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メディアグランプリ

「忘れられない先生」の記憶を紐解いてみた


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:yuko (ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
私には、忘れられない先生がいる。
 
先生は、私が小学5~6年生頃、2年間担任についた人だ。
当時はいくつだったのだろうか。
おそらく、30歳前後の女性の先生だ。
 
先生は、今までの「先生」とは違っていた。
イメージとしては、「先頭に立って」ではなく、「一緒に並走してくれる」ような人だった。
 
男子生徒が手作りのブーメランで、廊下で遊んでいた時、勢い余って扉のガラスを割ってしまったことがある。
その後、その先生がガミガミと説教した記憶は、私には無い。
もちろん、一通りの注意はしたが、先生は、その「ブーメラン」を褒めた。
「段ボールを重ねることで、ガラスを割るまで強力なものを作るのはすごいね!」
「そのアイデアはどうやって出てきたの!?」
といった具合だ。
 
私は子供ながらに、「理解のある先生だな」と感心したのを覚えている。
 
昔流行った、「プロミスリング」をご存じだろうか。
今で言う、「ミサンガ」だ。カラフルな刺繍糸を編んでブレスを作り、それが自然に切れると願いが叶うという、なんとも女子心をくすぐる代物だ。
 
当時は、どの女子もその創作活動にいそしみ、イニシャル入りなど高度なものを作れば、ちょっとしたヒーローになれた。
流行り過ぎて、学校内の持ち込みが危ぶまれている中でも、先生は、その作り方を添えて欲しいと寄り添ってくれた。自身で「プロミスリングの作り方」の本を買い、教室にこっそり置いてくれたりもした。
 
常に、子供目線でものごとを見てくれる先生だった。
当然ながら、生徒からは人気があった。
他のクラスの子からも羨ましがられた記憶があるし、自慢だった。
もちろん、必要とされる時にはきちんと叱ったが、先生は、子供たちの主体性を重んじてくれていたのだと思う。
 
今、こんな先生って、どのくらいいるのだろうか?
「小学校の先生」のイメージは、現在の私の中では、「大変そう……」になってしまった。
子供も大人びてきているし、先生も業務に追われているイメージだ。
 
私はその類いの専門家でもないし、心理学などの知識もないので、「先生の在り方」に良し悪しを決めつけることはできない。
 
だが、小学校を卒業し、二十数年経つ今でも、こうして思い出される存在というのは大きい。
「楽しい時を過ごした」という記憶を、一緒に連れてきてくれるからだ。
 
当時を「楽しい」と思えるのは、「自分が認められていた」と実感できていたからだと思う。
それは、友達からでもあるし、先生からでもある。
自分はそこにいていいんだという、安心感だ。
 
もちろん、仲の良い友達がいれば、それは満たせるのかもしれない。
しかし、子供にとって、大人から認められることは大きい。しかも、親ではなく、第三者の大人からであれば、その効果は絶大なものだろう。
 
当時の自分を振り返れば、「先生に好かれたい」「先生に褒められたい」という欲求が確かにあった。
その欲求が満たれた時、私はとても高揚したし、それが自信にもなった。
 
子供に限らず、大人だって、自分の居場所を感じられる時は安心感を覚えるだろう。
誰しも、承認欲求を持っているはずだ。
「認められたい」……その思いは、原動力にも活力にもなる。そして、自信にもつながる。
 
当時、先生は私達の「個々」を見てくれた。
そして、尊重してくれた。
おかげで私は、小学生時代が「幸せな時期」としてインプットされている。
それが、その後の私の人生に、ひとつの自信を与えてくれているかもしれない。
 
私は、先生に出会えて良かったと思う。
きっと、先生のおかげで、当時を伸び伸びと過ごせた。「自分」を出せた。
自由に振舞えた。
 
以後、私は様々なコミュニティに所属することになる。
中学や高校、大学、バイト、会社……。細かいもの入れれば、相当な数だ。
それぞれのコミュニティの中で、自分の居心地の良くなるように、なんとか「上手く」やってきた。
時には自分を隠したり、相手に合わせたりして、だ。
 
今思うのは、「自分が好きな自分」でいられた場所は、やはり「認められていた」時だった。
あるいは、自身が、認められていると感じられた時だ。
 
所属するコミュニティは、選べる場合もあるが、選べない場合もある。
入ってからしか分からないが、大人になってからは、自分の努力も必要だろう。
自分が周りを認めることから始めることもできるからだ。
 
子供時代、そんなことは考えもしない。
その点で言えば、私は運が良かったと言えるのかもしれない。
 
子供たちが、周りから認められ、自信になっていく、という理想図が、多く実現できればいいと願う。
大人ができることは、子供たちの目線に立って、一緒に並走することだろうか。
その気持ちに寄り添うことだろうか。
 
少なくとも、「話」を聞くのはその一歩だ。
先生と話すのが楽しかった、当時の私のように。
 
小学校を卒業してから間もなく、先生が結婚したことを知った。
それは子供のいる男性とだった。
 
なんとなく、先生らしく思えた。
 
きっと良い母親になるだろうな、と。
 
 
 
 
***
 
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2020-03-06 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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