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母親にできること


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:岡 幸子(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「一人暮らしをしたい」
 
12月になって、大学一年生の娘が珍しく真剣に切り出した。
確かに、自宅から片道1時間40~50分かかるのは遠いけれど、通えない距離じゃない。
地元を離れ、必要に迫られてする一人暮らしとは事情が違う。
 
「そんな、趣味みたいな一人暮らしは認められないよ」
「今のままじゃダメなんだ。バイトと大学の往復でいっぱいいっぱいなの。今のバイトは辞めて、大学の近くに部屋を借りて新しく始めたい。家賃は自分で払うから」
「一人暮らしのためにバイトするなんておかしいでしょう。卒業して仕事して自活するまで待ちなさい。学生なんだから。一人で住むとなったら、掃除洗濯食事の支度、全部自分でやるんだよ。今、何もしてなくて、いきなり全部できるの? 色々応援してきたつもりだけど、今回は、親として認められません」
 
言葉が先に出た。
親として認めないなんて言い方、長い子育てで初めてだ。
それほどの勢いで娘の一人暮らしを阻止したいのか、私は。
心配だから?
 
そう、ことのほか可愛くて心配なのだ。
 
ずっと心配だった。
娘は中二でいじめにあい、精神を病み始め、人間関係に過敏になった。
中学の知り合いが一人も行かない女子高に進学して心機一転のはずが、入学式当日から中等部からの内部進学生に気圧され、帰り道では泣きの涙。
一年生をなんとか乗り切り、もう大丈夫かなと思えた高二の夏。
 
「今、何の心配もないの。とても楽しい」
 
まったく楽しくなさそうな無表情で淡々と話す娘を見て、ただ事ではないと思った。
突然、手が動かなくなる、寝たまま起き上がれなくなる。
家を出られても、途中で頭痛、腹痛、吐き気などが起こって登校できなくなる。
そんな身体症状に悩まされるようになった。
 
娘の高校へ遅刻や欠席の連絡を入れるとき、私は教員として別の高校にいた。
自宅で寝ているだろう娘に比べ、毎朝、登校してくる目の前の生徒たちは、もうそれだけで立派で、輝いて見えた。
 
娘は、心療内科のお世話になりながら、受験期に突入。
私は教員としてのキャリアが、我が子の受験に際して何の役にも立たないことを思い知らされた。
 
進学校なら、進路指導でよく保護者に言う。
「入れるところではなく、行きたい大学を志望校にしましょう」
「お子さんの第一志望を最後まで応援しましょう」
「第一志望でなければ、指定校推薦やAO入試は考えないようにしましょう」
 
いや、うちの娘は入れる所でいいから。
浪人は無理。精神的に崩れてもたないから。
みんな行くから大学へは行きたいけれど、これといって勉強したいことはないと言ってるし。
指定校推薦で行けそうな大学を第一志望にしてもいいんじゃない?
 
そう思ってしまった。
外科医も、自分が手術される側になったらただの患者だ。
鏡を見て自分を手術できるのはブラックジャックくらいだろう。
その域にほど遠い私は、教員であっても、我が子の受験になったらただの母親だった。
 
心配しかできなかった。
 
娘が、進学クラスで指定校推薦の枠を使えないと知ってがっかりし、志望校をなかなか決められないことにやきもきした。
 
高二の3月になってようやく、かなり特殊なAO入試をしている芸術学部が志望校になった。
調べてみると、専門の予備校がある。
「体験入学があるよ。来週、一緒に行ってみようか」
 
あの時は、娘の夢を応援している気になっていたけれど、道を作ることで自分の心配を減らしたかったのだろう。
 
週末に、エントリーシートや自己PRの仕方、小論文の書き方などの講座に通う娘の姿をみてほっとした。この調子で秋のAO入試で進路が決まってくれたら安心だと思った。
でも、そう甘くはない。8月に、エントリーシートで跳ねられてしまった。門前払いである。
 
まずい。
いや、むしろ良かったかも。
AO入試がダメなら志望校を変えると言っていた。それなら一日でも早い方がいい。
まだ8月。傷は浅い。
国語と英語だけで受験できて、娘が興味を持ちそうな学部を検索しまくったところ、翌日がオープンキャンパス最終日の大学があったので勧めてみた。
これが当たって、以後、娘の第一志望校になった。
 
あの時も、娘が崩れてしまうのが心配で、本来、自分でやるべき志望校探しを、頼まれてもいないのにやってしまった。
応援している気になって、どれだけ娘の自主性を摘み取ってきたのだろう。
 
結果的に、娘は第一志望に落ちて、自分で探してきた第二志望へ入学した。
 
今も。
心配で、娘の一人暮らしをやめさせようとしている。
また、突然動けなくなったらどうするのか。病気になっても誰もいない。バイト優先で学業がおろそかになるのもよくない。食事もいい加減になりそうだ……
とにかく心配だ。
心配で押しつぶされそうだから認められないのか……
 
「昨日は話を打ち切ったけど、どうして一人暮らしをしたいのか、もう一度ちゃんと話してくれる?」
「自分のためにバイトして、自分のために料理や洗濯をするならできる気がするの。自分の力で生活してみたい。そうすれば、行きづまってる友人関係も変えられる気がする」
「わかった。自分が成長するためにどうしても必要だってことだね。趣味で一人暮らしするのは認められないけど、行動療法として認めます」
 
本当はそうじゃない。
娘の一人暮らしは行動療法である、として自分を納得させたいのは私自身。
我が子に並走するのではなく、飛び立つ我が子を見送る親へと成長するために必要な呪文だった。
 
娘はやってのけた。
年末にかけて、一人で業者を訪ねて、すぐに暮らせる家具付きの部屋を探した。
候補の部屋の写真はLINEで送られ、私は電話で業者と話しただけだった。
年明けに契約。
1月下旬には、さっさと一人暮らしを始めてしまった。
 
入居当日、夫が運転する車に荷物を積んで娘を送っていったとき、初めて新居を見た。
想像より広くて清潔で安心した。
 
「ベッドはソファ代わりに使って、友達が泊まりに来たら寝てもらう。私はロフトに布団を敷いて寝ようと思ってるの」
 
心から楽しそうに、部屋を整えていた。
 
あれから一か月。
途中、38度の熱が出たとLINEで連絡があったときは慌てた。
夫は、車で迎えに行こうかと提案したが、
「友達が助けてくれるから、こっちで寝てれば大丈夫」
と言って、帰ってこなかった。
新しく始めたバイトも、美味しいまかないがついて楽しいそうだ。
 
たくましくなった。
一人で、ちゃんと羽ばたいている。
 
そういえば、卒業した私の生徒達も、みんなそれぞれ輝いている。
若者の成長を見るのは幸せだ。
 
よく知っていたはずなのに、我が子の成長をじっくり感じることはしなかった。
ああ、それはすべての母親が今すぐ簡単にできること。
ちょっと目を閉じて、我が子が生まれた日を思い出せばいい。
その日からどれだけ成長したことか。
 
あっという間に心が満たされ、幸せな気持ちになれるだろう。
 
 
 
 
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2020-02-28 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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