「君は文章じゃない」と呪いをかけられたけど、それでも文章で生きていく。
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:タナカ。(ライティング・ゼミ 平日コース)
「君は文章じゃないと思っていた」
思わずカッと頭に血が上った瞬間だった。思い出しただけで、今でも呼吸が浅くなる。
両膝についた拳の指先で、自分のふとももをギュッとつねった。涙が出るのを必死に堪える。悔しくて、悔しくて、死んでしまいそうだ。
……泣くな、死んでも泣くな。
ちょうど1年前の春の日。
私は大学時代から続けていた会社を辞めた。
街の情報を取材して記事にする情報メディア。地元では名の通った、小さいけれど「いつも変わったことをしている」ベンチャー企業だった。
私はこの会社で20歳から23歳の終わりまで、ライターとして働いていた。
私の20代前半は、ここで出会った人たちのおかげで十分すぎるほどに輝き、幸運にも学生時代から「文章を書くこと」でお金をもらっていた。
卒業後も、正社員ではなかったが、いくつか仕事を掛け持ちし、寝る間を惜しんで記事を書いた。誰よりも長く働き、頼まれもしないのに、勤務時間外もメールに電話に……せっせと働いた。
文字通り24時間「文章を書くこと」に全力を注いできたつもりだった。
……なのに、である。
退職を告げた私に、社長は「君は文章じゃない」とはっきりと言い放った。
ショックだった。社会人2年目。「頑張っているつもりの新米社員」にダメージを与えるには十分すぎるセリフだった。
こんなに努力してきたのになぜ?周りの人は、もっと……!
視界が真っ暗になった。
本当に恥ずかしい話なのだが、当時の私はそこで働く誰よりも「自分が一番努力している」と信じて伺わなかった。
定時でササッと帰る社員さんを横目に「は!?何で?」と疑いの目を向けてしまうほど……随分と思い上がっていたのである。
「〇〇じゃない」に当てはまる言葉が「文章」でなければ、まだ救われたのかもしれない。
例えば「君は性格悪いけど、いい文章書くね」だったらここまで傷つかなかった。人間性を否定されたほうがずっとマシだった。
プライドと自意識が、ガラガラと音を立てて崩れていくのが分かった。悔しくて、悔しくてたまらなかった。
「記事のひとつ書いたことないヤツに、文章を書く大変さがわかってたまるか!」そう言い返していれば、少しは楽になっただろうか……いや、そんなはずはない。
あれから1年。夜のスターバックスコーヒー。浅くなっていく呼吸を感じながら、そっと目を閉じる。あの時、あの瞬間をもう一度思い出す。
……1年前の今頃。
私は「文章を書くこと」のほかに「写真を撮ること」でもお金をもらい始めていた。
ライターの仕事がきっかけで買ったマイカメラをフルに活用し、休みの日は狂ったようには写真を撮り、SNSにアップした。
同時に、写真スタジオでも働き始め、わずかではあるが「カメラマン」としてお給料をもらいはじめていた。
「写真の素質があると思う」
「1年足らずで、ここまで成長するなんてすごい」
社長は私によくそう言った。
大事な取材のときには時々「カメラマンは、タナカで」と言った。本当に、色々なチャンスを与えてくれていた。
……ここからは私の憶測なので、真実は分からない。
私が「会社を辞めます」と言ったとき、社長は多分勘違いをした。「タナカは写真で生きていくのだろう」と思ったのだ。
会社を辞める理由をはっきりと伝えないまま、パタリと辞めてしまったから誤解されても無理はない。
中途半端な理由を並べて、少しの嘘をついて、お世話になった会社を逃げるように去った。
会社の人たちは、そんな不義理な私を「これからも応援しているよ」とあたたかく送り出してくれた。最後の出勤日には、黄色い花束をもらった。
私の記憶が正しければ「君は、文章じゃない」の後には続きがある。
それは「君は、好きなこと(写真)で生きていくといい」だった。……今日まで、ずっと忘れてしまっていたことだった。
だけども、あいにく当時の私は会社を辞めて次の日から文章で生きていく計画を立てていた。
だから、ひとり勝手に傷ついた。
……その後私は「文章じゃない」の呪縛を振り払うように、朝から晩まで徹底的に「書くこと」を自分に叩き込んだ。趣味だったカメラもそこそこに、持てる時間の全てを「書くこと」に捧げきた。
今日までずっと、である。
だけど、書いても、書いても、焦燥感が消えることはなかった。
「君は文章じゃない」
浅い眠りから目覚めるとき、キーボードに触れるとき。私は必ず社長に言われたセリフを思い出す。自分に文章なんて書けない、そもそも向いていない。
「君は文章じゃない」
言葉には力がある。口に出した言葉はいつか本当のことになる。恐ろしい呪いだ。
事実、社長が言い放った「君は文章じゃない」は、この1年ずっと私を苦しめ続けてきた。
……だけど、私は分かっていた。ずっと見ないフリを続けてきたけど、そろそろ向き合わなければいけない。
私が傷ついたのは、社長に「君は文章じゃない」と言われたからじゃない。
悔しくて死にそうな気持ちを無視して「やっぱり、私には文章は向いていないですよね」そうやって笑ってごまかした自分に、心の底から絶望したのだ。
誰かに呪いをかけられたのではない。
私は私に「文章じゃない」と言い聞かせてしまった。自分で呪いをかけたのだ。全部、全部自分のせいだった。
この世で一番力を持つのは誰の言葉でもない。「自分の言葉」なのだから。
キーボードを打つ手が乱暴になる。悔しくて、悔しくて、全てを投げて捨ててしまいたい。
だれか、もう、いいかげんに、助けてほしい。誰でもいいから「あなたは、文章で生きていくんだよ」って言ってほしい。お願いだから、もう……
22時55分。いつものスターバックスコーヒー。気がつけば私は「最後の客」になっていた。
“口に出した言葉はいつか本当のことになる”
言葉に力があるなら。
もう一度自分に呪いをかけてみればいい。
たった1年じゃ解けない。うんと「強いヤツ」を。
声に出して自分の耳に、その頭に、骨の髄までしっかり聞かせてやればいい。
22時59分。いつものスターバックスコーヒー。震える声で私は私に言った。
「私は、一生、書くことで、生きていく」
飲み干した珈琲は、涙の味がした。
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