事はできん」
電話がつながると、疲れた口調でそう告げられた。
 
無理して働いていたのに、さらに長い時間、働かされる。
それも僕のスケジュールミスで。
こんな能力のない若造の下ではもう働きたくないのだろう。
逆の立場なら、僕もそう思う。
 
もう、だめだ。
 
間に合わないどころではない。
人がいないのだ。
進められないのだ。
 
逃げたい。
 
考える気力もなくなり、現場に置いてある営業車の運転席へふらふらと乗り込む。
 
まだ1ヶ月もたっていないが、もう何年も現場をさまよっているように感じた。
 
地獄だ。
 
僕は、中でぐったりしていた。
 
『コンコン』
 
窓を叩く音。
助っ人のひとりが車の外にいる。
大阪の助っ人を束ねる職人だった。
40才くらいで色黒。いかにもバリバリやってますというザ職人。
 
そうだ、こんなことしてる場合じゃないよな。
 
仕事の指示を出さないと……。
指示を……。
 
古い営業車だったのでハンドルを回して窓をあけた。
 
「だいじょうぶか?」
 
助っ人の手には、コーヒー牛乳とコンビニのおにぎり。
 
指示を、もらいにきたわけではなかった。
僕を見かねて、朝ごはんを提供してくれたのだ。
 
「こんなの、いつか終わるんやで。元気だせや」
 
“いつか終わる”
 
除夜の鐘のように何度も響いた。
 
目の前のハンドルがにじむ。
 
コーヒー牛乳とおにぎりなんて、ありえない組み合わせにびっくりしたからではない。
(もちろんありがたくいただいた。それはそれは美味しかった)
 
あんなきびしい上司が助っ人として呼んでくれた確かな人材。
職人は様々な修羅場を経験しているはず。
シンプルで前向きな言葉には、とてつもなく説得力があった。
 
職人にボイコットされ、へこんでいても何も始まらない。
 
物事をはじめるとき、あれがダメだ、これが足りない、と準備ばかりして、一向にはじめられない時がある。
そうではなく、はじめてしまうのだ。
 
終わりに向けて動きだせ。
 
コーヒー牛乳とおにぎり、そして、言葉をもらった僕は、不思議と前向きになれた。
 
助っ人の職人に現場を一旦任せ、ボイコットした職人を説得に行く。
必死さが伝わったのか、また仕事をしてもらえることになった。
 
自分でもどう動いたかわからない。ただ必死。
 
そして、とうとう、僕は上司に、○されなくて済んだ。
納期までに、なんとか納めることができたからだ。
 
職人に、助っ人に、助けられた。
言葉に、助けられた。
 
その言葉は、再利用がきいた。
 
新築の現場になれば、2・3ヶ月はざらだ。
思うようにいかないことなんてしょっちゅう。
というより、思うようにいかないのが現場だ。
 
「いつか終わる」とつぶやく。
気持ちが落ち着き、どんなトラブルにも対応できた。
 
この言葉がすべての人に当てはまるとは思わない。
だが、誰にでも、自分を奮い立ててくれる言葉があるはずだ。
 
忙しいとき、目の前のことしか考えられないときがある。
大きいプロジェクトのピースひとつひとつに追われ、全体が見えない。
うじうじ気分が落ち込んでしまう。
 
そんなとき武器となる言葉があれば、強い。
たったひとつの言葉で、乗り越えうるチカラがある。
 :
僕の場合は「いつか終わる」。
 
その言葉を忘れないように。
すぐに取り出せるように。
いつでも胸ポケットにいれておこうと思う。
 
5年たったいまでも、助っ人だった大阪の職人にはいじられる。
当時のことを思い出し頭が上がらない。
 
「いつか終わるよ」
僕にも後輩ができたら、この言葉を、うざい先輩になって伝えたい。
そうそう。コーヒー牛乳とおにぎりを持ってね。
 
 
 
 
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2020-02-22 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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