メディアグランプリ

無認可同居人


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【4月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《日曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:小川裕子(ライティング・ゼミ特講)
 
 
「山のふもとの古い農家をリフォームして住んでいます」
そう言うと、
「うわぁ、いいですねぇ。自然がいっぱいで!」
などと言われることが多い。そう、確かに自然はいっぱいだ。じっさい、私たち夫婦が今の家を買うことに決めたのは、家の前の崖にカタクリや菊咲イチゲの花が咲いているのを目にしたからだ。しかし、その時「目にうつらなかった自然」もたくさんあるということを思い知ったのは、引っ越しをしてからだった。
我が家の人口は私たち夫婦と娘の3人。けれど、秋になるとその人口は爆発的に膨れ上がる。(厳密にいうと「人口」という言い方は正しくない。「生きとし生けるものすべて」というのが適切な表現であろう)
人口増加の要因はカメムシである。ところであなたはカメムシをご存じだろうか。カメムシは、ホームベースのような形をした体長2cmほどの昆虫だ。そのカメムシの最大の特徴は「危険を察知すると身を守るためにバギー臭を放つ」ことである。
バギー臭といってピンとこない人は、パクチーの匂いを思い浮かべてもらいたい。カメムシの匂いはパクチーととても似ている。ただし、似て非なるものだ。パクチーには爽やかな芳香を感じるが、カメムシの放つバギー臭には不快感しかない。
そんな危険な要因を持った昆虫が、秋になると何百、何千、何万と家に入ってくるのだ。昆虫が苦手な人なら一目見ただけで絶叫することを保証する。
(わたしのこの表現を大げさなんじゃないかと疑う人は、ぜひ10月の半ばを過ぎたころに我が家に来てみてほしい。家じゅうのありとあらゆる窓ガラスに、何十、何百とへばりつくカメムシの姿をご覧いただけるので)
さて、彼らはいったいなんのためにわが家に侵入してこようとするのか。それは越冬のためである。厳しい北陸の寒さから逃れるため、危険を冒してわが家に侵入してくるのである。
カメムシの身体は、不法侵入にとても適した形をしている。算盤玉を思い浮かべていただけるだろうか。カメムシの身体は、ほぼ算盤玉と同じ形である。つまり端が薄く中央部が厚い。その薄い身体のへりをアルミサッシのわずかな隙間に滑り込ませ、するっサッシをくぐり抜けて来るのである。カメムシがどの程度の知能を持っているのかわたしは知らない。けれど、その行動は実に狡猾に見える。
さて、いったんカメムシに侵攻がはじまると、一日中、身体と気持ちとが休まる間がなくなる。まだ、あたたかい秋のうち、カメムシたちは活発だ。ダイニングルームの明かりめがけてやってきてはさかんに飛び回る。かれらは
「わーい!わーい!うれしいな!あかるいな!あったかいな!」
有頂天にわめいているにちがいない。そうとしか思えない飛び回りっぷりなんである。
そんな騒々しいダイニングの明かりの下、水炊きだろうが、すき焼きだろうが、鍋をすることは一切不可能である。我が家のダイニングルームの間取りからすると、メイン照明の下にダイニングテーブルを置くのがベストポジションだ。しかし、秋以降、ダイニングテーブルはメイン照明の下から大きく場所をずらす。インテリアの観点でいうと、ものすごく不自然で残念なレイアウトになるが仕方がない。インテリアの見た目を優先すると、明かりの笠にぶつかったカメムシが鍋に落下するという事態が発生してしまう。
今まさに箸をつけんとする鍋にカメムシが落下し、泣く泣く鍋のなかみを全捨てするという悲しい経験を何度かしたのち、我が家ではインテリアの見た目を犠牲にしてでも、食事の安全を優先することに決めた。
まだある。一日の疲れをいやすために、湯船に身体を沈めていたとしよう。天井からぽとっとなにかが落下した気配がする。いやな予感で湯船に目を凝らすと、お決まりのホームベース型がじたばたもがいているではないか。
カメムシは危険を察知するとバギー臭を放つ。湯船の熱さは危険と認識されるらしい。まもなくカメムシのまわりのお湯は虹色になる。そう、まるで灯油を1滴水たまりに垂らした時の様子、あれと同じことが湯船でも起きる。そして次の瞬間、強烈なバギー臭が風呂じゅうに充満する。当然お湯につかっている自分もその恩恵を授かる。だから、秋から春までは、バギー臭がわたしのパフュームだ。
湯船からあがっても油断をしてはいけない。秋以降、衣類は必ず20回は振り回してから身に着けることをお勧めする。でないと翌日、学校や会社へあのホームベース型も同行させることになるからだ。
夫は、公衆浴場へ出かけた時、服を脱いでいて、ぽろっとカメムシが転げ落ちてきたことがあるそうだ。すると、近くにいた女の子が「あれなに?こわい!パパこわい!」と言って泣き出し、ちょっとしたパニックになったことがある。(ちなみにこの時、夫はそ知らぬ風をし、自分は一切関係がないという態度を貫き通したそうだ)現代人は昆虫に弱い。世の中にパニックを引き起こさないためにも細心の注意が必要なのである。
このように、ありとあらゆる隙間に忍び込み、ぬくぬくと我が家で越冬してきたカメムシだが、いま、新たな局面を迎えている。春が来たのだ。
春になり、あたたかくなると、もうカメムシは家の中には用がない。一刻も早く外に出て飛び回り、植物の葉や茎にしがみつき、思う存分養分を吸い取りたい。
が、しかし! しかしなのだ。外に出たいならさっさと出て行けばいいものを、やつらは途方に暮れたようにただ窓をはい回りうろうろしているだけなのである。そして、その数は日がたつにつれて増え続け、最終的には常に何十匹ものカメムシが窓でうごめいているというおぞましき事態になる。
サッシの隙間! そこがお前たちの出口だろっ! 自分でそこから入ってきたんだろっ! 入って来るとき、あんなに狡猾だったくせに、なんでそんなにバカになったんだっ、えぇっ!?
わたしは、さんざん悪態をつきながら、箒でカメムシを窓から払い落とし、間髪入れずに外に掃き出す。
我が家では、この自然感いっぱいの行事を終え、やっと心から春の訪れをよろこぶことができる。そして、あたりにはカメムシの置き土産のバギー臭がほのかに漂っているのである。
 
 
 
 
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2020-03-20 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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