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子どもから学ぶ認知症介護

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:野上 洋 (ライティング・ゼミ特講)
 
 
「わしのご飯はまだかのぉ~」
「つい20分前に食べたじゃないですか!」
認知症の方を介護するのは、本当に大変だ。私が介護の仕事を始めたばかりの頃は、混乱の毎日だった。
施設に入って家に帰ることはないのに「風呂は家で入るから、ここで入らん!」
明らかに下着が濡れているので、着替えをと声をかけると「濡れとらん!」
えっ? どういうこと? どうすりゃいいの?
もう毎日パニック状態。だが、2~3か月を過ぎたあたりから、少しずつそんな環境にも慣れてくる。
「認知症って、もの忘れがひどくなるんだな」
「判断力が低下するんだな」
「なんか独自の世界に生きているみたいだな」
理解が進むに連れて、相手の世界にこちらが入っていけば、うまく誘導できるなという感覚を得ていった。
 
施設の生活というのはスケジュール化されている。何時に起きて、何時にご飯を食べて、トイレに行って、風呂に入ってという具合に……。
意思の疎通が基本的に難しい人に、そのスケジュールに合わせて動いてもらう訳だから、うまくいかないことの方が多い。
「時間ないんだから、早くしてよ~」なんてことはしばしばだ。
 
子どものいるご家庭なら理解していただけると思うが、
「もう保育園に行かないと仕事に間に合わないのに、なんで今おもちゃで遊ぶの!」
この感じだ。
 
私には息子がいる。その息子が2歳の時の話……
2歳の子供というと「スーパーのおやつ売り場で、買ってくれるまで寝転がって手足をバタつかせる」という本当に分かりやすい「イヤイヤ期」なるものが始まる。
一方で、言葉やトイレ等いろんなことを覚え始め、そのたどたどしさに癒されることも多い。
 
ある日、夜中の2時頃「とーしゃん」という呼び声に目を覚ます。とにかく眠たかったので、無視しようかとも思ったが、うん? なんかくさい? と気が付きあわてて電気をつける。
すると息子はパンツをはいていない……。パンツはどこだ! と探すと寝室の前の廊下に丸まって脱ぎ捨てられているではないか! よく見るとパンツとその周囲は便まみれだ。おまけに手や口元にも便がついている。
夜中妻と手分けし、眠い中シャワーを浴びさせ、着替えを済ませ、寝かしつける。
床を掃除し、やれやれとトイレに行って寝ようと入ると、トイレの手洗いの部分も便まみれ……。
 
その時期はちょうどトイレの練習を始めた頃で、手を洗うという習慣をつけたくて、「トイレに行ったら、ここからお水を出して手を洗うんやで~」と教えていた。
 
おそらく息子は便意を催したのか、便が出てしまったのかは分からないが、夜中目が覚め、暗い中一人でなんとかしようといつものようにトイレに向かった。
結果、床を便で汚し、汚れた手を洗おうとしたが、どうすることもできず私を起こしに来たのだと思う。
 
その姿を想像した時、私は息子を
「一人でなんとかしようとしたんだな、よく頑張ったな」と抱きしめてあげたくなった。
 
認知症高齢者の問題行動の一つに弄便(ろうべん)行為というものがある。便を弄(もてあそ)ぶと書くので、頭がおかしくなって便で遊んでいるというイメージを抱きがちになるが、この行為は失便による不快感をどうにかしたいと行動した結果、処理の仕方が分からず、周囲を汚してしまうこと。私の息子がそうしたのと変わりないのだ。
 
介護の現場で弄便行為に遭遇した時、私も「いやいや、こんな夜中に何してんねん!」と怒りに近い感情を抱くこともあった。
でも、よくよく考えると自分の息子なら「よく頑張った」と思えるのに、他人だと「何してんねん!」と思ってしまう。
 
これは、私の問題だ!
 
「後片付けをする者にとっては、余計なことも、見方を変えれば、自分でなんとかしようとした結果」
 
息子と同じように他人を愛することは無理でしょう、でも今ならそんな場面に遭遇したとしても、よく頑張ったと抱きしめはしませんが、そこに至った経緯を想像し、「さて、どこから片付けるか!」と怒りを抱くことなく冷静にお手伝いができるかもしれないな……と。
認知症介護には、目の前の事柄を見るだけでなく、その背景やそこに至った経緯、裏を見る力が必要なんだと思う。一見理解不能な行動にも、その人なりの理由がきっとあるはずだ。
高齢だから……認知症だから……先入観や偏見にとらわれず、その人がどのように感じ、そのような行動に至ったのかを推察することが大切なのだ。
 
まさか、2歳の息子からそんなことを学ぶなんて思いもしなかった。
お父さんはまた一つ賢くなったよ。「ありがとう」
 
きっと君は私たちが名前に込めた願いどおり、先を見通す力を持ち、聡明な男の子になるだろう。
 
そんな息子も今はもう6歳。今日も保育所なのに着替えもせず、「う〇こ、う〇こ」と連呼しながらお尻を出して遊んでいる。
 
お母さんが鬼みたいになっているの、君は知っているかい?
 
とりあえず、そっとしておこう。
じゃあ、お父さんはお仕事に行ってきます。
 
 
 
 
***
 
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2020-02-28 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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