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メディアグランプリ

からだの中の星空を眺めて


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【4月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《日曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:鈴木亮介(スピード・ライティングゼミ)
 
 
顕微鏡を通して見たその世界に、僕はいつからか虜になっていた。
わずか4マイクロメートルとは思えないほど、その世界には深遠な広がりを感じられた。
僕はその小さな「宇宙」に見とれているうちに、ずっと封じ込めていた何かが、心の底から湧き上がってくるのを感じとっていた……
 
今から15年ほど前だろうか、僕は宇宙に恋焦がれる少年だった。
小学生の低学年の頃、宇宙や星座に夢中になった時期があったのだ。
僕は親に買ってもらった宇宙の図鑑を毎日眺めていた。
何度読み返しても飽きることはなく、夜遅くまでその図鑑を読んでいた。
そんな僕を見ていたのだろうか。
「今度、天文台に行こうか?」
父はそう、僕に問いかけた。
 
当時、仙台市天文台には天体望遠鏡があり、定期的に星空の観測会が開催されていた。
僕は父に促されるがまま、天文台に初めて行くことになった。
 
当日の夜、僕は父と一緒にバスに揺られて天文台へと到着した。
施設内で観測する星について説明を受けた後、係の人に誘導されて、観測台へと移動した。観測台は半球状のかたちをしていて、上の部分に円形の穴が開いており、望遠鏡の先がひょっこり顔を出していた。
参加者は列に並び、順番にグループごと観測台へと誘導された。
僕らの番が来て観測台の中に入ると、そこには円柱状の巨大な望遠鏡が鎮座して、その先をまっすぐ夜空へと伸ばしていた。
 
僕は望遠鏡のレンズをそっと覗いて、目をパチクリ凝らしてみる。
すると、きらめく光の粒が視界に浮かび上がってきた。
それはキラリキラリと、瞬いて見えていた。
何の星だったかはあまり覚えていない。
だが図鑑で見るよりも、ずっと美しく、もっと立体的で、なんだか奥行きが感じられた。
観測できたのはほんの数分くらいだったが、宇宙の臨場感を感じるには十分だった。
観測が終わった後でも僕の胸はずっと高鳴っていた。
 
宇宙に夢中になったのは小学生のその頃だけだった。
でもその数ヶ月間ほどの間、僕は宇宙に憧れる少年だった。
今から振り返ってみると、このとき感じたワクワク感こそ少年の心だったと思う。
 
その後中学、高校と進み、僕は勉強や部活へと精を出すようになった。
小学生までは何か熱中できる対象を見つけて、ひたすらに好奇心を追求していた。
だが中学以降は、「成績をしっかり取らないと」とか「部活の一部員として頑張らねば」とか、学校の中で与えられたある種の役割を全うすることに自尊心を費やしていた。
その頃からだろうか。
モチベーションの起源が、「内」から「外」へと移行していったのは。
僕は、その変化自体を悪いことだとは思っていない。
でも小学生の頃のように、自分の「内」からの好奇心を燃やして、ガンガン行動を起こすことは少なくなった。
中学生以降も、あいかわらず理科系の勉強には興味はあった。
だが数学や理科が、受験の中で選別の道具としての役割が強まるにしたがって、「テストで良い点をとる」などの「外」からの評価を軸に行動することが多くなっていった。
そんな「内」から「外」への心の変化にしたがって、僕の中の好奇心は胸の奥に隠れていった。
 
しかし大学に入学し、医学部5年生になった今、再び「外」から「内」への心の変化が起こりつつある。
そのきっかけが、病理診断との出会いだった。
 
病理診断科とは、簡単にいえば、人間の組織を「つぶさに見る」科だ。
最も代表的なのは顕微鏡を通して組織を観察する方法で、「鏡検」と呼ばれている。
患者さんから採取した組織(検体という)―例えば腫瘍―を、厚さ4マイクロメートルに薄くスライスし、病理医はその検体を顕微鏡で観察する。例えば腫瘍なら、それが良性か悪性かを判断して主治医に報告することで、治療方針の決定に役立てるのだ。
 
さて、顕微鏡のレンズをそっと覗いて、目をパチクリ凝らしてみる。
すると視界に浮かび上がってくるのは、細胞たちで構成される社会。
正常な組織では、ヨーロッパの街の家々のように、こぎれいな細胞たちが整然と配列している。一方で正常でない組織は、その整うべき配列が乱れており、1つ1つの細胞も異形となる。
しかしながら、正常からの「乱れ」にこそ、病気の特徴が色濃く表れていて、オリジナリティ溢れる姿を見せてくれる。
例えば、線維の「壁」で囲まれた狭い空間に、細胞たちが押し合い、圧し合い、取っ組み合いをしている姿は、見ていて何とも愛らしい。また細菌を1ヶ所に閉じ込めるために、多様な細胞たちがスクラムを組んで囲いを作っている様子をみると、つい応援したくなってしまう。さらに自分の役目を果たして、ひっそりとしぼんでいく細胞には、「おつかれさん」と労わりの言葉をかけたくなる。
 
特徴的な細胞や細胞集団には、その形を身近なものに喩えて、特別な名前がつけられることがある。ちょうど夜空の星々を結んで、動物や人に見立てて、星座名を付けるように。
 
ポップコーン細胞。
オタマジャクシ細胞。
木目込み細工様配列。
Clock-face(時計様)。
Starry-sky(星空様)。
 
名づけた先人たちのセンスには驚かされるばかりだ。
そんな特別な名前のついた「形」を、顕微鏡を覗いて、実際に自分の目で見つけられたときには本当に感動する。
それこそ空気の澄んだ山奥で、プラネタリウムでしか見たことのない満天の星空に出会ったときのように。
 
僕はこんなユニークな細胞たちの姿を、いつからか時間を忘れて眺めてしまっている自分に気づいた。
顕微鏡でしか見えないわずか4マイクロメートルの小さな世界だが、それほど多様でかつ美しい世界が広がっているとは夢にも思わなかった。
顕微鏡を通して眺めている間は、時間が止まったように感じていて、僕はただ見ている世界に心を奪われていた。
この感覚は、天文台で星を観測したあのときと同じだった。
病理は、今の僕にとって、望遠鏡で覗いた「星空」なのだ。
 
病理診断と出会い、僕は忘れかけていた少年の心を呼び覚ますことができた。
今はただ「見ていたい」という内的な欲求に突き動かされている。
将来、病理診断科を専攻するかどうかは、まだ先の話で全然分からない。
でも、この「ワクワク」は僕が手放しちゃいけないものだ!
 
 
 
 
***
 
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2020-03-11 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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